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ミウとリウと曼殊沙華  作者: 矢間カオル


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35話 アルメリア

アルメリアとの婚約が調ととのった年は、フレデリックが二十二歳、アルメリアが十六歳であった。


アルメリアは隣の小さな領地の領主、トレイソン伯爵の娘で、九歳の年には、弟のミハイルの婚約者であった女性だ。


婚約してすぐにミハイルが魔物の呪いで死んだため、すごく肩身の狭い思いをしたと聞いている。

十六歳になっても、婚約者がいなかったのは、おそらくそのためだろうと思われた。


可哀そうな娘だとは思ったが、フレデリックは約束通り、婚姻を結ぶまで会おうとはしなかった。


そして婚約から半年後、フレデリックが二十三歳、アルメリアが十七歳の年に結婚した。


式も挙げず、縁談が持ち上がってから今まで、一度も顔を合わせたことがなかった二人であったが、馬車に乗ってきた花嫁に対して、フレデリックは形だけではあったが丁寧に出迎えた。


出迎えた皆は、馬車から降りてくるアルメリアが、花嫁らしくない質素な茶色のドレス姿だったことに驚いたのだが、フレデリックにしてみれば、こちらが出した条件を考えれば当然のことだろうと思った。


アルメリアを出迎えた後、フレデリックは彼女を客間に案内したが、歩いている間も始終無言でうつむいているのは、本人が望まぬ政略結婚なのだから仕方がないことだと思った。


客間に案内した後は、仕事があると言って放置、それを見かねたマリエッタが、謝罪と話し相手をしたのだが、お互いに気まずい時間が流れた。


祝宴もなく、家族そろっての晩餐もなく、二人だけの無言の夕食の後、フレデリックはアルメリアを夫婦の部屋へと案内した。


夫婦の部屋は、リビングと寝室、衣裳部屋と物置部屋、それに加えて手洗いと風呂がセットになっている。アルメリアの衣装や私物は、事前に送られていたので、置き場所の簡単な説明をした後、寝室へと案内した。


「あなたにも妻としてのメンツがあることでしょうから、寝室は同じにしましたが・・・」


寝室にはベッドが二つ置かれていたがその距離は遠く、冷めた距離の真ん中に、テーブルと椅子二つが置かれていた。


テーブルを挟んで向かい合って座らせた後、フレデリックは、はあと大きなため息をついた。


「あのような悪条件を出したのに、まさか、本当に嫁いでくるとは思いませんでした。今夜は初夜ですが、約束通り、僕は夫としての務めを果たすつもりはありません。僕のことが嫌になれば、離婚していただいてもかまいません。」


今まで簡単なあいさつ以外は無言でうつむきがちであったアルメリアも、それを受けて自分の思いを伝えるために顔を上げ、フレデリックを大きな茶色の瞳で真剣に見つめ返す。


「私は、離婚するつもりはございません。フレデリック様に嫁ぐと決めた日から、お約束を守る覚悟はできておりました。」


「な、何故、そのような・・・」

アルメリアの返答に、フレデリックの方が驚きの声を上げた。


「何故と言われましても・・・、それが最善だと思ったからですわ。」


「僕は、あなたの言うことがよくわからないのだが・・・。」


「それよりも、よろしければ、ジェシカ様のお話を聞かせていただけませんか?」


「あなたはジェシーのことを知っているのですか?」


「私は父に連れられて、幼いころに何度かこのお屋敷に来たことがございます。その折に、フレデリック様とジェシカ様、そしてミハイル様の三人で遊んでいる姿を見ておりました。そして、ジェシカ様があなたの恋人であることも、その後、とてもお辛い思いをしたことも存じております。」


「それを知っているのに、このバカげた政略結婚に応じたと・・・?」


「フレデリック様、私が知っていると申しましても、それはあくまでも噂でございます。他人が好き勝手に噂しているのですから、間違っている情報も含まれていることでしょう。よろしければ、ジェシカ様とフレデリック様のことを、あなたの口からお話していただけませんか? それを今夜の初夜の代わりにしていただきたいと思います。」


変わった女性だと思った。夫となる男性の過去の恋人の話を聞きたがるなんて・・・。

だが、不思議なことに不快とは思わなかった。

アルメリアのまっすぐにフレデリックを見つめる茶色の瞳が、単なる好奇心からくるものではないと無言で語っていたからだろうか・・・。


妻となる女性に、真実を告げておく方がきっと良いのだろう・・・。

フレデリックは、ぽつぽつと幼いころからのジェシカと自分の関係を話し始めた。


時には言葉に詰まりながら、時には涙を滲ませながら、フレデリックは語った。

悲しい場面になると、アルメリアも涙を流した。


今までこんな風に、他人に話をしたことがなかった。

本当は、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない・・・

そう思えるほど、フレデリックは心の中にしまっていたジェシカとの思い出を、アルメリアに話し続けた。



夜が明け、すべてを語り終わった後、アルメリアは一つの提案をした。


「フレデリック様、お義父様との連絡係は私にお任せください。お義母様よりも、妻である私の方が適任だと思います。」

この提案は、フレデリックにとって渡りに舟の申し出だった。


母に伝言を頼もうと探していると、父に出会うことがある。顔を見たとたん引き返すのだが、そのために、連絡が遅れることもあった。


「とても面倒な仕事だと思いますが、本当にいいのですか?」


「はい。もちろんです。どうか私にその役目をさせてください。」


その日から、フレデリックはアルメリアの申し出に甘えることにした。


アルメリアは、フレデリックから伝言を受け取るたびにバルケル伯爵にそれを伝える。反対もしかり。

フレデリックの仕事は、母親を頼っているときよりも、順調に進むようになった。


それ以外にもアルメリアは、両親と一緒に食事をしないフレデリックに合わせて、夫と二人だけで食事をとるようにした。それは今でも続いている。




話は元に戻る。


「恨むだなんてとんでもない。それでも私は愛するあなたと結婚したかったのです。」

アルメリアのこの言葉にフレデリックは狼狽えた。


婚姻を結ぶまで会う気はない、結婚式も挙げない、結婚してからも夫としての務めは果たさない。

結婚を夢見る令嬢にはとうてい我慢ができないような条件を付けたのにも関わらず、アルメリアは嫁いできた。


そんなアルメリアに驚きはしたが、きっと親に言われて嫌々政略結婚に従ったのだろうと思っていた。


それが、自ら望んで結婚した? こんなどうしようもない男と?


初夜の代わりにジェシカの話を聞きたいと言ったことも、母の代わりにあいつとの間に入ってくれたことも、僕のことを愛していたからだと言うのか?  

何故? 意味がわからない。

どこに僕のことを好きになる要素があるというのだ・・・?


「フレデリック様、嫁いできたばかりの頃は、いきなり愛しているとお話しても、きっと信じてもらえないと思っていました。だから、あえて言いませんでしたけど、今なら、聞いていただけますか? 私の想いを・・・」


「あ、ああ。こんな僕で良ければ・・・」


アルメリアはほっとした表情を見せた後、遠い目をしてゆっくりと話しだした。

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