第3章 帰還(5)
自転車の下から這い出て、よろよろしながら歩道に入った。引きかけた少年は逆に成行を心配してくれたがそれどころじゃなかった。曖昧な返事をしてその場を立ち去る。とにかく家に帰ろうとしか頭に浮かばなかった。
――――そうだ。スマホ。
バスに乗り、ポケットを探るとズボンの後ろポケットにスマホが入っていた。当然のことながら見覚えのない機種だ。黒一色の少し大きめのタイプ。自分の好みではあるが、使っていたスマホとはキャリアも大きさも違った。しかも画面にひびが入っている。転んだ拍子に割れてしまったのだ。
恐る恐る起動させる。指紋か顔認証ならなんとかなるが、パスワードだとお手上げだ。だが、ぱっと映ったホーム画面に成行は思わずスマホを落としそうになった。
――――誰……これ……。
そこには、弾けるような笑顔の自分と、それを愛おしそうにバックハグをするイケメンの男性がいた。自分よりいくつか年上だ。背景はどこかの店だろうか。レンガ造りの壁の前で、成行自身が自撮り棒かなにかで撮ったようだ。
スマホは充電が切れたのか、それとも故障のためか、凝視しているうちに画面が暗くなりその後は起動しなくなってしまった。
そのスマホを持っているのがなぜか怖くて、成行はブルゾンの内ポケットに入れたまま、誰にもその存在を知らせなかった。その後は、両親が持ってきた着替えの入った鞄の中に押し込んで、実家まで持ち帰った。
キャリアの販売店に持ち込めば、修理できるかもしれない。それよりも、シムカードを取り出せば中身を見ることはできるかもしれない。そう考えないわけではなかったが、成行はそうしなかった。見ず知らずなのにバックハグするような仲の人間がこの世にいる。しかもそれは紛れもなく男性だ。
――――ただの友人って感じじゃない。
男の頬と成行の側頭部からこめかみのあたりが密着してる。乱暴に肩を組んでるわけでもなく、そこには親しさ以上のものが見て取れた。
――――彼は僕を探しているかも。
自転車は男のものだったのかもしれない。それを道路わきに置きっぱなしにして、成行はバスに乗った。とにかく自分が佐納成行であることを教えてくれる場所に行き、人に会いたかった。
実家で復学のための上京準備をしていた時、もう起動しない画面の割れたスマホを手に取った。充電器もなく、ただのガラクタになってしまったそれを見つめ、今もまだ、インストールされているであろうメッセージアプリに、あの画像の人物から連絡が来てるかもと思う。
そう考えると、怖くもあったが心が痛んだ。成行は壊れたそれを捨てきれず、結局荷物に入れた。それはそのまま、スーツケースのサイドポケットに入ったままだった。




