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ミウとリウと曼殊沙華  作者: 矢間カオル


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1話 魔物の呪い

ミウ、ミウ、どうして僕はあの時、君の手を離してしまったのだろう・・・

今でも僕は悔やんでも悔やみきれない。

もっと僕に力があれば、誰にも負けない力があれば、君を奪われることはなかったのに・・・

ミウ、僕は今でも君を愛している・・・。





アッシュリンド王国の西にある小さな領地を治めるバルケル伯爵の屋敷は、今、悲しみに包まれていた。早朝であるにも関わらず、屋敷の一室に領主の家族、使用人が集まっている。


伯爵の次男ミハイルが不治の病にかかり、わずか九歳の命の灯が消えようとしているのだ。


ミハイルのベッドのそばですすり泣く母親マリエッタと、侍女たちの涙を遮るように、医者の重苦しい声が響いた。


「ご臨終でございます。」


「うっ、ミハイル、ミハイル!うううっ・・・」

マリエッタが、涙に濡れた顔で息子の体にすがりつく。


いつもはきちんと手入れされている輝く銀髪も、深い海のような青い瞳も、今は色あせて見える。それだけ、この三日間は彼女にとって不安と疲労と落胆が一度に押し寄せてくる辛い日々であった。


領主の次男ミハイルは、三日前までは庭を駆け回る元気な子どもであったのに、突如、全身に赤い発疹が現れ、それに伴う高熱で倒れた。そのわずか三日後に、ミハイルは命を落としたのである。


マリエッタがいつも綺麗だと口癖のように言っていた息子の紺碧の瞳は閉ざされて、もう見ることはできなくなってしまった。ならばせめて、金色に美しく輝く髪に触れていたい。元気に走り回り、サラサラの金髪が風になびく姿が好きだったのに・・・。


「ミハイル、ミハイル・・・」

涙をぽろぽろ零しながら、マリエッタはその指で息子の髪をすく。


「マリエッタ、離れなさい。魔物の呪いで死んだ者は、すぐに魔物の森に返さなければならない。」

領主バルケル伯爵の声が冷たく響く。


「でも、あなた・・・、息子が死んだのですよ。どうしてそんな冷たいことを・・・」


「魔物の呪いで死んだ者を長くここに置くと、皆の不安を煽ることになる。馬番を呼べ。」




バルケル伯爵の命を受け、馬番二人が用意されていた白い棺を運んできた。百合の彫刻を施した白木で作られた美しい棺。


子ども用のそれを用意する時間はなかったようで、大人用の大きな棺が運ばれてきた。


馬番の男二人は、ミハイルを棺に丁寧に納めると部屋を出て行った。


「ああ、ミハイル、待って・・・」

棺を追いかけようとするマリエッタを、バルケル伯爵がぐいと引き留めた。


「あの子は死んだのだ。もう、諦めなさい。」


「ううっ・・・、ミハイル・・・」

マリエッタはその場に泣き崩れた。





馬番は、荷車に棺を乗せると、荷馬車を走らせた。


荷馬車は、町を抜け、村を抜け、田園地帯を抜けて森の中に入ると、さらに奥へ奥へと進んで行く。


奥へ行くほど大きな木々が生い茂り、だんだんと暗くなっていく。


「なんだか気味が悪いな。魔物が出てきそうだ。」


「ああ本当だな。だが魔物は絶滅したんだろ? 何百年も前のお偉い王様が、討伐隊を作って全部やっつけてくれたんだから、出るわけないよな。」


「それがな、三年前だったか、森で迷った騎士様が魔物に遭遇したそうだ。」


「えっ、それでどうなったんだ? 魔物ってのは人を生きたまま食べるんだろ? 大きな牙が生えていて、ムシャムシャッて人を食べるのを、子どもの頃に絵本で読んだぞ。」


「殺られる前に、持っていた剣で切り殺したそうだ。」


「そうか、その騎士様、魔物に食べられなくて良かったな。」


「だが、この話は続きがあってな。騎士様は魔物を切り殺して逃げたんだが、後から領主様に魔物の死体を見せた方が良いと思い直して、その場所に戻ったんだが、魔物は消えていて、跡形もなかったそうだ。」


「うへっ、なんだそれ。本当に魔物に会ったのか? それとも魔物の呪いが見せた幻影か?」


「どっちなんだろうな、俺にもわからん。」




馬番は話をしながら、さらに奥へと荷馬車を走らせた。


長い時間をかけて暗い森を走っていると、急に開けた草原に出た。見上げると日の光が眩しい。


下を見たら、真っ赤な花が辺り一面に咲いている。


「な、なんだ、この花は?」


「俺の村には見かけない花だな。それにしても、気持ち悪い花だな。」


一見、丸く大きな赤い花に見えるその花は、よく見ると小さなユリに似た花の集合体である。一つ一つの花は真っ赤な細長い花びらの先がクルリと曲がり、中心から真っ赤な長いしべを幾本も出している。


この花を見たことがない男たちには、まるで血のような赤色の花弁としべが毒々しく見えたのだろう。


「もう、ここら辺でいいんじゃないか?」


「ああ、そうだな。魔物の呪いみたいな花が咲いているんだから、呪いを返すのにちょうど良いだろう。」


馬番は、棺を荷車から下ろし、赤い花が咲き乱れる中にそうっと置いた。


それはまるで血の海に浮かぶ白い舟のように見えた。


「そうだ、坊ちゃんに花を供えることもできなかった。この花を坊ちゃんに供えよう。」


馬番の一人が赤い花を数本摘み、棺の中の少年の胸に供えた。もう一人はパタンと閉じた蓋の上にも花を供えた。


「坊ちゃん、わしらは花を供えたんだから、呪わないでくださいよ。安らかにお眠りください。」

馬番は棺に向かって祈りを捧げた後、この場を去って行った。




この土地に住む皆が恐れる魔物の呪いとは、この土地にだけ現れる風土病の呼び名である。


五年に一人くらいの割合で出現する病気であるが、罹患すると、赤い発疹が現れ、高熱に襲われる。発疹は全身に広がり、わずか三日で命を落とす恐ろしい病気である。


伝染病ではなく、理由もわからず突如一人だけが狙い打ちされたような症状の出方から、人々はそれを魔物の呪いと呼んだ。


魔物の呪いにかかって死んだ者は、魔物の森に返さねばならない。

そうしないと、他の誰かが呪われる。


皆が、その迷信を信じていた。





馬番が去ってから三十分ほどたった頃、一人の少女が興味深げに棺に近づいて来た。


「ワア、キレイナハコ。」


まるで幼児のような舌ったらずなしゃべり方で、棺をしげしげと眺めている少女の肌は水色で、つり上がった目の瞳の色は金色、人間の耳よりも数倍大きな尖った耳が左右に飛び出ている。


着ている服はみすぼらしく、生成り色の布を身体に巻きつけ、腰ひもで縛っているだけ。


背中の真ん中まで伸びている髪は雪のように真っ白だ。


年の頃は、ミハイルとほぼ同じぐらいであろうか。


「ナニガ、ハイッテル?」


少女はドキドキしながら百合の彫刻が施された白木の蓋を開けた。


第1話を読んでくださいましてありがとうございます。

このお話は、ミウとリウの異種族間の純愛を描いたお話です。

どうか最後まで読んでくださいますよう、よろしくお願いいたします。

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