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第3章 帰還(11)


「今度、あのアンダーパスに行くことになったよ。刑事と一緒に」


 コーラをちびちび飲みながら、成行がため息を吐いた。


「へえ。でもまあ、思い出したら、どっちもありがたいんじゃないか?」

「そうだけど……僕が殺人犯だったらどうしよう」


 警察の事情を知るはずもない成行。その可能性がゼロとは思えなかった。もちろん、今の発言は冗談のつもりではあったが。


「あ、あははっ! いやあ、それならそのまま記憶喪失のふりしてればいいだけだ。誰にもおまえの脳みそは覗けない!」


 なんて大うけして渉が笑い出した。


「ええっ? なんだよ。人の気も知らないで」


 憮然として、今度は一気飲みする。思わずゲフッと下品な音が鳴った。


「ああ、はは、いや、悪い。記憶を失った間のおまえがどんな性格だったか知らないが……もしかして隠れされてたおまえの本性が出て、極悪人だったりするかもだが」


 思わぬ渉の言葉に、成行はぎょっとする。『隠されてたおまえの本性』。同時に壊れたスマホに映っていた自分と、笑顔を向ける男性が脳裏を過った。


「俺の知ってるおまえが、誰かを殺すなんてことできないよ。ゴキブリだって殺せないのに」

「あ、ああ。そうか……なら大丈夫かな」


 迷い道をさまよう思考を会話に戻し、不自然な笑顔を向けた。


「おい、どうした。心配なら、俺もついて行ってやるぞ」


 そうと気づいた渉が心配そうな顔で覗き込む。


「いや、大丈夫だよ。刑事さん、医者を連れてくるようなこと言ってたから……」


 監察医かなんかだろうか。もしものことがあってはと言っていた。本音はどこにあるかわかりはしないが。


「そうか? ならいいけど。あ、テレビのリモコン取って、昨日のサッカーの試合見たいから」


 納得したのか、渉がテレビ台を指さす。そこにテレビやエアコン等のリモコンを入れるボックスがあるのだ。成行は箱ごと持ってくる。


「はい……あれ、これ、渉の時計?」


 リモコンを渡してから、ボックスの中に腕時計が入っているのに目が留まった。渉の腕時計らしく、高級品なのだが、見たことのないものだった。


「あ、ほんとだ。こんなところに入れてたのか。最近スマホで事足りるからな」


 見たことがないと言っても、自分が失踪していた間に購入したのなら見てるはずがない。だが、成行が覚えた違和感はそこじゃなかった。


「そういえば、僕があげた腕時計、どうしたの? 最近してない」


 成行が渉に上げたのは、彼が持っているなかでは最も安価なものだろう。それでも渉は喜んでくれて、1年前、成行が失踪するまでは結構な頻度でつけていてくれた。一応若者に人気のブランド時計だ。

 これは、誕生日プレゼントのようなものではない。成行が誤って渉の時計を壊してしまったのだ。弁償するにも高価過ぎて無理だったのを、自分で精いっぱいの時計を購入した。


『そんな必要ないのに。あんなの事故だし』


 渉は言ってくれたが、成行が贈った時計をずっと大事にしてくれていた。


「ああー。すまん。実はあれ、盗られたみたいなんだ」

「え? そうなの?」

「出先でさ。手を洗うときに外したんだ。それで、忘れて。後で慌てて取りに行ったんだけど、もうなかった。一応警察には届けたけど、まだ出てこない」


 すまなさそうに首を竦めて渉は両手を合わす。


「そうなんだ。いや、いいんだ。そうか……」


 ――――腕時計……。


 なにかが脳内で反応している。けど、それがなにかはっきりとしない。


 ――――腕時計……。


 もう一度口の中でつぶやいてみる。テレビではサッカーが始まった。お気に入りの選手が画面いっぱいに映っている。


「お、成行、おまえの好きなセスク、今日は先発みたいだぞ」

「あ、本当だ」


 形になる前に、霧散していく。その奇妙な感覚にとらわれながら、成行はボックスを元の場所に戻す。そのままサッカーに没入していった。




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