第7章 アップデート(4)
「まさか……それで、それで誰かを殺した?」
「ああ、ははっ! ああ、そうだよ。おまえの彼女と似たような女を探してね。スカーッとしたね!」
「なんてこと。そんなことで人を殺すなんて! 馬鹿野郎!」
『四人も殺されてさ』
ついさっき、渉の口からこぼれたセリフが蘇る。成行は全身が震えるのを抑えられなかった。
「馬鹿はおまえだ! 俺の気持ちに気付きもしないで勝手なことほざくなよ。もっとも、これで解消法が見つかったんだ。そのあとはどっちでも良くなったけどなっ」
真顔になったかと思えば、また余裕の笑みを浮かべる。じりじりと二人の距離は縮まって来た。
「じゃあ、どうして僕が戻ってきてからまた女の人を殺したんだ。僕は彼女にフラれたし、渉と一緒に暮らしてたじゃないか」
成行は必死に問いかける。渉の思考は成行には全く理解できない。こんなバカげたこと、あるわけないじゃないか。渉は嘘を吐いてる。そう思いたかった。
「ああ、それはなぁ。欲求不満っていうの? 手っ取り早く、おまえを襲えば良かったんだろうな。実際、どうするか迷った。俺、おまえには奥手なんだな」
「そ、そんな」
渉が殺めた女性たちの命が、成行に覆いかぶさってくる。胸がその痛みで張り裂けそうだ。その様子を渉は楽しむようにナイフを両手でもてあそんでいた。
「それに、やっと俺わかったんだよ。おまえに彼氏ができてさ。結局、俺が一番手に掛けたかったのは、誰かってこと」
下卑た視線を成行に向ける。成行は全身が総毛だった。喉はカラカラ、空気を飲みこもうとするが、それも容易にできかねた。
「おまえ、俺が連続殺人犯だと知りながら、なんでついてきたんだよ。自分は殺されないとでも思ってた?」
「お……思ってたよ。いや、本当は信じられなかった。あの防犯ビデオを見せられたって、渉の腕時計を部屋で見つけても」
「ほお、俺の部屋に無断で入りやがったか。益々お仕置きが必要だな」
「よせ、落ち着け。自首しよう。渉」
「だから、俺に指図するなって言ってるだろうが! 自分だけ解放されやがって、冗談じゃねえ。俺が、ずっと殺したかったのは、おまえなんだよっ! おまえを殺せば俺は自由になれるんだ!」
手足の長い渉はあっという間に成行との距離を縮める。右手にナイフを握り、とびかかろうとした。
「きゃああっ!」
追い詰められた渉は、足がもつれ、ほとんど転びそうだ。
「やめろぉ!」
「なんだ!?」
「航留!?」
もう行き場がない成行の頭上から、大声とともに黒い影が降ってきた。渉の前に立ちはだかったそれは、思い切り長い脚を振り上げる。『アウッ』と渉が呻いた。足先が顎に届き、体勢を崩す。
「零、こっちだ!」
「航留、航留っ!」
航留はその隙に成行の腕を鷲掴み、一目散に走り抜けた。
「くそ! どこに行く!」
渉は顎のあたりを手の甲で擦りながら、二人が消えた方へ足を向ける。その瞬間、辺り一面強い光が一斉に放たれた。
階段からサーチライトを照らした警察隊が展望台の屋上へとなだれ込んできた。壁をよじ登って来た一団もいて、展望台は一瞬にして人で溢れる。
「うっ! なにするっ! 離せ!」
瞬く間に渉は羽交い絞めされ、ナイフを取り上げられた。
「西園寺渉! 殺人未遂の現行犯で逮捕する!」
いつものスーツに身を包んだ鮫島が、至近距離というのにメガホン片手に叫んだ。公園中に鳴り響くような声だ。林にいたのか数十羽の鳥が抗議の声を上げ飛び去った。
「大丈夫か? 零」
「ああ……航留、ありがとう。大丈夫、怖かったけど。でもまさか、本当に僕を殺そうとするなんて……」
渉が女性たちを殺めたのは、なにか理由があるに違いない。成行はそう信じていた。きっとやむにやまれぬワケがあるのだと。
けれど……そこには同情を生む動機などなく、屈折した欲情が存在していただけだった。それどころか、本当に殺したかったのは自分だったと言われて。まだ心も体も興奮状態の成行だが、それは相当なショックだった。
甲高い笑い声が聞こえる。大勢の警察官に囲まれ連れていかれる渉を見つめ、成行は航留の腕をぎゅっと掴んだ。




