第3章 帰還(6)
それから何事もなくひと月が過ぎた。渉との同居は、今までも泊まりで遊んでいたこともあり、特に戸惑うこともない。大学に復学して間もなくバイトも再開させた。
「突然いなくなってすみませんでした」
頭を下げに行った成行に、1年前まで働いていたカフェチェーン店『タウリー』雨ケ谷店の店長、湯川は驚きとともに迎えてくれた。
「いやあ、大変だったね。この間、西園寺さんがいらして、佐納君のこと話してくれたんだ」
それは成行も知っていた。バイトを再開させたいと言った成行に、じゃあ先行して自分が状況を説明してやると言ってくれたのだ。渉は成行がここでバイトしている間もしょっちゅうやってくるお得意さんだったし、いなくなってからも通っていたらしい。
『なんか習慣っていうか。それにあそこ行くと、おまえがいるかもって思ってさ』
そんな渉の照れくさそうな口調に、成行は胸に込みあげるものがあった。
そのおかげもあってか、成行は無事バイトに復帰できた。懐かしい珈琲の香りがする店内で手際よく動く。一年のブランクは記憶と一緒でなかったように思えた。
ところが、5月の連休明けにちょっとした事件があった。事件というか、成行には全く想像もしなかった人の訪問だった。
「佐納君、警察の方が話があるって来てるんだが」
「ええ!? 警察……ですか」
想像はしなかったが、思い当たることがないわけではない。記憶を失っていたのだろう1年間。なにかまずいことに巻き込まれていても否定できない。ただ、あの画像に映っていた人物や自分の表情から、そういうことはないとどこか安心していたところもあった。そう信じられるほど、穏やかで幸せそうな表情だった。
「実は、佐納君がいなくなってすぐも、警察の人、来たことがあったんだよ」
「えっ! ほ、ほんとですか?」
「うん、その時は、もし戻ってきたら教えてほしいって言われてたんだけど、全く忘れててね。どうやって知ったんだろう」
それは簡単だ。捜索願を取り下げたからだだろう。それにしてはもうそれからふた月近く経っている。
――――いや、それよりも。警察が興味あるのは、空白の1年の僕ではなく、その前の僕ってことなんだ……。そう言えば、渉が事件に巻き込まれたのかと思ったと言ってたな。
バックヤードの事務室で待たせてると言われた成行は、店長に一礼して事務室に向かった。そこには四脚の椅子とテーブルといった簡素な応接セットが置かれている。開けっ放しの扉から、二人の男性が座っているのが見えた。
「どうも……佐納です」
ぺこりと頭を下げる。二人はさっと立ち上がった。一人は中年くらいだろうか、紺色のスーツに水色のネクタイといった会社員風だが、日焼けした肌に裸眼で皺が深い。労働者が無理してスーツを着てるようなアンバランスな感じがあった。中肉中背だが、刑事だからか迫力があった。
もう一人はずっと若い。眼鏡に切りそろえた短髪。同じように紺系のスーツだが清潔感があり、刑事というより銀行マンと言ったほうがぴたりときた。




