第6章 アンダーパス(3)
――――そういえば、あの時の服。『成行』が着ていた服は、あの日以来一度も袖を通さなかった。汚れていたので、とりあえず俺の服を貸し、着替えたのだけど。
何が彼をそうさせたのか。洗濯した服を、零はクローゼットの奥底にしまって出すことはなかった。
――――やはり、アンダーパスでなにか怖いことがあったのでは。
裏通りから細い舗装道路に出るとすぐにアンダーパスが見えた。申し訳程度の歩道はあるが、一方通行の狭い道だ。下り加減の道の向こう、大きな口を開けてそれはあった。
「暗いんだな。電灯ないのか」
「ああ。事件の後、新しくつけたんですけどね。また切れてんのかな」
越崎の独り言に、鮫島が応じた。殺人事件が起きたときは夕暮れ時だったが、アンダーパスの蛍光灯は切れていたという。駅近なので複数線路の幅分の長さがあるパス。その中央に女子大生の物言わぬ遺体が横たわっていたのだと鮫島は付け加えた。
「ひどいな。どうしてそんなことができるんだろう」
つぶやいたのは航留だ。
「さあねえ。我々には全く見当もつきません。女性たちには、女子大生以外共通点がない。大学も違うし、関係がつかめないんです」
答えたのは真壁だ。鮫島は苦虫を嚙み潰したような渋い顔をしていた。最初の事件から既に1年半が過ぎている。3人も殺されて見当もつきませんでは、苦虫噛むしかないだろう。
「成行君、どうした?」
アンダーパスまでもう数歩となったところで、成行の歩が止まる。苦しそうに胸を押さえている。顔色は真っ青だ。
「佐納君、急がなくていい。ゆっくり呼吸して」
越崎が成行の腕を取った。脈を測っているようだ。
「先生、どうしました?」
監察医の明石も慌てて成行のところに駆け寄る。刑事たちの目に鋭さが増した。じっと息を殺して成行の様子を窺っている。
「誰か……いる」
「え? なんだって?」
航留が問いかける。
「誰かいるっ。そこに」
初夏の日はまだ暮れなずむ。ちょうど逆光になっているアンダーパスはぽっかりと開いた黒い穴になり向こう側が見えない。成行はその穴に向かってふるふると震える指でさした。
「どうした、成行君、誰もいないよ?」
真壁がアンダーパスの内部へと走る。そして向こう側まで行くと、「誰もいませーん」と両手を振りながら叫んだ。
「違う、いる。いや、いたんだ! そこに!」
絹を引き裂くような甲高い悲鳴を上げる。それは航留が、いつの日か夜中に聞いたのと同じ悲鳴。成行はこれ以上ないくらい目を見開き、やがて膝から崩れ落ちた。




