33話 フレデリックの提案
暗い地下牢が、フレデリックの持つランタンで明るくなった。
「アルメリア?」
ミウの声が聞こえた。
ランタンを持つ人影が、アルメリアだと思ったようであるが、フレデリックだと分かったとたん、ミウは肌の色を変え、シュルシュルと耳を小さくした。
「ミウ、人間に変身する必要はないよ。僕は、君が魔物だってわかっているから。」
ミウに語りかけるその声は優しい。
「ミウを殺さない?」
「ああ、殺さないとも。君はミハイルの恩人だろう? 感謝こそすれ、殺すだなんてとんでもない。」
フレデリックの言葉を聞いて安心したのか、ミウはもとの姿に戻った。
フレデリックが魔物の姿を見たのは初めてであったが、水色の肌、吊り上がった目に金色の瞳、左右に飛び出た大きな尖った耳に白い髪の毛、どれも子どもの頃に絵本で読んだ魔物の姿そのものであった。
ただし、ミウには牙がない。
絵本で読んだ魔物には大きな牙が生えていて、人間を捕まえては生きたままムシャムシャと食べるのだと聞かされていた。
ミウだけが特別なのか、それとも絵本が間違っているのかはわからない。だが、ミウは人を食べるような魔物ではないということだけは確信が持てた。
フレデリックは牢屋の入り口の鍵を開けて中に入り、テーブルにランタンを置く。
牢屋全体が明るくなった。
「今日は君に話があって来たんだ。」
「話って?」
「僕は君をここから逃がそうと思う。こんなところにいたら、君はいつか父に殺されてしまう。」
「あいつって?」
「認めたくないが、僕の父親だ。君はミハイルが病気だと聞かされているんだろう? だが、それは嘘なんだ。君から血を奪うために父がついた嘘なんだ。」
「ウソ?」
「ああ、そうだ。ミハイルの体調には何も問題ない。」
フレデリックは悲痛な思いで、真実を重々しく語った。
騙されていることを知ったミウは、どれほど悔しい思いをするのだろう・・・
そう思っていたのだが、ミウはフレデリックとは真逆の顔をした。
「良かったぁ・・・、リウは元気なんだね。ああ、ほっとした・・・。」
とても嬉しそうな顔をする。これにはフレデリックの方が驚いた。
「ミウ、君は騙されていたんだよ。それがわからないのか?」
「ミウは、リウのこと、すごく心配してたんだ。騙されてたって、リウが元気なんだったらすごく嬉しい。」
はあ・・・
フレデリックは大きなため息をついた。
どうやらミウには、騙されて辛いとか悔しいという感情が湧かないらしい。
「じゃあ、話しを元に戻そう。君をここから逃がそうと思う。」
「リウも一緒に逃げれる?」
「いや、リウは今、父と一緒に王都に行った。だから、逃がすのは君一人だ。」
「うーん、それならいいや。逃げるなら、リウと一緒がいいから。」
「だけど、ミハイルが戻ってきても、君には会えないし、君はまた血を抜かれて死ぬ思いをするんだぞ。それでもいいのか?」
「血を抜かれるのは苦しいけど・・・、ここにいたら、リウにいつか会えるでしょ? だから、ミウはここにいる。」
「はあ、まったく・・・。君には何を言っても無駄なのか・・・」
フレデリックはしばらくじっと何かを考えていたようであったが、ふと思いついたような顔をして、おもむろに口を開いた。
「それじゃあ、ミウ、君をこの牢屋から出そう。もっと明るい部屋に移したいと思う。それならいいだろう? ただし、ここから出るには人間に変身してもらわないといけないが・・・。」
「うん。それくらいならできるよ。」
「では、使用人が寝静まった夜に迎えに来る。それまでは、ここで我慢してくれ。」
フレデリックが牢屋を去ると、ミウの周りは、また暗い闇に包まれた。
「フレデリック様、、ミウさんはどうでしたか?」
夫婦の部屋に戻ると、アルメリアが心配そうに聞いてきた。
ソファに座ることもせず、フレデリックが戻ってくるのを今か今かと待っていた。
フレデリックは、アルメリアにソファに座るように促し、自分も向かい合って座った。
「彼女はリウと一緒でないと、ここから逃げないのだそうだ。血を抜かれるのは苦しいが、ここにいたらリウにいつか会えると言っている。」
「そうですか・・・。ミウさんらしいですね。」
「だが、何故なんだ・・・血を抜かれて死ぬような思いをしているのに、会えもしないミハイルのことを待つなんて・・・。」
「私はミウさんの気持ちがわかるような気がします。どんなに辛くても、愛する人のそばにいたい、同じ屋根の下で暮らしたいって・・・。」
「アルメリア・・・?」
しんみりと話すアルメリアの瞳を、フレデリックは覗き込んだ。
「私もミウさんと同じ気持ちですから・・・。」
「同じ気持ち? それって・・・、もしかして・・・、僕のこと?」
「ふふっ、あなた以外に誰がいるのですか?」
「いや、君は親が決めた政略結婚だから、僕と結婚しただけではなかったのか?」
「親が決めた政略結婚ではありますが、私は望んであなたと結婚したのです。でも、私の両親はそのことを知りません。」
「いや、だが・・・、あんなにひどい条件を出して、結婚式も挙げていないのに・・・、君は僕を恨んでいないのか?」
「恨むだなんてとんでもない。それでも私は、愛するあなたと結婚したかったのです。」
「いや・・・ でも、そんな・・・」
フレデリックは、思いもしなかったアルメリアの言葉に狼狽えた。




