37話 夫婦の寝室
アルメリアの話が終わった後、フレデリックはしばらく呆然としていた。
「こんな重い女、嫌になりましたか?」と問われても、彼女が何を言ってるのかよくわからなかった。
頭の中がゴチャゴチャで、冷静になるまでしばらく時間がかかった。
「幼いころから僕のことを・・・、ごめん、まったく気が付かなかった・・・。」
やっと発した言葉はこれだった。
「あなたは覚えていらっしゃらないでしょうけど、私は今でも、握ってもらった手の大きさと温もりを覚えているのですよ。」
「それにしても・・・、ジェシーと僕の関係を知っていながら、ここに嫁いでくるのは苦しくはなかったのか? 結婚してからも、ずっと僕はジェシーのことを忘れることはなかったし・・・。」
「私はジェシカ様に勝てると思ったことはございません。幼き日に窓からフレデリック様とジェシカ様を見た瞬間から、お二人の間に割って入ることなどできないと悟っておりました。」
「だったら何故・・・」
「ふふっ、でも、私は全く諦めているわけでもないのです。お二人の間に入ることはできなくても、あなたの横に立つことくらいはできるでしょ? そしたら、いつか、私のことも愛してくれる日が来るかもしれない・・・そんなささやかな夢を持っているのです。」
「アルメリア・・・」
フレデリックが泣きそうな目で、アルメリアを見つめた。
「そんな目で見ないでくださいませ。ああ、とうとう言ってしまいました。こんな重い話、嫌がられるかもしれないのに・・・。でも、これですっきりしました。私はあなたをずっと愛しているのです。あなたが私を愛してくれなくても・・・、私はずっと・・・」
アルメリアの茶色の瞳から、ほろりと涙が零れた。
「あれ? どうしたのでしょう。ここは泣くところではなかったのに・・・。」
そう言いながらも、ぽろぽろと小さな真珠が零れ落ちるように、涙が頬を伝わり落ちる。
「あ・・・、ごめんなさい。ますます重い女になってしまいますね・・・。」
涙は止まらず、頬を濡らし続けている。
「アルメリア!」
フレデリックは、思わずソファから立ち上がり、アルメリアに駆け寄ると両手を広げて彼女を抱きしめた。
「えっ? フ、フレデリック様?」
「すまない、こんな情けない男で・・・僕は、君に愛される資格なんてないのに・・・」
「いえ、資格がないなんて言わないでください。私はそんなあなただから愛したのです。」
初めて抱かれたフレデリックの逞しい胸の中で、アルメリアは嬉しさに打ち震えた。
流れる涙の温度が、暖かいものに変わっていく。
このまま時間が止まればいい・・・そう思った。
夜になり、使用人が寝静まった頃を見計らってフレデリックは地下牢へ降りた。牢屋のベッドでミウはすやすやと寝息を立てている。
水色の肌も尖った大きな耳も吊り上がった目も、魔物のそれであるのに、フレデリックは少しも怖いとは思わなくなった。どう見ても、ミウは一人のか弱い少女にしか見えない。
「ミウ、起きてくれ。迎えに来たよ。」
「うーん・・・」
ミウは目を覚ましたが、眠そうに目を指でこする。
「あっ、リウのお兄さん、ミウをここから出すって言ってた・・・」
「そうだ。こんな暗くてジメジメしたところにいたら、君が病気になってしまう。使用人に見られたら困るから、人間の姿になってもらえないか?」
「わかった。」
ミウはシュルシュルと耳を丸く小さくし、肌の色を人間の色に変えた。
何度見ても、すごい能力だな・・・
フレデリックはミウの能力に感心する。
フレデリックは、ミウを夫婦の寝室に連れて行った。ここならベッドが二つあり、ミウをゆっくり寝させることができる。それにミウの世話をするアルメリアにとっても仕事が楽になり、使用人対策もしやすい。
ベッドは、普段アルメリアが寝ているベッドを使わせることにした。
「じゃあ、朝までゆっくりお休み。」
「おやすみなさい。」
ミウは、眠くて仕方がなかったようで、布団にくるまるとすぐに寝息を立てた。
「フレデリック様、誰にも見つかりませんでしたか?」
「ああ、おそらく・・・。それでは、僕たちも寝ようか。」
「は、はい・・・。」
アルメリアがフレデリックの隣に横たわると、フレデリックはそっと布団をかけた。
フレデリックとアルメリアは、ミウを迎えに行く前に、彼女をどこで寝させるかを話し合っていた。
どちらかがソファで寝ることも考えたが、結局、アルメリアのベッドをミウが使い、フレデリックのベッドを夫婦二人で使うことに落ち着いた。
夫婦でありながら、今夜、初めて一つのベッドで眠ることになり、アルメリアの心はドキドキと高鳴り、とても眠れそうになかった。
そして思い出す。
夫からの初めての抱擁。
フレデリック様は私が泣き止むまで、ずっと抱いていてくれた。
涙が止まった後、私から離れたけれど、本当はあの温もりにずっと抱かれていたかった。
それをしなかったのは、彼の優しさに甘えて、困らせていることがわかっているから・・・。
夫婦の営みは期待していない。でも・・・
ベッドに顔を埋めると、フレデリック様の匂いがする。
それだけで、アルメリアの心は満たされていた・・・。
一方、王都に向かったバルケル伯爵とリウは、三日後の夜、王都の宿についた。早速バルケル伯爵は、明日の国王への謁見準備に取り掛かる。
一週間前の国王との話の中で、事前の謁見申請は免除され、王城についたら門番に来訪を知らせるだけで、国王の元に案内される約束になっている。これは貴族の中でもめったにない特別待遇である。
ガルシア侯爵との一件以来、田舎者の貴族と蔑まれていただけに、この特別待遇を得たことは、甚だ鼻が高かった。
「ふん、わしをバカにしたあいつらに、この待遇の良さを見せてやりたいわい。」
自慢げに独り言を言うバルケル伯爵を、リウは冷めた目で見ていた。
翌朝、二人が乗る馬車の御者が、王城の門番に名前を告げると、「お待ちしておりました」と立派な騎士服の国王専属の護衛騎士が、バルケル伯爵の馬車を先導し王宮まで案内してくれた。バルケル伯爵の鼻はますます高くなる。
だが、一抹の不安を抱えているのも事実である。
一週間前に飲ませた二本の薬の効力がいつまで続くのか?
今の王女の状態はどうなっているのか?
実際にこの目で見なければわからない。
どうか、良い結果であってくれと、バルケル伯爵は祈った。




