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第5章 再会(2)



 初夏の屋外が気持ちいい季節だ。二人はパラソルに覆われたテラス席に座った。お互いアイスコーヒーをトレイに載せたまま改めて挨拶をする。


「一応、これ俺の名刺だ。それと……これ」


 歩き出して気が付いたのだが、航留は小さめのキャリーバックを持ってきていた。そこから一冊のノートを取り出した。


「君が俺のところにいたとき、書いていたノートだよ。あの、日記かな。君の……主治医が指示したんだ」

「主治医?」

「ああ。君も俺も、どうしていいかわからなくて。俺の友達、越崎って言うんだけど、心療内科医で、診てもらってたんだ」

「そう……ですか」

「あ、でも、心配しないで。誰もそのノート、見てないから。もちろん俺も」


 見てないなんて、どう信じればいいのか。訝し気な瞳を隠すこともなく、成行はノートを受け取った。


 ――――僕の字だ。


 それでも他にしようもなく、渡されたノートをペラペラと捲って息を呑んだ。見慣れた自分の、男にしては細かい文字がつらつらと並んでいる。自分の字と思えるのに、内容はおろか、書いたことすら覚えていない。

 それは不思議というか恐怖に似た感覚だ。さっと眺めただけだが、一日一日は短くてもほぼ毎日書いている。


『今日はマスターと買い物に出かけた。ストライプのシャツを買ってくれた』

『越崎さんが頭痛薬をくれた』


 なんてことのない日常が綴られていた。医師からの指示とのことだから、誰かに読まれるのを前提として書いていたのだろう。感情はあまり書いていない。と思ったのだが。


『ずっとここにいたい』


 ハッとした。日付を見ると、クリスマスの頃だ。


『こんなに素敵なクリスマスはきっと僕の人生で初めてだと思う。記憶がなくったってわかる。これ以上のクリスマスはなかった。ずっとここにいたい。航留のそばにいたい』


 明らかな感情だ。どこかの時点から機械的な文章がこんな感情的なものに変わっている。いつの間にかマスターが航留という呼び捨てになってもいた。


「えっとそれから、これも見てほしいんだ」


 バックから、今度はB5サイズのモバイルを引っ張り出し、成行の前に出す。


「色々ありすぎて、混乱するかもだけど。ここに画像のファイルあるから」


 そこにはリーフレットに載っていたカフェや客たちとともに、自分が店員の姿――白シャツに黒いパンツ、エプロンを着た――をして、カメラに向かってピースサインなんかしているのが写っていた。どれも至って自然で、強要されたものでないことは一目瞭然だった。


「そのノートは君のだから、後でゆっくり読むといい。俺が怪しい人物じゃないと分かってもらえたら、話を聞いてもらえないかな」


 成行が手にしてるノートに目をやりながら航留が促した。確かにこれをゆっくり読んでたら、小一時間はかかりそうだ。加えて彼はどうやら『怪しい人物』ではなく、空白の一年をともに過ごした(しかも濃密に過ごした)相手であることは間違いなさそう。


「すみません。はい、よろしくお願いします。それとあの、お世話になったようで……その間のこと、僕全部忘れてて、気が付いたら自転車から転げ落ちてて。本当にすみませんでした」

「ああ……うん」


 すまなさそうな表情で、頭を下げる成行。航留は鼻の付け根がつんとしてくるのを感じた。油断すると涙がこぼれそうなのを腹に力を入れてこらえた。


「心配してた。でも、無事に君が自分の場所に戻れててよかったよ。糸が切れた凧のようになってたらどうしたらいいのかと……思ってたから」


『糸の切れた凧のようになってしまうよ』


 いつか零が言ったことだ。そうならないよう、いつもそばにいるからと約束したのに。万が一そうなっていたとしても自分ではどうすることも出来なかった。ただ無事に記憶が戻ったと信じるしかなかったのだ。だからこうして再会できたのは、奇跡以外のなにものでもないと航留は感じていた。


「え? 凧?」

「あ、いや、なんでもない」


 当然成行はそんなこと覚えているわけがない。航留は苦笑いで応じた。


「それで、あの?」

「ああ、ごめん。連休前の話になるんだけど――」


 そんな奇跡を成行も感じているのかどうか。航留は確かめることも出来ず、今日ここに来た理由でもある『肝心』な話を始めた。テーブルの上に、成行の学生証や免許証、それから壊れたスマホを出して。







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