表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/61

第4章 糸の切れた凧(7)


 それは、この時点から1年とひと月ほど前のこと、つまり零が公園で拾われる前日に起きたことだった。戸ノ倉は彼が担当する有名俳優とある現場に向かっていた。別に急ぐ必要はなかったが、助手席に座りながら冷や汗をかいていた。


「もう、運転変わりましょう。なにかあったら困ることになります」

「ええー。いいじゃん、この車一度は運転したかったし」

「でも、もしものことがあったら」

「ないよ。俺が運転上手いの知ってるだろ? 免許だって、取ったし」


 取ったけど、免停になって今はないだろうが。喉元まで出そうになったが、また不機嫌になると困る。


「それでも……お酒も入ってますし」

「ビール一杯だろう? あーもう、うるさいな。気分も台無しだ。もういいよ。国道にでたら変わるよ」

「あ、はい。お願いします」


 ようやくこの恐怖から解放される。ほっと安堵の息を漏らしたその時だった。


「うあっ! なんだ!」

「危ない! ブレーキ! ブレーキ!」


 メイン道路ではなかった。国道を1本入った空いた道だ。駅に行く裏道として、通勤時は混むようだが、この時間はたまにすれ違うだけ。そう思って少しスピードが出てただろうか。だが、明らかに角から人が飛び出してきた。まるで子供の飛び出しのように。

 道路にタイヤをこすりつける耳障りな音とともに、車は止まった。どすんとなにか当たったような衝撃、背筋に電気が走る。


「誰か轢いたっ?」


 若手俳優が慌てふためく。戸ノ倉はシートベルトを必死に外してドアを開けた。


「君、大丈夫か!?」


 道路に一人の青年が倒れていた。天然パーマでアイボリーのジャケットを着ている、肌の綺麗な若い男だ。


「死、死んでるのかっ?」


 俳優はそばによるとしきりに周りを気にした。


「今、誰もいないから、とにかく車に運んでよ」

「えっ。でも」

「ああ、あんた何てことしたんだよ。さっさと警察呼べよ」

「は……?」


 そうか。戸ノ倉はようやく理解する。こいつ、俺が運転して轢いたことにするつもりだ。馬鹿なくせに、こんな時ばかり知恵が回るな。

 だが……確かにそうするべきだろう。心から残念だが、この男は自分の事務所をしょって立ってる看板俳優だ。


「落ち着いてください。そんなに簡単にはいきませんよ」

「な、なんだよ」

「とにかく、彼を運びましょう」


 青年は生きていた。車の後部座席に乗せてから、道端に落ちているスマホと小さな鞄を拾い、他になにもないか確認した。そして、当然のことのように自らハンドルを握った。


「これからどうすんだよ」

「落ち着いてください。とにかく君は現場に行くんです。駅で下ろしますから、電車でもタクシーでもどっちでも構いません」

「と、戸ノ倉さんは……」


 俳優の声はだんだん小さくなり、語尾も消えそうになってきた。


「私のことはほっておいてください」

「でも」

「いいですか。君はこのことを知らない。全部忘れるんです」

「忘れる……」

「そうです。ただ、これからは私の言うことを聞いてください。我が儘はもう許しません」


 それが可能になるなら、こんな事件を背負うことくらいなんでもない。戸ノ倉はそう考えることにした。俳優は無言で頷いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ