23話 脱出
バルケル伯爵は、息子が魔物と暮らしていたという一つの結論に達したが、今まで皆が信じていた魔物の脅威について、大きな疑問が残った。
魔物は人を食らう恐ろしい悪魔のような怪物だと誰もが思っているが、その認識は間違いなのではないか?
数年前にバルケル伯爵が雇っている騎士が、魔物に遭遇した瞬間、襲われる前に切り殺したと話していたが、死体はなく、幻でも見たのではないかと噂されていたことを思い出す。
今となっては、本当に襲われそうになったのかどうかも、実際のところ、怪しいものだ。
ミハイルが九年間も魔物と暮らしていたのなら、人肉を食べるというのは間違いなのだ。
ミハイルの病を治し、今まで大切に育ててくれた。
だから、ミハイルは逃げることもせず、二回も魔物ために薬を買いに来た・・・?
バルケル伯爵は考えれば考えるほど、笑いが止まらなくなった。
「ああ、わしにも大きなチャンスが巡ってきたのだ。」
リウは、部屋から出ようとしたら、護衛騎士に出入り口を塞がれ、どこへ行くのかと聞かれた。外に出たいと言えば、きっと止められるだろうと思ったリウは、なんとかごまかそうと考えた。
「水を飲みに行きたいのです。」
「それならば、使用人に頼んでもって来させましょう。ですから、まだ部屋の中で安静にしていてください。」
「いや、自分で行きたいのだが・・・。」
「どうしてもとおっしゃるのなら、また倒れても困りますので、私どもも一緒に参ります。」
「大丈夫だ。一人で行ける。」
「ご主人様に、ミハイル様から目を離さぬようにと命を受けておりますので、一人で行かせるわけにはまいりません。」
リウは、はぁとため息をつく。まったく、これではらちが明かない。
「わかった。後をつけて来ても良いから、行かせてくれ。」
「かしこまりました。」
騎士は一礼すると、スッと身体を横にずらして通れるようにした。
リウは水を飲みに行くついでに、バルケル伯爵の書斎も見に行った。もしかしたら、自分の荷物はそこにあるかもしれないと思ったからである。
思った通り、書斎の机の上にカバンと薬が置かれていたが、バルケル伯爵の姿は見えなかった。
「あの、父はどこにいるのですか?」
「さあ、私どもにはわかりません。」
「これは僕の荷物なので返してもらいます。」
それには騎士たちは反対をしなかったので、リウはやっと薬を取り戻すことができた。
このとき、バルケル伯爵は、図書室で魔物の実験記録を探している最中であったが、そんなことはリウの知るところではなかった。
水を飲み、部屋に戻り、リウはどうやったらこの屋敷から出ることができるのかと考えていた。
この客室は一階にあるので、窓から逃げ出すことも可能なのだが、あの父親なら、庭にも見張りを立てているかもしれない。
ここを抜け出すなら、昼間よりも夜の方がいいだろう。
騎士だって人間だ。夜になれば居眠りをすることだってあるかもしれないし、油断させれば隙を見せるかもしれない。
暗いうちにここを出て、日が昇る頃に森に入ればなんとか帰れる。
「すみませんが、また、頭が痛くなってきました。僕は寝ますので、夕飯はこの部屋に持ってくるように伝えてもらえませんか?」
騎士にそう伝えて、リウはベッドに横になった。
夕飯を部屋で食べた後も、そのまま寝続けた。
これで油断してくれたら、良いのだが・・・。
夜が更け、家の中が静まりかえっているのを感じ取ってから、リウはドアのきしむ音がならないように気をつけながらそっと開けた。
開けた隙間から外を覗いてみると、護衛騎士は壁にもたれて座り込み、居眠りをしている。しかも一人しかいない。
これはチャンスだ!
リウは逃げるのは今しかないと思い、カバンを肩にかけると窓から外に出た。
幸いなことに、庭には監視の者がいないようで、リウは無事に屋敷を出ることができた。
馬を取り返したかったが、馬の鳴き声や足音が響くと監視役に見つかるかもしれないと思い、馬は泣く泣く諦めた。またお金を貯めて買うとしよう。
リウは急ぎ足で歩き、ミウの待つ自分たちの家へと向かった。
昼前には家に着いた。
ミウはベッドで眠っているが、額に手を当てると、熱は下がっていなかった。熱のためか苦しそうな息遣いである。
「ミウ、ただいま。遅くなってごめん。薬を買ってきたよ。」
ベッドで寝ているミウは、その声で目が覚めた。
「あ・・・、リウ・・・おかえりなさい。ゴホッ、ゴホッ」
「大丈夫か? いや、まだ苦しそうだな。何か食べたいものはないか?」
テーブルを見ると、昨日置いた朝食が手つかずのまま残されている。
「水が飲みたい・・・」
「ああ、わかった水だね。起きれるかい?」
「うん。」
半身を起こしたミウに、コップに水を入れて手渡すと、ミウはゴクリと水を飲んだ。
「ああ、、水はちゃんと飲めるんだね。じゃあ、次は薬を飲もうか。」
リウが薬ビンの蓋を開けて手渡すと、ミウはその薬もちゃんと飲むことができた。
「ふう、良かった。それじゃあ、まだ安静が必要なようだから、しっかり寝ようね。」
横になったミウに、リウは毛布を掛ける。
「ミウ、早く良くなってね。」
リウは、ミウの手を握り声を掛けたが、何故か、この手を離してはいけないような気がした。
何か、とてつもなく嫌な予感がする・・・。
バタン!
激しい音を立てて、ドアが何者かに開けられた。
「えっ?」
リウは驚いてドアを見る。
「ミハイル、こんなところで暮らしていたのだな。」
その声の主は、バルケル伯爵だった。




