27話 三本の薬ビン
バルケル伯爵は、ミウを捕まえたその日のうちに国王宛に手紙を書いた。
『どのような不治の病でも治す薬を作ったので、王城に届けたい』というのがその内容である。
王には王子が二人、その妹である王女が一人いるのだが、王女は二年前に病に倒れ、病状は悪化する一方で、医者たちは、不治の病だと診断した。今は寝たきりで動くこともできず、やがて訪れる死を待つだけの状態が続いている。
バルケル伯爵の手紙は王の心を揺さぶったようで、至急その薬を届けるようにと書かれていた。
早速バルケル伯爵は地下牢へと足を運んだ。
ミウは、バルケル伯爵の姿を見るなり走り寄り、期待を込めた目で鉄格子を握りしめた。
「リウの病気、治った? もう会える?」
バルケル伯爵は悲しそうな顔を作り、鍵を開けて中に入った。
「それが、残念なことにまだ治ってないのだよ。もっと血が必要だ。だから血を分けてくれるか?」
「まだ治ってないの? わかった。」
ミウはベッドに座り、素直に手を差し出す。
「前よりもたくさん血が必要なのだ。痛いが我慢してくれよ。」
優しく話すバルケル伯爵の目は、相変わらずニヤリと気味の悪い笑みを浮かべている。
前回は注射器一本分の血を抜いたが、今回は三本分の血を抜き、薬ビンを三本に増やした。
三本目の血を抜き終わった後のミウは、身体がぐったりして、ふらりと倒れるようにベッドに横になった。バルケル伯爵は一瞬ギョッとしたが、ミウが死んだわけではないと分かりほっとする。
後でアルメリアに、何か食わせるように言っておかねばなるまい・・・。
今死なれたら元も子もないからな。
バルケル伯爵は薬ビンを抱えて、リウがいる客間に向かった。
今までリウはどうしていたかと言うと、ずっと何もできないままでいた。絶えずリウのそばには護衛騎士がまとわりつき、まったく一人になることができなかった。
地下牢に閉じ込められているのでは? と思って行こうとしても、その度に騎士は地下牢へ続く入り口の前に立ちふさがり、頑として動かない。
そして言われた。
「旦那様の命令に背いて魔物に会えば、ミハイル様が後悔することになります。」
寝るときは一人になれても、ドアの外にも窓の外にも護衛がいる。
食事の時にバルケル伯爵と母親と三人で食べるのだが、ミウに会わせて欲しいと頼んでも、「それはできない」の一点張りで、最後は「魔物の命はお前の行動にかかっていることを忘れるな。」と釘を刺された。
母親は、息子と夫の睨み合いをハラハラした目で見ているだけで何も言わず、どちらの味方をするということもない。
毎回食事の席には兄のフレデリックとその妻アルメリアの姿はない。後でメイドに聞いてみたら、「フレデリック様は、何年も前から、ご主人様とご一緒に食事をしておりません。アルメリア様は、フレデリック様と一緒に食事をしていらっしゃいます。」と答えた。
おそらく兄は、ジェシカの件からずっと父を憎んでいるのだろう。
ミウは生きているのか?
せめて一目でも会いたい。
会って無事な姿を確かめたい・・・。
悶々とした日を過ごしていたのだが、夕方になってバルケル伯爵がリウのいる客間を訪れた。手には布に包まれた何かを大切そうに抱えている。
「ミハイル、お前に話すことがあって来たのだ。」
「話すこと? そんなことよりも、ミウに会わせてください。まだ生きているんでしょうね。」
「ああ、もちろんだ。ここに生きている証拠がある。」
バルケル伯爵は布の中から、三本の薬ビンを取り出しテーブルの上に置く。青い液体が入った薬ビンが、キラリと光る。
それを見たリウの心臓が強く跳ね上がった。
「こ、これは・・・?」
「ははっ、お前も見覚えがあるだろう? 魔物の血だ。お前の病も、魔物の血を飲んで助かったのだろう?」
「ど、どうしてそれを・・・?」
「ああ、昔の文献で調べたのだ。お前が今まで生きてこれた理由を知りたくてね。その結果、魔物の血は病を治す力があることがわかったのだ。」
バルケル伯爵の嬉しそうな顔は、リウの心をざわつかせた。
三本も血を抜く理由があるはずだ。
「父上、これをいったいどうするつもりなのですか?」
「国王の娘が不治の病にかかっている。この血で王女の命を救うつもりだ。国王から返事が届いてな。至急薬を持ってくるようにとのお達しがあった。」
「こんなに血をとられて、ミウは大丈夫なのですか?」
「ああ、そこのところは問題ない。ちゃんと精のつくものを食べさせている。これからも血を抜くのだから、死なれては困るからな。」
これからも、血を抜き続けるつもりなのか?
リウの心に、バルケル伯爵に対する憎しみが湧き上がる。
「それで、僕にいったい何の用があるのです?」
「ああ、そのことなのだが・・・、お前も一緒に王都に連れて行きたいのだ。」
「はあ? 何故僕が? 父上が一人で行けば良いでしょう? 僕は関係ありません。」
「いや、お前は大いに関係がある。この薬を飲んで病が治ったという立派な証人になるのだ。明日の早朝に出発するから、お前も用意をしておくように。」
「僕は行きたくありません。ここに残ります。」
「おや、そんなことを言っても良いのかな? 何度も言うが、魔物の命はわしにかかっておる。そのこと、忘れるでないぞ。」
「くっ・・・」
リウは歯を食いしばり、己の感情を抑えた。
ドッと湧き上がった暴力的な感情。父親を殴りたいと本気で思った。
しかし、逆らえばミウに何をするかわからない。
ただただ、ミウのためだけに心を抑えつけ我慢した。
「わかりました。一緒に王都に行きます。だから、必ずミウが死なないようにしてください。ひどいこともしないでください。」
「ああ、わかっている。お前が素直に言うことを聞いてくれれば、悪いようにはせん。」
翌朝、夜が明け始めると同時にバルケル伯爵とリウは馬車で王都に向かった。




