34話 ジェシカの手紙
フレデリックを愛しているから結婚したというアルメリアの言葉を、フレデリックはにわかに信じられなかった。
結婚する前のアルメリアとの接点と言えば、弟ミハイルの婚約者として挨拶したくらいでほとんど関りがなく、政略結婚に関しても、結婚する条件として、花嫁が絶対に嫌がるような内容を提示していたからである。
憎まれることはあっても、愛される理由がどこにも見当たらない。
十九歳で最愛の恋人ジェシカを失ったフレデリックは、自分を責めた。
自分の浅はかな考えと行動がジェシカを追い詰め、死に至らせたと思うと、何も考えられなくなり生きる気力もなくなり、部屋の中に閉じこもった。
ジェシカの後を追いたくて、首を吊ろうとしたのだが、縄に首を掛けた時点で母に見つかり死ぬこともできなかった。
それからはずっと護衛騎士が張り付き、死ぬ自由すら失った。
生きる屍のように暮らしていたフレデリックであったが、ジェシカの死から一年がたった命日に、フレデリックはジェシカの墓参りに行った。
墓の前には、ジェシカの父モルフィー男爵が立っていた。
この一年間、後悔して苦しんでいたのはフレデリックだけではなかった。
ジェシカの父親も、眠れぬ夜を過ごしていた。
バルケル伯爵に借金で脅され、年の離れた子爵との結婚支度金を受け取ってしまった。
それがジェシカを追い詰める結果となってしまったことを、ずっと後悔し続けていた。
今はバルケル伯爵家とも縁を切り、ジェシカの葬儀以降、フレデリックに会うこともなかった。
その父親がこの日、フレデリックが来ることを、ずっと待ち続けていたのである。
フレデリックは真新しい供花の横に、自分が持ってきた供花を供え、祈りを捧げた。
祈りが終わった後、それまで黙っていたモルフィー男爵が口を開いた。
「フレデリック様、お待ちしておりました。」
その顔はやつれて、話している最中も苦し気な表情である。
「モルフィー男爵、申し訳ありませんでした。」
深く頭を下げるフレデリックの目から、ボロボロと涙が零れ落ちる。
一年たっても、ジェシカを失った傷が癒えることはなく、後悔が波のように押し寄せてくる。
「今日は、あなたに渡したい物があって、お待ちしていました。私は長い間、娘の部屋に入ることができませんでした。やっと最近、遺品整理をしようと思い、部屋の中に入ったのです。そうしたら、引き出しの中にあなたへの手紙を見つけたのです。今日、あなたがここに来たら、お渡ししようと思っておりました。」
モルフィー男爵が差し出したのは、封緘されていない一通の封筒だった。
ジェシカのお気に入りのピンク色の小花が散りばめられた白い封筒、生きていたころ、その封筒で何度も彼女から手紙をもらった・・・。
「それでは、私は用が済んだのでもう帰ります。どうか、娘の死を無駄にしないでください。」
モルフィー男爵の声は落ち着いていたが、最後の言葉が、フレデリックの胸にぐさりと刺さった。
モルフィー男爵が去った後、フレデリックはいてもたってもいられず、その場で封筒から手紙を取り出した。手紙には懐かしいジェシカの筆跡で、フレデリックへの最後の言葉が綴られていた。
「親愛なるフレディーへ
フレディー、ごめんなさい。こんな最後を選んだ私を許してください。
それから、決して私の後を追わないでね。それだけがとても心配です。
あなたは領主になるべくして生まれてきた人です。
この領地を良くしたい、いつもそう言っていましたね。
この土地の未来を語るあなたが好きでした。
あなたのような優しい領主がいたら、みんなが幸せになれると思うの。
だから、私からの最後のお願いです。
どうか、あなたは生きて、りっぱな良い領主になってください。
愛を込めて ジェシーより 」
フレデリックの紺碧の瞳から、涙が止めどなく溢れてくる。
フレデリックは手紙を胸に抱き、地面に膝をついてむせび泣いた。
ジェシー、僕が良い領主になりたかったのは、君がいたからだ。
君がいるから、君が生きているこの土地を幸せにしたかったんだ・・・
ああ・・・ジェシー・・・
もう、君はいないのに・・・
この手紙を読んでから、フレデリックは少しずつ変わった。
もともと父の後を継ぐために、領地経営に必要な社交や事務仕事には熱心に取り組んでいた。だから、一年間のブランク程度なら、すぐに取り戻す自信はあった。
しかし、他貴族との社交はする気になれず、これからは、社交はバルケル伯爵に任せて、自分は事務仕事をすればよい、そう思った。
だが、仕事をする上で、バルケル伯爵と連絡を取り合わねばならないことも増えてくる。
父親の顔を見たくない、話したくもないフレデリックは、話したいことがあれば、すべて母親マリエッタを通じて伝えることにした。
バルケル伯爵も直接話すことはせず、妻を通じて連絡を取り合うようにした。
このようにして、同じ屋敷にいても、父と息子は一切顔を合わせることはなかったが、それでも、領地経営が上手く軌道に乗っているのは、それだけフレデリックが優秀な経営能力を持っていたからである。
仕事が順調になれば、自然と結婚の話が浮上してくる。フレデリックもいつかは子をなし、後継者を育成しなければならない。
マリエッタは、バルケル伯爵に頼まれたお見合いの話をフレデリックに伝えるのだが、フレデリックはその気はないと突っぱねた。
何度も何度もマリエッタはバルケル伯爵に言われるたびに、フレデリックに話を持ち掛け、その度に拒否され続けた。
夫と息子の板挟みの中で、マリエッタは疲弊し、その憔悴ぶりは目に見えて激しくなってきた。
さすがに、これ以上突っぱねることはできないと悟ったフレデリックは、結婚相手に条件を付けた。
婚姻を結ぶ日まで、一切会わない、結婚式もしない、結婚してからも夫としての務めを果たさない。それでも良いと言う令嬢がいたら、結婚しましょう。
このような条件を出せば、たとえ政略結婚であっても断るに違いないと思っていた。
だが、このような悪条件でも嫁いでくることになったのが、アルメリアである。




