第3章 帰還(12)
3年生になると、単科もほぼ専門課程になる。研究室にも入り、実験とレポートに追われる日々が始まった。バイトのシフトも2年生の時に比べると半減している。
金曜日、成行はキャンパスを足早に歩いていた。濃紺の半袖シャツにベージュのパンツ。初夏の風が気持ちいい。歩道に植えられた樹々の緑も目に眩しいほどだ。けれど、それに浸っている暇はない。研究棟に行って、パソコンを起動する。それから……頭のなかでやることを思い浮かべ整理していた。
――――明日、面倒だな。まあ、仕方ないか。
明日は鮫島たちと約束した日だ。バイトが6時に終わり、その後アンダーパスに出かける。時刻は違うが、日の入りまでの時間は1年前と同じくらいだ。何か思い出すことがあるかもしれない。なんだか少し緊張する。研究棟の正面玄関が見えてきた。ふっと一つ息を吐き、階段を駆け上がろうとした。その時だった。
「あの、ちょっと失礼。きみ、佐納君? 佐納、成行君かな」
遠慮がちな呼びかけだった。けれど、低音のよく通る声は耳通りが良くすんなりと届く。成行はその声に聞き覚えがあった。だから全く警戒心を持つことなく振り向いた。なにかに惹きつけられるように。
「なに?」
しかし、そこで固まった。口は笑みを作ったまま凍り付く。そこに、上気した頬と探るような目をして立っていたのは。
――――彼だ……あの、スマホの待ち受けの……。
背が高く、がっしりとした体躯。柔らかいウェイブがかかる前髪をさっと掻き揚げると、端正な顔立ちがはっきりと見えた。
だが、その双眸はまっすぐに成行を向きながら瞳はゆらゆらと揺れ、形の良い唇は何かを言おうとしながら言葉にならなかった。




