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最終章 (3)


「成行君にだって、罪はない。精神状態って言うけど、結局身勝手な論理だよ」


 そう一刀両断したのは越崎だ。彼はあれからも成行の主治医として月に一度の診察を行っている。渉の裁判が始まる頃には、もっと精神的に辛いだろうから、受診は必ずしろと命じられている。

 カフェにも当然顔を見せているが、これは刑事が来た翌日、航留と二人でクリニックに行ったときの会話だ。


「精神鑑定では、罪に対する責任能力有りと出るだろうね。四人、いや、罪に問えるのは三人かな。極刑は免れないかも」


 ――極刑――。頭では理解してるが、言葉にされると感情は千々に乱れ心拍数が上がる。成行はがっくりと肩を落とし、その肩を航留が優しく抱いた。


「二十歳そこらの若い子が突然未来を奪われたんだ。ご遺族だって許せないだろうし、彼らの未来も根こそぎ引っこ抜かれた。自業自得だよ。私はそう思ってる」


 越崎は容赦ない。精神鑑定で罪を免れようとしていることに腹を立てているのか、本当に精神を病んで苦しんでいる人に対しても二重の罪だと言わんばかりだ。


「おまえの気持ちもわかるが、成行にそうはっきり言うなよ」


 成行の肩を抱きながら、航留が訴えた。だが、越崎は唇を少し歪めただけでやめる気はなさそうだ。ソファーに並んで座る二人を交互に見て、再び口を開いた。


「だから身勝手だと言ってる。自分のしでかしたことを、他人に責任転嫁してるんだ。佐納君、あいつのことをもう、かばう必要はない。君が背負うものはなにもないんだ」


 診察というのに、越崎はベージュのニットに紺のスラックスのラフな格好だ。白衣を着ないのはこのクリニックのルールなんだろうか。その姿で、今度は真摯な表情をして俯く成行を覗き込んだ。


「はい……でも」


 そういわれて、はいそうですか。とはならない。


「私も精神科医として、刑事や同席した明石さんから聞いたのだけど。彼は実家や両親に悪意をもっていたようだね。子供のころから、自分の人生や未来をつくられて、そこをわき目もふらず歩くことを強いられた。彼がいつ自分のマイノリティーに気付いたかわからないけれど、それに気づいたと同時に、その感情は永遠に日の目をみない忌むものだと知ったんだ」


 閉じ込められた思いのまま、彼はそれでも『いい子』を演じ続けた。兄弟がいなかったのも不運だったかもしれない。だが、両親は彼が成長するにつれ、『いい子』の条件を『良い跡取り』にとシフトしていく。

 会社を継ぐだけでない、そこには彼らの常識の当然として、渉が結婚し、家庭を作る青写真を描いていたのだ。それが途轍もなく渉にとって重荷となっていった。


 渉は成行に出会ったとき、はじめて恋をしたのかもしれない。彼はそうとは語らないが、何もかもが変化した瞬間だったのは想像に難くない。

 口にできない感情ではあったが、いつしか成行も渉に好意をもっているのではと感じるようになる。物言わぬまでも語る瞳に、渉は今までとどめていた堰が切れそうになった。


 なのに……あっさりその気持ちは覆された。成行が女子高生と付き合い始めたのだ。その時の失意、裏切られた思いは彼にとって計り知れないものだった。


「彼、モテたろ。交際もとっかえひっかえだったって」

「ああ、はい。それはもう。一度に複数のこともありました」

「複数ね。彼、ずっとプラトニックだったそうだよ」

「え」


 成行と航留が同時に発した。


「多分、しないと言うよりできなかったんじゃないかな。体は正直だからね。警察が付き合ってた女性に聞いた話では100パーセントだったそうだ」


 明るい午後の診察室に、ウオーターサーバーの息をする音だけが響く。成行は小さく息を吐いた。


 ――――それは……僕と同じかも。渉もカモフラージュとして付き合ってたのか。


『自分だけ解放されやがって、冗談じゃねえ。おまえを殺せば俺は自由になれるんだっ』


 渉の必死な咆哮が蘇る。胸に大きな穴を開ける言葉の槍。渉の苦しみは成行にも十分過ぎるほど理解できた。『気持ちワリイっ』と憧れてた人物に唾棄された絶望と恥辱。渉はその渦中でずっともがいていたんだ。


 成行は背筋を伸ばし、越崎の銀縁眼鏡の奥にある双眸を見た。肩にあった航留の手が滑り落ちる。




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