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第3章 帰還(4)


 学生の長い春休みが終わり、桜舞い散るなか、新学年が始まった。閑散としていたキャンパスも初々しい新入生を迎えいっそう華やぐ。学舎の周りには、自分たちのサークルに引き込もうと、奇抜な格好も厭わない熱心な先輩学生たちが勧誘に励む、いつもの四月を迎えた。


 成行はその喧噪には間に合わなかったものの、葉桜の頃には大学三年生として復帰することができた。同級生だった渉は大学四年生だ。普通なら就活も内定が決まっているか山場を迎えている頃だが、既に院に進むことを決めているので関係がない。成績優秀な渉にとって、なんの問題もない学生生活が継続中、ただこれからは成行という同居人が増えたのだが。


「ごめんね、成くん。私、寂しがりやだから」


 同じ大学だが文学部の奈津美が、成行を見つけ駆け寄ってきた。彼女は一個下なので奇しくも同級生になったが、キャンパスが別だ。今日は彼のためにわざわざこちらに参上したようだった。


「いや、こちらこそ心配かけてごめん。奈津美ちゃんがいい人見つけててよかったよ」


 意外にもこれは成行の本心だった。


「うん。連絡もずっとなくて、私怖かった……でも無事でよかった」

「そうだね。ありがとう」


 ふんわりカールの長髪は栗色に染め、お嬢様風のコーデが彼女の定番。この日も人目を引くワンピースを軽やかに纏っていた。少々ぶりっ子なところもあるが、目鼻立ちのはっきりした美人だ。


 ――――どうしてこの人と、付き合ってたんだろう。


 だが、会いたかったはずの彼女に、成行はそんなことを思ってしまう。付き合ってたことは覚えていた。何と言っても、彼女とのデートに行く道すがら、自分を見失ったのだから。だから記憶が戻っていの一番に思い出すのは彼女のこと、のはずだった。


 ――――でも、違った。それを思い出すのにずいぶん時間がかかった。僕がまず思い立ったのは、自分の巣に戻ること。実家でなくて一人暮らしのアパートだったけど。それから渉。


 パニックを起こしていた脳裏に浮かんだ友人の顔。とにかく彼のところに帰ろうと思ったのだ。電車で新聞の日付を見て愕然とし、その時ようやく自分が奈津美とのデートに向かっていたことを思い出した。奈津美の存在の記憶もこの時だった。


「ま、成くんとは、まだ清い関係だったから……それは良かったかな」


 耳元に唇を寄せ、奈津美は囁いた。はっとして彼女に視線を移すと、パチンとウィンクを投げ笑ってみせた。


「じゃあね。またご飯に誘って」


 なんて社交辞令に違いない一言を放ち、スキップで去っていく。彼女の行き先を見ると、彼氏らしい長身の学生が待っていた。


 ――――なんだ。こっちのキャンパスに彼氏がいたのか。


 そうだよな。なんて小さくため息をつき苦笑いを浮かべた。


 ――――清い関係ね。確かにそうだったな。


 付き合って三ヶ月くらいだったか。クリスマスを一緒に過ごしたグループのなかに彼女がいた。そこで迫られて付き合うことになったのだが。

 あまり急いてことを進めなかったのも自分らしいなと成行は思う。彼女が自分をアクセサリーのように考えていたのをわかっていたのもある。


 ――――彼女の言う通り、結果として良かったな。


 奈津美と別れ、ぼんやりとキャンパスを歩く。これから向かうのは大学で最も大きな階段教室だが、そこに成行の知り合いはいないだろう。留年してしまったわけだから仕方ない。それでも大学でまた学べるのは嬉しかった。


 ただ、空白の1年について不安にならないわけではない。道路に転がり、自転車に伸されたあの日、持っていたのは折りたたまれた紙幣だけではなかった。ポケットにスマホも入っていた。それを今の今でも、成行は誰にも言っていない。それは自分の恥部のように誰にも見せられない、どころか、成行自身が目にするのも恐ろしいものだったから。




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