31話 グレースと薬
グレースが元気なころは、母親譲りの輝く金髪に父親譲りの茶色い瞳の笑顔がとても愛くるしい令嬢であった。
しかし、今は顔色悪くやせ細り、目も口も自力では開けることができず、医者の手を借りないと自分で薬を飲むこともできないほどの痛々しい姿に変わり果てている。
医者が薬ビン一本分を飲ませた後、何か変化が起こらないかと、期待を込めて部屋にいる皆がグレースの様子を見ていた。
すると、グレースがゆっくりと目を開けた。
瞼を持ち上げる力さえ残っていなかったのに、ゆっくりとではあるが、開けることができたのだ。
「おお・・・」
医者もその場にいた全ての者が、静かな感動の声を漏らした。
グレースは口を開き、何か言いたそうにしているのだが、声を出すことはできなかった。
「グレース様、もう一本お薬がございます。今から飲ませますね。」
医者が先ほどと同じように、吸い口からグレースに薬を飲ませた。
グレースを支えている看護師たちは、期待の目をグレースに注いでいる。
二本目を飲んだら、今度はどんな変化が起こるのだろう・・・?
それは、この場にいる皆も同じ思いであった。
二本飲ませた後、しばらく様子を見ていると、グレースの口が開いた。
「お・と・う・さ・ま・・・」
久しぶりに聞く娘の声に、国王ジョシュアの茶色い瞳に涙が光った。
「ああ、グレース、言葉が話せるのだね。」
グレースの変化は目と口だけではなかった。
青白く死人のようだった顔色に、ほんの少し赤みが増してきた。
「バルケル伯爵、そなたの薬は本物だ。なんと嬉しいことか。」
「お褒めに預かり光栄でございます。」
国王の視線が注がれたバルケル伯爵は、一歩前に出て、恭しく礼を言う。
グレースの視線も自然とバルケル伯爵に向いたのだが、その隣に立っているリウにくぎ付けになった。
「あ、あなたは?」
王女のような高貴な女性に、まさか声を掛けられるとは思っていなかったリウは、返事もせずにキョトンとした顔をする。
「これ、ミハイル、返事をせんか。」
バルケル伯爵に促されて、自分に声を掛けられたのだと分かり、リウは慌てて挨拶を始めた。
「わ、私は、バルケル伯爵の次男、ミハイル・バルケルでございます。」
「そう、ミハイルと言うのね。」
リウを見つめるグレースの顔色の血色が、さらに良くなったように見えた。
「この薬はあなたが?」
「い、いえ、私では・・・」
「は、はい、私の愚息が自分の病気が治ったので、ぜひとも王女様にもお飲みいただきたいと、持参した次第です。私の息子、ミハイルが!でございます。」
リウの言葉を遮ってまで、バルケル伯爵はミハイルの名前をグレースに印象付けようと必死である。
「そうなのですね。ありがとう。あなたのお陰で、ずいぶん楽になりました。」
「いえ、王女様に喜んでいただけるなんて、恐悦至極にございます。これ、ミハイル、お前も礼をせんか。」
言われてミハイルも頭を下げた。
「バルケル伯爵、そなたのお陰で、今日はとても気分が良い。たくさんの褒美を進ぜよう。」王の言葉にバルケル伯爵は飛び上がりたい気持ちになったが、ぐっと抑えて次の約束を取り付けることにする。
「陛下、この薬の効き目が、まだどの程度なのかわかっておりません。本来ならば、王都に留まり、薬の効果を見定めて追加の薬をお届けするべきなのでしょうが、この薬は我が領地でなければ作れないのです。一週間後、また薬を持参いたしますので、王女様に薬をお渡しする栄誉を授けていただけませんでしょうか。」
「ああ、もちろんだとも。一週間後に会えることを楽しみにしているぞ。」
バルケル伯爵の目論見は大成功に終わった。
また会えることを楽しみにしていると、国王に言わしめたのだ。
意気揚々、鼻高々に宿に帰り、そして翌朝、急いで領地へと馬車を走らせた。
一週間ぶりにバルケル伯爵が帰ってきた。
伯爵夫人、アルメリア、使用人たちがバルケル伯爵とリウを出迎えた。
「長旅、お疲れ様でした。」
皆が声を掛けたが、明日にはまた王都に出かけると言う。
バルケル伯爵は、休む間もなく王都と領地の往復をするつもりなのである。しかも普段なら片道四日かかる距離を、三日で進む強硬突破を繰り返しているのだ。
たいていの者なら疲労困憊で休養を欲するところなのだろうが、バルケル伯爵は目が爛々と輝いていた。
「アルメリアを呼んで来い。」
自分の書斎に入るとすぐに、使用人に命じた。
「お義父様、失礼いたします。」
アルメリアが静かに部屋に入ってきた。
「魔物の様子を報告しろ。」
アルメリアは、自分が見たことを、そのままバルケル伯爵に伝えた。
血を抜かれた後、ぐったりとしてまるで死んでしまうのではないかと、恐ろしい思いをしたこと。
しかし、滋養に良い食事をとらせたら、三日ほどで元に戻ったこと。
世話をするアルメリアに対して従順であること。
そしてもう一つ。
「お義父様、ミウさんは人間の姿に変身することができます。ですから、あのような暗くジメジメした地下牢ではなく、客室でお世話させていただけませんか? 私の親戚の娘だと言うことにすれば、誰にも疑われずにお世話できると思います。」
アルメリアは、ミウのことを思って口にした言葉だった。
だが、それを聞くバルケル伯爵の思いは、彼女とは真逆だった。
「ほう、人間に変身できるだと? それは良い。その力を使えば、さらに利用価値が広がるぞ。わはははっ」
最後は高らかに笑った。




