29話 フレデリックの涙
それからしばらくして、アルメリアは夫婦の部屋に戻った。
リビングに入るとフレデリックが腕を組み、深刻な顔つきでアルメリアが戻ってくるのを待っていた。
「フレデリック様、先ほどは、ちゃんとした説明ができなくて申し訳ございませんでした。」
「いや、君が謝ることではない。あの場では言いにくいことだったのだろう? だが、どうして今まで黙っていたんだ? だいだい想像はつくが・・・」
「お義父様から口止めされておりました。言いつけを守らなかったらどんな恐ろしいことが起こるのかわかりません。最悪、ミウさんが殺されてしまうかもしれない・・・。そう思うと言えなかったのです。」
「君がそう思うのは無理はないな。父はそういうヤツだから。」
「黙ってはいましたが、本当は隠していることがとても辛くて・・・、ばれて良かったです。これで夫に隠し事をせずに済むのだと思うとほっとしました。」
「ああ、君の思いはよくわかった。だからこのことで、自分を責めないでくれ。僕はこれからも知らないフリをしていよう。ところであの娘は、いったい誰なんだ? 君に世話をさせているようだが、父のことだ。何か恐ろしいことでも企んでいるのだろう?」
窓から差し込む光がフレデリックの銀髪をキラキラと輝かせているが、アルメリアを映している紺碧の瞳は、怒りを含んだ鈍い光を放っている。
「フレデリック様は、あの娘を人間だと思っているようですが、実はあの娘は魔物なのです。フレデリック様を見た瞬間、警戒して人間に変身したようです。」
「はあっ? 魔物だって? 鋭い牙で人を襲って食べる魔物? 魔物のような恐ろしい奴の世話を君にさせていると言うのか? やはり父は・・・」
フレデリックに抑えきれない怒りの感情が現れた。
「フレデリック様、お、落ち着いてください。私も初めは魔物の世話なんて恐ろしいと思っていたのですが、あの娘は恐ろしい魔物ではありませんでした。牙はありませんし、ごく普通に会話をし、人間と同じものを食べ、ミウという名前だってあります。人間となんら変わりはありません。今まで世話をしてきて、それは十分にわかりました。どこにでもいるような普通の女の子なのです。」
「では、何故、普通の女の子を地下牢に閉じ込めているのだ? 害がないのなら、他の部屋でも良いだろうに・・・。」
「それは・・・、ミウさんの血が病を治す力があるからだと思います。逃げられないようにするために閉じ込めているのだと・・・。」
「病を治す?」
「はい。ミハイル様の病気も、彼女が治したそうです。ミハイル様にとって、ミウさんは命の恩人なんです。」
「はっ、息子の恩人を暗い地下牢に閉じ込めるとは・・・。」
「今、お義父様は、彼女の血を王女様に飲ませるために王都に向かっています。」
「ああ、そう言えば、王女様は病気でずっと社交界に出ていないと聞いているが、それを治すつもりなのだな。」
「はい。それで、私・・・思ったのですが、お義父様が戻ってくるまで一週間あります。先ほど、ミウさんはミハイル様を待つと言ってましたが、ここにいても、血を抜き取られるだけだと思うのです。ですから、私・・・、ミウさんを逃がして差し上げようかと・・・。」
「逃がす?」
「はい。人間の姿に変身できること、さっき初めて知りました。あの姿だったら、町の中を歩いていても怪しまれず、問題ないと思うのです。」
「・・・いや、だめだ。君は父に魔物の世話を任されているのだろう? 逃がしたら、父が君に何をするかわかったもんじゃない。きっと、怒りに任せてひどいことをするだろう。だから、だめだ。あの娘には悪いが、僕は君の方が心配なんだ。」
「えっ?」
今までうつむき加減に話していたアルメリアが顔をあげ、フレデリックを見つめてポカンと口を開けている。
「あの・・・、フレデリック様? 私のことを心配してくださっているのですか?」
「当り前じゃないか。君は僕の妻なのだから・・・。最近、君が隠れてこそこそ何かしていることはわかっていた。おそらく父に何か頼まれたのだろう思って、心配で後を付けたんだ。」
フレデリックを見つめるアルメリアの瞳に涙が溢れてきた。その涙はツーっと頬を伝い、ぽとりと落ちた。
「ア、アルメリア?」
「嬉しいです。私を妻だと認めてくれるのですね。」
頬を伝う涙をアルメリアは指で拭う。
「あ・・・、す、すまない。今まで、君をそんなことで不安にさせてしまっていたのだな・・・。口に出さなければ、伝わらないのに・・・。」
「いえ、謝らないでください。フレデリック様がずっと苦しんでいらっしゃることはわかっておりました。だから、妻と認めてもらえなくても、そばでお支えするのが私の役目だと思っておりましたから・・・。」
「アルメリア、本当にすまない。あんな条件をつけた結婚だったのに、君は嫌がらずに僕のそばにいてくれた。君が僕の気持ちを優先してくれることも、僕を陰で支えようとしてくれていることにも、本当は感謝しているんだ。だけど・・・、僕は、不甲斐ない夫で・・・。君に、夫らしいことは何一つせず、君を不安にさせている・・・。それはわかっている。わかっているのだが・・・。ううっ・・・」
フレデリックは言いかけた言葉を遮るように、自分の顔を両手で覆った。
指の隙間から涙が滲んでくる。
「僕の浅はかな考えと行動が、ジェシーを追い詰め死に追いやったのだと思うと・・・、僕は自分が許せないのだ。すまないアルメリア・・・」
「私はいいのです。あなたがこれほどまでに苦しんでいるのですもの・・・。私は今まで通り、あなたをおそばで支え続けます。」
「アルメリア・・・」
フレデリックはアルメリアの両手をすくうように握り、自分の額に押し当てた。
その姿は、まるで女神に感謝の祈りを捧げているようであった。
一方、バルケル伯爵とリウは、領地を出て三日後の夜に王都に着いた。
翌日には王への謁見が待っている。バルケル伯爵は、かなり緊張した面持ちで、服装や身だしなみについて余念がなかった。
とう言うのも、五年前、フレデリックがガルシア侯爵家のキャサリエンヌを泣かせてから、バルケル伯爵に対するガルシア侯爵の風当たりが強く、他の貴族もそれに追随し、とても王都の社交界に顔を出せる雰囲気ではなくなったからである。
しかし、今回上手くいけば、国王の後ろ盾を得ることになり、王都の社交界に復帰できる足掛かりになる。
バルケル伯爵は、王女の病を治すことに命運を掛けていると言っても過言ではなかった。
「よいかミハイル、くれぐれも粗相のないようにするんだぞ。」
翌朝、二人が乗った馬車は王城へと向かった。




