最終章 (最終話)
結局、それは越崎の仮説に過ぎない。それでも航留は自分が彼の支えになっていたことが素直に嬉しかった。
『けどな、航留。それでも成行君にとって、この事件は簡単には解決できない。犯人逮捕で終わったわけじゃないからな。それは覚えておけ』
最後には鋭い眼光を航留に見せた。航留はその時胸に感じた重みを思い出した。
多くの若い命を奪った事件、成行は自分の責を感じ、深く傷ついていた。それは渉だけが負うべきとする航留には容易に想像できないものだ。
航留は成行の傷は自分が癒してやれると思っていたのだが、専門家の診たてではそんな簡単なものではない、だった。寄り添う存在は大事なピースだが、それだけでは不十分。渉のことをないがしろにしては、成行の心は修復できない。
成行のほうこそスルーするのではなく、向かい合わなければ解決できない。嫌なことだけ忘れる、そんな都合のいい記憶喪失なんてないのだから。
越崎はわざと渉に否定的なことを並べ、成行の真意を確かめた。成行が『あんな奴、自分とは関係ない。あれほど残忍な男とは知らなかった』とでも言えば、また別の方法を考えただろう。
実はそっちのほうが深刻で、回復させるのにもっと複雑で困難だったが。
「心の中の不燃物は、丁寧に扱わないとね。きちんと処理するのが肝心さ」
「不燃物ねえ。まあ、言い得て妙だな」
航留の表情を見て取ったか、越崎が言う。思えば航留にとって、越崎の存在は尊い。
恋愛感情はないが、彼という理解者がいたことで、航留は自分を失うことなく生きてこられた。真っすぐに成行を愛せたのだ。その点では、渉を気の毒に思わなくもなかった。
「じゃあ。また時游館に来いよな」
「ああ。チケットまだあるからな。そろそろモーニングのメニュー増やせよ」
「ええ? そんなん、店員増やさんと出来ねえよ」
「いいじゃない、やろうよ。二人でもなんとかなるし、臨時で真紀さんも手伝ってくれるよ。僕、考えてることあるんだ」
帰り際、駐車場まで見送る越崎の提案に、二人がにぎやかしく応えている。
「ほら、共同経営者の話は聞かないとな」
「まじかあ。でも、楽しそうだな」
『時游館』を開店させてから今まで、何も新しいことをせずに来た。事なかれ主義。現状維持ならそれでいいと思っていた。けれど、今は一人から二人になったのだ。踏み出せずにいたことも二人ならやれるようにも思う。
――――成行の傷ついた心を癒すためなら俺はなんだってする。新しいことへの挑戦もきっとその一つなんだ。
航留はいつになく胸が弾むのを感じた。越崎に手を振る成行をいとしく思いながらハンドルを握る。
一生、成行を愛していく。守っていく。成行が抱える苦しみも全てひっくるめて。航留はそう強く念じることで、揺らぎない自信が満ちてくるのを感じた。果てなく広がる未来が眩しく光る。航留はアクセルを踏み込んだ。
完
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紫紺




