表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/61

第4章 糸の切れた凧(5)



 ――――あいつは……。


 地味なスーツにネクタイの丸い体形。せわしなく首を動かしながら、こちらの様子を窺っている。


「いいよ。俺が話をしてくるから」

「大丈夫か? 航留」


 怪訝な表情の越崎を無視し、航留はその客のところへ足を向けた。前回と同じ、今日も一人のようだ。


「いらっしゃいませ。うちの子がご迷惑をおかけしたでしょうか」


 営業用スマイルを浮かべながら、下出に出る。お客様だし、そんな難癖をつけているわけでもない。


「あ、マスター。いや、そんなことは全く。それより、彼、辞めちゃったんだって?」


 珈琲カップのなかは既に空だった。前回もそうだったが常に忙しない。


「はい。何か彼に。あの件はお断りしたはずですが」


 男は芸能プロダクションの人間だった。名刺も受け取っている。確か戸ノ倉だったか。


「ああ、そうなんだけどね。ちょっと、ああいう感じの子を探してて。新しい職場知ってるでしょ? マスターなら」


 知ってたらこんなに苦しまないわ。と心の中で精いっぱい毒づいてから、航留は応じた。


「それが……突然辞めてしまったので、聞く暇もなかったんですよ」


 これは真実だ。


「え、突然、ですか」

「はあ。そうなんですよ。零は、何も言わずに」

「零? 零って彼の名前ですか?」


 変なところで戸ノ倉が航留の言葉を遮った。航留はそこで盛大な違和感を覚える。


「はい。野波零が彼の名前です」

「あの、彼本人が……名乗ったのでしょうか」


 航留はそれに答えず、カウンターにいる越崎に目で合図をした。気にしてこちらを見ていた真紀が越崎を促し、その合図を受け取る。


「お客様、彼のことで詳しくお話したいことがございますので、バックヤードに来ていただけませんか?」

「えっ。と、申しますと?」

「申し訳ございません。実は、彼の居場所知ってるんです。良いお話なら教えてやらないと、と思いまして」


 嘘八百を並べたところに越崎が来た。


『こいつ、逃がすな。零の過去を知ってる。いや、それだけじゃないようだ』


 耳元でささやくと、越崎はニコリとこれまた戸ノ倉に貼り付けた笑顔を見せ、


「休憩室に行きましょう。彼の今のこと、お話しますよ」

「はい。あ、それじゃあ」


 長身の若い男二人に見下ろされ、必要以上に圧を感じたのか。戸ノ倉は椅子に置いた鞄を胸に抱き腰を浮かせた。


「ささ、どうぞ」


 有無も言わさぬ体の二人に追い立てられるよう、戸ノ倉はバックヤードの休憩室へと連れていかれた。真紀は察して『時游館』の扉にクローズの札を取り付ける。店に残った常連達もそのうち帰るだろう。香苗や加納には、何があったか聞かれるかもしれないが、適当に誤魔化すつもりだ。


 この日、店がモーニングのみの営業となったことは言うまでもない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ