41話 フレデリックの回想
馬車の中で嬉しそうに「リウに会えるかな?」と問うミウに、アルメリアは「会えますよ」と言ってあげたいけれど、バルケル伯爵から二人を会わせる気はないと、はっきり言われている。
結局迷った末に選んだ言葉はこれ。
「私にはわかりませんが、会えたらいいですね。」
「うん。そうだね。」
ミウからアルメリアの苦悩に気付くことのない、明るい返事が返ってきた。
ミウさんは王都に行けば、ミハイル様に会えると思っているのだわ・・・。
ミウの明るい顔を見て、アルメリアは何とも言えない気持ちになった。
一日目の宿泊地に着くと、バルケル伯爵に指定された宿に泊まった。三日で旅を終えるために、到着したのは夜遅く、見上げれば満月が光り輝いている。
アルメリアはふと思う。
こんなに長い時間フレデリック様から離れたことがなかったけれど、フレデリック様は一人で寂しい思いはしていないだろうか・・・。
今夜もそばにいて、フレデリック様の温もりを感じていたかった。
それが叶わぬのなら、せめて、遠く離れていても、一緒にこの月を見ていたらいいのに・・・。
アルメリアとミウが泊まる宿は、すべてバルケル伯爵が事前に予約していて、バルケル伯爵と同じ宿になることはなかった。それは王都に到着しても同じだった。
もしものときのために、バルケル伯爵の宿の名前は聞いているが、旅に不慣れなアルメリアは、自分の宿との位置関係がわからない。宿から抜け出そうにも、護衛騎士が絶えず張り付いていて、うかつに動けないのが現状であった。
夕方に王都の宿に着いてから、アルメリアとミウが食事を終えた頃、二人の部屋にバルケル伯爵がやってきた。
「やあ、旅はどうだったかな? 疲れただろう。」
優しそうな声掛けに、アルメリアはバルケル伯爵の下心を感じる。
しかし、ミウは言葉通りに受け取ったようである。
「うん、疲れたけど、景色が面白くて楽しかったよ。」
「そうかそうか。それでだな。またお願いがあるのだが・・・。」
ほら、やっぱり・・・
アルメリアの目には、バルケル伯爵がどす黒い闇に包まれているように見えた。
「ミハイルが旅の途中で体調を崩してな。またお前の血が欲しいのだよ。」
「お、お義父様!」
思わず叫んでしまったアルメリアを、バルケル伯爵はギロリと蛇のように睨んだ。
「っ・・・」
アルメリアは拳を握りしめるだけで、それ以上何も言えなくなってしまう。
「いいよ。ミハイルのためなら血をあげる。」
暗い雰囲気の中、ミウの明るい声が響いた。
「そうかそうか。ありがとう。今日は一本だけで良いのだよ。その方がお前も身体の負担が少なくなるだろう?」
その言葉を聞いて、アルメリアはほっとする。
王都へ行けば、血をとる量が少なくなると聞いていたが、それは本当のことだった。
「でもね。お願いがあるんだ。血をあげるからリウに会わせて。」
「えっ?」
ミウの言葉に、アルメリアもバルケル伯爵も一瞬ギョッとしてミウを見た。
今まで、ミウが、血の交換条件を出してきたことがなかったから・・・。
バルケル伯爵の顔つきが険しくなった。
「そんなに会いたいのなら、会わせてやろう。ただし、今日じゃない、明日だ。」
「本当に? 良かった。やっとリウに会える。約束だよ。」
ミウは小指をバルケル伯爵の前に差し出した。
だが、バルケル伯爵は、まるで毛虫でも見るような目をしただけで、ミウの小指を無視した。
そして、その代わりとでも言うようにカバンから注射器を取り出し、ミウの手首をつかんで血を抜いた。
今回は薬ビン一本分だけだったので、ミウの体調は少し疲労を感じただけで安定している。
「明日、ミハイルに会わせてやるが、服装は今の使用人の服を着ていろ。カツラも忘れるな。アルメリアも使用人の服を着て待っているんだ。わかったな。」
「あの、お義父様、ミウさんは私の使用人という立場で旅をしています。何故、私も使用人の服を着る必要があるのですか?」
「ったく・・・」
アルメリアの問いに、バルケル伯爵は不満を隠さず、はあと大きなため息をついた。
「お前はわしの言うことを聞いていればよいのだ。明日になれば、わかることだ。」
アルメリアは、横柄な態度に怒りを感じたが、ぐっと耐えた。
どうせ、この人には何を言っても無駄なのだ。
フレデリック様の気持ちが痛いほどよくわかるわ・・・。
ここはバルケル伯爵邸の執務室。
今朝アルメリアを送り出したフレデリックは、いつものように領地の事務仕事をしている。もうそろそろ、アルメリアがお茶をもって入室してくる時間である。
コンコン、ドアがノックされる音が聞こえた。
「ああ、入ってくれ。」
ドアが開いて、中に入ってきたのは、この屋敷の執事であった。
ああ、そうだった・・・、アルメリアは王都に行ってしまったのだ・・・。
見慣れた執事の顔を見て、フレデリックはがっかりする自分を感じた。
アルメリアがこの屋敷に来て約一年が過ぎようとしているが、彼女は長時間に渡る外出をしたことがなかった。毎日三回、決まった時間にお茶を出してくれて、「何か伝言はありませんか?」と必ず聞いてくれるのだ。
執事はフレデリックの気持ちを察したようで「奥様でなくて、申し訳ございません。」とうっすらと柔らかな笑みを浮かべて謝罪した。
結婚当初、フレデリックにとってアルメリアは不思議な女性であった。
結婚を避けるために、わざと花嫁なら誰でも嫌がるような条件を出したのにも関わらず、彼女は嫌がるそぶりも見せずに平然と馬車に乗ってやってきた。しかも質素なドレスで身を包み、まったく花嫁という雰囲気が見られなかった。
そしてその夜、夫としての義務を果たす気がないフレデリックに、初夜の代わりにと過去の恋人の話をせがんだ。それだけでなく、話を聞いた後には父と息子の間に立つと、自分から申し出たのだ。
何とも変わった女性だと思ったが、本当にその日から、彼女は執務室で仕事をしているフレデリックに決まった時間にお茶を出し、そのついでに、父への伝言を尋ねるようになった。
ジェシカの話を聞いて同情してくれたのか、それとも政略結婚とは言え、夫だからと味方になってくれているのか、彼女の本心はわからなかったが、フレデリックは彼女の存在がとても大きな助けになった。
仕事以外には、ティータイムも食事も、彼女は義父母と一緒にすることはなく、必ずフレデリックと一緒だった。
屋敷の中で孤立していたフレデリックにとって、変わった女性、不思議な存在であったアルメリアへの信頼が、徐々に大きくなっていったのは至極当然のことであった。
そんなアルメリアの様子が、最近になって急におかしくなった。
何やらこそこそと、夫に隠れて何かしているような気がする・・・。




