01 事の発端
「インサニアー!」
お父様の怒号は目覚ましの代わりにわたくしを眠りから呼び起こしましたわ。
「ふぁああああ、なんですの?お父様は地方にいるはずでは?」
学園の女子寮に男性は禁制。そのお父様の声が聞こえるって、普通なら幻聴だとおもいますけど、魔物相手に咆哮で勝てる人ですもの……女子寮の前でわたくしの名前を叫べば十分聞こえますわね。
「お嬢様、昨日の出来事がついに御父上様の耳に届いたようです」
メイドのアンがわたくしの身支度を手伝いながら事のあらましを教えてくれた。
先日、わたくしの同士とともに完成させたアンソロジーが、何者かに盗まれ世間の目にさらされる事態が起きたのです。
禁断の恋と銘打った小説本ですが、教会の手に渡ってしまったのです。
異性愛が普通、同性や異種族との恋愛や婚姻は神に背く行為。
この世界は一神教で神を敬わぬものは人としてみなされず、良くて流刑か奴隷落ち。悪くて生涯幽閉か処刑となります。
実在の出来事を基にした風刺作品は多くありますが、ファンタジーな創作は神の子でありながら神を真似る奢った行為として刑罰の対象となるのです。
わたくしは所謂転生者、この世界とは異なる世界の記憶が存在しているため、この世界の神、といいますか教会的方針と馬が合いませんでしたわ。
幸い辺境に住んでいたころは何をしていても教会へ訴えるようなものはいませんでしたわ。辺境伯の娘ということで、目を瞑っていただいていただけなのかもしれませんけれど……。
とりあえず、わたくしはファンタジーも創作も想像も大好きでしたわ。
兄弟、姉妹の中でもわたくしは浮いていましたわね。まあ、兄弟のことはまた後程機会があれば語りましょう。
とりあえず、目の前の問題はわたくしは処刑か生涯幽閉か。
「おそらく学園にいる間の功績も配慮されますので、幽閉されるか流刑のいずれかかと思われます」
「そうですのねぇ。できれば流刑がいいですわ。
昔ですけど、お父様が言っていた地へ行きたいとずーっと思っていましたのよ」
神に見捨てられた地。
陸の孤島とも呼ばれ、近づくことも容易ではなく、一度村に足を踏み入れたら生きて帰ることもできないという。
見捨てられたため、食物の育成も悪く生きていくことだけに生涯を費やすことになるとかなんとか。
曖昧な情報しかないのは、ここ何十年も教会や国はその地に人を送っていないからどうなっているのかを知る者はいないのだ。
「もはや誰もいないかもしれませんね」
「それもいいわ、それこそわたくしの天下ですわー!」
おーっほっほっほと、高笑いをしていると、再びお父様の怒号が響いてきましたので、いい加減部屋を出ましょう。
ほかの学生様に迷惑ですものね。
寮の前で不機嫌丸出しで仁王立ちしているお父様。
2m近い身長で、この国の中でもかなり大きい人に該当しますわ。
成人男性の平均身長は180㎝程ですので、お父様はなかなか迫力のあるかたですのよ。160㎝程のわたくしからすると、お父様の顔を見上げなければいけないので首がつかれて嫌ですわ。
「おはようございます、お父様。最後にお会いしたのは学園に入学前なので、2年ほど前になりますでしょうか?」
「お前が休みのたびに帰ってくればもう少し顔を合わせる機会もあったんだがな」
「いやですわ、王都まで何日掛かる思っていますの?」
おほほほと愛想笑いを浮かべると、おでこにデコピンが飛んでくる。
痛いですわ、嫁入り前の娘の顔に攻撃しないでいただきたいものです。嫁に行く予定なんてありませんけど。
「インサニア、お前の作った道具や術式があればものの数分で移動できるだろう」
「あれはお父様が使ってはダメといったのではありませんか」
「私がいくらダメだといっても、聞かないだろうが」
凄みを効かせ睨みつけてくるお父様の手には、問題のアンソロジーが握られていた。
「まさか……読みましたの?」
「ああ、教会のトップに呼び出されてどんな教育をしているのかと責められてきたところだ」
ゴス、ゴスと本の背表紙で頭部を叩かれていますが、文句言えませんわね。
通常であれば早馬で7日ほどかかる道を駆けてきて、娘のやらかしで国から怒られるわけですから。わたくしが親だったら同じように怒鳴ってますわね。
「…さて、呼び出しに関しての怒りはこのくらいで済ませよう」
頭を叩く手を止め、今度は深くため息をつく。
「この本はお前ひとりで書き上げたと教会は言っているが、違うだろう。
なぜ本当のことを言わない?」
「お父様、もし捕虜にされた際に『仲間のことを話せば助けてやる』といわれて、仲間を敵に売りますか?」
真剣なまなざしでお父様を見つめると、再びため息をつく。
「教会はお前にとっては確かに【敵】だな。
学園に送る前に、矯正できなかった私たち親の責任か」
「いいえ、違いますわ。これはわたくしの問題ですわ。お父様もお母様も一般教養を叩きこんでくださいましたので、今までそれほど大きな問題を起こすことなく学園生活を送ってきましたわ。
……同士を疑いたくはありませんでしたが、今回の件に関してはどうして教会にばれたのかは分かっております」
「なら、だれが密告したのかは調べがついているのか?」
「いえ、密告したのではなく普通にうっかりでやらかしたと本人からの報告が昨日ありましたわ。盗まれたのは確かですが、目につく場所にページを開いておきっぱなしにしたおバカさんが同士の中にいましたの」
今度はわたくしが大きくため息をつく。
「教会の司祭の御一人、ヴィア様ですわ」
わたくしの告白にお父様は倒れましたわ。




