王女は街で働きたい
「別れてほしい」
とある商会の事務室にて話す男は商会の一人息子のヒューゴだ。ヒューゴが別れを伝えるる相手は机に向かい、猛スピードで書類を捌く女クレアである。
「え?今、別れてと?」
ペンを止め顔を上げる。
「あぁ、クレアには悪いが他に好きな人ができた。その人とは互いに同じ想いでいる。そして彼女は私の子を妊娠している」
申し訳なさそうな顔のヒューゴ。本当に申し訳ないと思っているなら他に女を作らないし、妊娠させないだろ。と思うクレアであった。
「その人とは?」
「キャロル、こちらに」
事務室に一人の女性が入ってくる。フワフワとウェーブした腰まである金色の髪にブルーの瞳の彼女。
「あの、すいません。恋人がいると知りながら諦められなくて……私は彼を愛してしまって。彼も私の事を……私達は愛し合っているのです」
キャロルと言う女性の肩を抱くヒューゴと彼の胸の中で泣いたふりをするキャロルであった。
「そうですか。確認します。お二人は私がヒューゴの恋人と認識していたと?そして恋人がいるとわかった上で、彼女は股を開いたのですか?そして、ヒューゴも突っ込んだのですね」
「おいおい、クレア、その言い方はないだろう」
「事実ですよね。それに随分と大きなお腹ですわね。6か月位かしら、アンディーどう?」
クレアは、ヒューゴの隣に立つ女性のお腹をみる。妊娠中だとわかるお腹を愛おしそうに撫でながらヒューゴに寄りかかる。
そして、クレアの後ろに立つ男性は、クレアの補佐として雇われていたのだった。
「そうですね。半年以上前から男女の仲だったのかと思いますが、どうなんですかヒューゴ殿とそちらの令嬢」
「隠しても仕方ない、そうだ、半年以上も前からの仲だ」
「ヒューゴ、恋人が出来たのなら言ってくれないと困るわ。ヒューゴのお母様は私が嫁になるのだから働くのは当たり前と言われ、私の話を聞いてくれることなく早朝から夜遅くまで無償で働かされていたのよ」
「それは……すまなかった」
(ヒューゴは本当にすまないと思っているのか)
「それにヒューゴ、私を恋人だと思うならば何故デートをしてくれなかったのかしら。ヒューゴは私を恋人だと認識していたのにキャロル様と楽しく過ごしていて子供まで作っていたなんて信じられません。恋人と認識していながら一日中働く私をどう思っていたのか疑問ですわ。でも貴方からの別れの要求を受け入れます。そして、今まで従業員として働いた分のお給料を請求します」
「クレア、今迄すまなかったな。働いた分の給金と新しい働き先を紹介する。母から優秀な事務員だと聞いている。良ければこのまま従業員として働いてもいいがどうする」
「本日で退職でお願いします。アンディも退職でいいわね。キャロル様はこれから頑張ってくださいね」
「えぇ、ねぇヒューゴ?私も働くの?」
不安そうにヒューゴを見つめるキャロル。
「母さんには僕から妊娠中だから程々にしてもらうよう伝えるよ」
「え?働くの?」
「何の為に商会の嫁になるんだ?」
「私は、ヒューゴのお嫁さんになりたくて」
「あぁ、私たちは結婚するぞ」
「そうよキャロルさん。恋人がいるのを奪ってまで妊娠したのですよ。好きな人と結婚できて良かったわね」
自分の結婚後の生活を想像し顔色が悪くなるキャロルだった。
「ヒューゴ、お給金の請求額ですがアンディー持ってきて」
「はい、姫様」
「ん?今、何と言った。アンディー」
「はい、姫様と言いましたが」
徐々に青褪めるヒューゴとキャロル。
「クレア?」
「ヒューゴ様。クレア王女とはヒューゴ殿から関係を解消したのですから敬称無しで名前を呼ぶことはやめてもらいたい」
「は?クレアが王女?」
「本来なら王女を恋人と認識していながら他の令嬢と関係を持つなど考えられませんが、しかし王女は以前より市井の仕事に興味があった為に私とこの商会で働く事を決めたのです。しかし、王女と恋人だったのですか?たしかにヒューゴ殿は王女に一目惚れをしたと言い、交際を申し込みましたが王女は了承したのですか?」
「え?」
「え?じゃないですよ。私を勝手に恋人にするので困りましたわ。ヒューゴ、あなたもお母様と一緒で私の話を聞かず商会の皆に未来の女主人だと紹介をしたかと思えばお母様に事務服を着せられ、この部屋での仕事を私に任せたわよね」
「楽しそうに仕事をしていただろう?」
「まあ、落ちぶれた商会を立て直すのは楽しかったですわ。この1年で随分と市井の暮らしや男女の関係を知れたのですもの。商会の跡取り息子に告白され、あれよあれよと商会に連れて行かれ従業員に恋人と言われ紹介される。そして朝から晩まで働く私。そして跡取り息子の恋人は浮気をし女性と逢瀬を重ね妊娠したと紹介される。今まで一生懸命に働いた私を……まるでゴミを捨てるみたいに『すまない』の一言で私に別れを告げる。そして、2人は結ばれて幸せに?まるで小説みたいで楽しかったですわ。ねえ、アンディ」
「はい、よい経験ができました。今後の政策にも役立つ事ばかりでしたね。この国の王女である、クレア王女相手に浮気をする跡取り息子と王女から男を寝取る女ですね。どんな罰則が相応しいのか会議ですね。姫様、そろそろ迎えがきますので」
「そうなの?それなら給金は後日、城の者が受け取りにきますわ」
事務室から退室しようとする2人にヒューゴは尋ねる。
「何故……王女だと教えてくれなかったのですか?」
「だって聞かれなかったし、お茶の誘いもなかったわね。本当に私と恋人だったの?貴方にとって恋人は事務員なのかしら?これからは、キャロルさんが一生無償で朝から晩まで働いてくれますわね。なので私達は賃金のみしか請求しませんアンディ、行くわよ」
「はい、王女様。ヒューゴ殿、王女が寛大な人で良かったですね。下手したら2人の……いや商会すらも無くなってしまう案件ですから」
「ひっ……すいません」
――――数日後――――
「ひっ、アンディーなんだよこの金額は?」
「初めまして、私はクレア王女の側近として商会にきたのですが?」
「しかし、金額の0の数がおかしいぞ」
「そうですか?クレア王女を早朝から働かせていのですよ。普通の事務員の給金と同じのはずがないでしょう」
「しかし」
「ほう、賃金の支払いを拒否するのですか?」
「いや、支払うよ……」
「ありがとうございます」
請求した金額を現金で受け取るアンディー。
「ん?クレア王女?何処に」
アンディーはクレアを探す。
一軒の店の前にクレア王女をみつけたアンディー。
(ん?また男に声を掛けられているのですか?)
「クレア様?」
「あら、アンディー。新しい仕事ですわ。今度はね『天国への扉』と言う店よ」
「……王女……いやクレア。その店は絶対にダメです」 「アンディーどうして?」
「クレア……その店はですね。娼館だからです」
「娼館?つまり、男の人と……その……あの……」
「そうです。クレアは私以外の男としたいのですか?娼婦にらなりたいのなら……一生私だけの娼婦になってください」
「アンディー……なんだかプロポーズみたいよ」
「………………」
「え?アンディー」
「……そのつもりでしたが?」
「アンディー、嬉しいわ。喜んでアンディーだけの娼婦になりましょう」
「戻ったら、婚姻の日程を決めましょうね」
「アンディーもあの商会で働いて良かったわね。お堅いアンディーの口から『一生私だけの娼婦になってください』だなんて〜。恥ずかしいですわ」
この2人は幼馴染でいつも一緒であった。自習奔放なクレア王女の手綱を握るのがアンディーだった。アンディーが側にいる為、クレアの両親は安心して外出をさせていた。
「ねぇ、アンディー。娼婦とはどんな仕事をしているの?」
「大丈夫です。私が全て教えますから」
「そう、アンディーに教えてもらえるなら安心ね」
「………………」
「アンディー?」
「クレア、今も昔も大好きですよ」
「ん?私も同じよ。大好きよ」
「帰りに串焼きが食べたいわ」
「わかりました。メイド達にもお土産を買って帰りましょうね。私のお姫様」




