第二幕 鈍行しののめ号
あらすじ
かぶらぎ座のオーディションを受けた東雲だったが、結果は思わしくなく、一人落ち込んでいた。
そこへ座長の冠城がやってきて、彼を勧誘するが
逃げられてしまう。
冠城が思う「東雲がスキルを奪った」とはどういう意味なのか──。
冠城ツバサという人間は、演じることを自身の生きる糧にしていた。
将来は俳優になって、ドラマや舞台など休む間もなく動くのが夢だった。
その夢を持ったきっかけは、学芸会での出来事だった。冠城の通う小学校では、学年毎の発表が、音楽、演劇と分かれており、自身の学年は演劇だった。
渡された台詞はたった一つだけ。
けれど、元々真面目だった彼は、その一つを精一杯練習して、本番に臨んだ。その頃の冠城は普通の子どもだった。緊張もするし、手は震えている。
失敗しないだろうか、台詞や流れを間違えないだろうか。色々な杞憂が纏わりついた。
けれど、いざ演台へ立てばそんなものは全て消え去った。リハーサルとは違う、ぴかぴか輝いた世界が、そこにはあった。
たった、数秒
たった、一つの動き。
たった、一言。
それらがするりと出てきたとき、とても、とても気持ちよかった。
生まれてきて良かったとさえ思えた。
大団円という形で演劇を終えて、休憩時間に入ると、低学年の子どもたちが自分の元へやってきた。もちろん知らない子ばかりで、冠城は困惑した。だが、次の言葉彼の夢は確立する。
「お兄ちゃんかっこよかったー!」
「ぼくもあの宝石見つけられる?」
「わたしもほしいー!」
宝石、というのは、冠城の台詞のなかにあった言葉だ。
たった、本当にたった一つの、その一言を、知らない子どもたちが口にしている。自分をかっこいいと言ってくれている。
冠城の心は決まった。
(絶対、絶対俳優さんになる!)
その後、冠城は、演劇部のある中学へ進学した。
コンクールで何度も金賞を取り、全国大会進出を果たしている強豪校だ。中学生ながらにして、生徒も本気だし、顧問も厳しかった。練習も訓練も苦しかったけれど、全てが整って完成したときの嬉しさといったらたまらなかった。
入りたては黒子やちょっとした役だったが、やがてコンクールで賞をもらったりと頭角を現した冠城は、二年にしてメイン級を任されるようになった。文化祭で行われるものや、外部での活動でも人気が高く、とにかく嬉しかった。
──井の中の蛙。
それが彼の中での座右の銘となったのは、とある演劇コンクールでの出来事だった。
コンクールは小さなものから大きなものまで頻繁に行われる。その時参加していたメンバーも、冠城も絶好調だった。全員、今回も金賞だと信じてやまなかった。
結果は、惨敗。
金賞ではあった。だが、所謂ダメ金と呼ばれるもので、これを獲得しても次の戦いへは進出出来ない。
その時主役を任されていた冠城はショックを受けていた。それはダメ金を取ったことではなく、他校の生徒に圧倒されてしまったからだ。
彼もまた、良く耳にする強豪校に身を置いていて、主役をやっていた。その演技は、自分とは遥かにかけ離れたものだった。舞台上で誰よりも輝いて、人を惹きつける。勉強のために色んな映画やドラマを観てきたけれど、こんな素晴らしい演技をする人を、冠城は始めて見た。
天才だ、と思った。
息をする間もなく、気が付けば彼らの演目は終わっていた。少し間があってから、拍手が起きる。きっと、会場全員を魅了していたためラグが発生したのだろう。
天才のいる学校は進出を決めていた。残念だったが、皆、気丈に振る舞っていた。冠城は個人賞を得たし、各々褒め合ったり、改善点などを話し合いながら学校へ戻ろうとしていた。その時、忘れ物に気がついた冠城は、仲間にその旨を伝えて席へと戻った。
その時だった。
先程、素晴らしい演技をした“天才”が現れた。近くで見ると相当整った顔立ちで、モデルのようだった。冠城は少し緊張しながらも呼び止めて感想を伝えた。
すると、その“彼”は冷たく冠城に言った。
「誰ですか?観客の人?」
気付けば、学校の、演劇部が使用する教室にいた。ミーティングをやっているらしかった。顧問から、次はこうしよう、でもここはとても良かった、などと講評を貰っているようだ。少し啜り泣く声も聞こえる。その中でも、より一層大きな声で泣き始めた人物に、皆の目が集まる。
冠城だった。どんな結果でも人並みに喜んだり泣いたりはしてきた。それを皆も見てきている。けれど、今回は何か違う、と感じた仲間たちは急いで近くへ集まってきた。いつも厳しい顧問でさえ、眉をハの字にして少し焦っている。背中を撫ぜたり声をかけたりしても冠城の涙は止まらなかった。
ようやく泣き止んだ頃、冠城は小さく呟いた。
「俺、もう演技やらない」
──それから、冠城は表舞台に立たなくなった。
元々、裏方にも興味があった彼は、初心に帰って諸々を勉強した。まさに縁の下の力持ち。裏方あってこその演劇であると改めて感謝した。
顧問やそのツテで脚本についてのノウハウも学んだ。その中で、一番興味を引いたのが脚本だった。演じはしないが、一番関連性がある、ように思えた。
結局、完全には離れられなかった。
最初は原稿用紙一枚、台詞だけのもの、何かしらを少しずつ書いて皆に見せた。講評を貰いながらそれを続け、だんだんと数10分くらいの物語を書けるようになってきた。
とある時、顧問から「次は冠城の脚本で演らないか?」と言われ、ドキドキしながらも承諾した。自分でキャストを決めて伝えるのも勇気がいったが、皆も喜んで参加してくれた。それは、放課後にお楽しみ会のような形式で行われた。
正直、客はまばら、アンケートでの評判も良くなかった。頑張ってくれた皆に申し訳なさもあったけれど、それでも冠城は嬉しかった。
素人の脚本を本気で演じてくれた皆は、最高にかっこよく、輝いていた。
もっともっと、演じる人間を輝かせたい。きっと、自分が本来進む道はこちらだったのだ。冠城は強くそう感じた。
そう、思い込むことにした。
──事実、成長した冠城が起ち上げた劇団は外部にも影響を与え、今日に至る。
(……なんてドキュメンタリーでも書くか?)
と、次の作品を思案していたときに、この思い出が蘇ってきたのだった。
バカバカしい!と叫んで机の周りを3周してから、再び原稿を打ち込んでいたパソコンへ向かう。
ただいま、次の公演へ向けた作品を練っている最中である。だが、なかなか固まらない。そこまで切羽詰まっているわけでもないし、既存の題材を借りることも出来るが、そろそろかぶらぎ座オリジナルのものが欲しい。
(……かっこいい、か)
観客たちの拍手、様々な表情、聞こえてくる感想や批評。汗だくになって泣き笑いする団員たち。それらを好ましく思い、愛し、生きる糧にしてきたから、現在の冠城は存在する。その気持ちは本当だ。
そう、ただ、生きる糧が変わっただけだろう?と自身に問いかける。
元々、素質なんて無かったのに、勝手に喜んで頑張って、上手く行かなかったから今度はこっちへ、と、どうにかこうにかしがみついているだけだ。だけれど、もしこの足場さえも崩れてしまったら、と考えるとやはり筆を走らせる他無い。とにかく思いついたワードを打ち込んでいく。今はただ、そこから枝が伸びないかと願うばかりだ。
あの時の、学芸会の子供たちの笑顔がまた過った。
(……ごめんね。あのまま、かっこよくはなれなかったよ)
ぎり、と歯を食いしばる。
諦めろ。
お前にはもう、書き続けることしか出来ないのだから。
――――――――――――
(ううぅ……)
東雲が、スマートフォンの画面へ映し出されたマップと部屋番号とを見比べ続け、挙句、辺りをうろついてからもう20分は経過していた。遅刻はしていない。むしろ約束よりも早く来てしまった。が、入りにくいことこの上ない。
オーディションで散々な結果を叩き出し、冠城からも逃げたあの日。東雲は全てが終わったと思っていた。もう演劇とは関わらずに、勉学に励もうと気持ちを切り替えていた。
「……へぁ?」
そんな東雲のもとに届いたのは、一通のメールだった。送り主はかぶらぎ座。合否のメールか、とタップして内容を確認する。してから、文字通り目を擦って、もう一度送り主を確認する。もちろんかぶらぎ座と書いてあって、スパムメールでもなさそうだ。疑ったのは、東雲の目に入ったのが“合格”の文字だったからだ。
「嘘でしょ……」
あんな様々な醜態を晒しておいて、合格だなんてあり得ない。オリエンテーションが行われる日時も書いてある。東雲はすぐに行くことを決めた。入部するのではなく断るため。もっと相応しい人材が他にいるはずだと抗議するために向かおうとした。文面を打ち間違えた可能性が高いと思う。不合格の不が抜けたのだ、きっと。
などと色々理由をつけて、東雲は集合場所へとやってきたのだが、勇気がなくて部屋へ入れずにいた。どうしようと廊下を行ったり来たりしていると、突然怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい!入るなら入れ!」
「はひぃ!?」
「さっきからうろうろうろうろ……!見てて鬱陶しい!早く入れ!」
部屋には小窓が付いていて、そこから顔を出しているのは冠城だった。鬼の形相で東雲を見ている。入れ!とまた一言怒鳴りつけるとぴしゃり!と小窓が閉じた。見つかってしまったのなら仕方がない。
渋々、恐る恐る扉を開けると、オーディションの時のように、真ん中へ置かれた長机に冠城が座っていた。オドオドしていると、別の先輩たちから挨拶を受け、東雲に用意された席へ案内してくれた。お礼を言ってから座る。緊張して目に入っていなかったが、他に2名合格者がいたようだ。気付いた東雲は会釈をした。2名も同じく返してくれた。自分たちの席はもちろん冠城の正面で気が引き締まる思いがした。
オリエンテーションまではまだ少し時間があるため、好きに過ごしていいと許可が下りた。改めて挨拶をする。お互い1年生だ。すぐに打ち解けてだんだんと緊張が解れていく。
談笑する中、ちら、と冠城の方を見る。長机で団員と何かやりとりをしている。その表情も口調も穏やかで、先程とは別人のようだ。と、思ったその瞬間だった。
バン!と机を叩いて冠城は立ち上がる。合格者面々へと指を指して叫んだ。
「始めるぞ!オリエンテーションを!」
「──ひいっ、ひぃ」
「声が小さい!もっと腹から声を出せ!」
「はっ、はぃ、い」
オリエンテーションなら、入部届を書いたりだとか、説明会のようなものだけだと思っていた自分を殴ってやりたい。
現在やっているのはワークショップ、というかもう本格的な指導に入っていた。発声、滑舌練習、から始まり、舞台に立つものなら誰でも経験があるだろう外郎売をやらされた。今は既存の題材の台本を渡され、冠城の納得がいくまでその場面から離れられない状態にある。あくまで発声を見たいらしく、感情は一切入れず、とにかく一言一言をはっきり、大きく、との指示を受けた。
(き、きっつい……)
基礎的な練習は定期的にしていたし、それこそオーディションのために追い込みもした。けれど、どこか付け焼き刃な部分もあって、言葉通りとてつもなくキツイ。逃げていたツケが回ってきた。
肩で息をしている東雲に、冠城は休憩を取るように、と告げると、他の2名のところへ向かった。2名はそれぞれ違う役割に振り分けられている。練習のキツさよりも、正直その事実に東雲は未だ動揺していた。
それは、オリエンテーションが始まる前に今回決定した割り振りについて説明を受けた。他の2名、どちらかが演者だ、おめでとう!と心の中で拍手していたのがあっという間にひっくり返されてしまった。
演者は、東雲1人だった。
(あり得ないってほんと……。冠城先輩、誰かと間違えてない?)
水を飲んで、ストレッチをする。首や肩が解れて気持ちがいい。どうしても力んでしまっていけない。凹みながら開脚運動をしていると、後ろにそっと重力がかかった気がした。ん?と思っている間にも徐々に徐々に東雲の体は前に進む。
「いったたたたたたたた!?」
「固いな。お前は板か?」
「ちょっ、ぅ、ぐぅ……!し、ぬ……!」
「これくらいなんだ。俺はまだ座ってすらいないぞ」
「すわら、れたら、しぬ、ぅ……!」
「全く。お前が板チョコだったら今頃粉々だぞ」
「うぐぅ……」
すっと重力が消える。これまたぜいぜいと息を整えていると、冠城から質問が次々飛んでくる。容赦ない彼だが一応返答は待ってくれる。弱々しく返事をしていく。
「……中学、高校の出身は?」
「え、ええと、明陽台付属です」
「……」
「?……先輩?」
「いや、何でもない。明陽台といえばコンクールでは有名な学校だが、部活動は何をやっていた?お前、経験者だと答えただろ?演劇部か?」
ドキリとした。一番答えたくない質問が来てしまった。東雲は、長い前髪と眼鏡を駆使して顔を隠し、答えた。
「……帰宅部でした。演劇は……外部の小さなところで少しだけ、ですかね……そんな大した役も……木とかですよ」
「……あははは!そうかそうか少しだけか!木、木か!」
「あ、あはは、そうです、木とか黒子とか」
流石に無理があったかと思ったけれど、笑う冠城を見て少し安心した。つられて笑ったが次の瞬間、東雲の顔は凍りつく。
「……笑わせるなよ。何が少しだ。この俺が、このかぶらぎ座の座長に嘘つきは見破れないとでも?」
「……っ」
「どうせ、自分を誰かと間違えて合格させたんじゃないかなんて馬鹿な考えでも持ってるんじゃないか。今もまだ」
「ひぇ……」
「オーディションの日言ったことを忘れたか?ああ、忘れたならもう一度言おう。俺は、お前が化けるところをもっと見たくなった。いいか、東雲。演れ、演りまくれ。自身がどうたらこうたら云々は捨てろ。今のお前の最善はそれだ」
「……」
「だから選んだ。……ま、多少私情もあるが。いやそんなことどうでもいい。兎にも角にも今のお前にはそれしかない。立て、続きをやるぞ」
「え、ええと」
「立てぇっ!」
「はいぃ!」
言い返す間もなく命じられ、急いで立ち上がる。台本は変わらずだが、今度は自由にやれとの指示が出た。東雲は生唾をのむ。冠城は椅子を引きずってきて、俺は観覧席にいる、と言い、また続けた。
「オーディションの時のようにやればいい。お前の思ったとおりに」
「……」
「お前のことだ。今の練習でこの台本を読み解いたはず。これがどんな状況で、どんな思いのこもった台詞なのか。だが、それをも無視して、“東雲カナメ”で演れ」
「は、い……」
諦めた東雲はすうはあと深呼吸をしてから、憑依った。
『──あなたに、何が分かるっていうの』
東雲が練習をしている間、新人も含め、集まった団員たちは結構な人数がいた。話し合いだったり、方針を教えたりなどすれば、自然とざわざわ騒がしくなる。それが、一気に静まった。普通のボリュームになったセリフが喧騒を打ち消した。
『あたしの弟を馬鹿にしておいて、ただで済むと思わないで』
それは女性の台詞だった。台本には、女子高生が自分の弟を馬鹿にされて、腹立たしい思いを集団にぶつける、というシーン。だけれど、団員たちは物珍しさで魅入られたのではない。読み合わせで異性役を担当することなど幾度となく経験している。
冠城には見えていた。たぶん団員たちにも。東雲の前には、弟を馬鹿にしてきた集団がハッキリと見える。
『今度やったら、絶対……絶対許さないんだから!地の果てまで追いかけて!ぶん殴ってやる!』
ト書きには、集団は怒鳴られながら下座へ走っていく。女子高生はそれを睨みつけ、去るのを見届ける、とある。怒りに燃え、肩で息をする女子高生の横顔が、ゆっくりと正面を向く。眉間にぎゅっと力が入り、涙目になっている。ぽろ、と涙が落ちてから、女子高生は膝を付いて座り込む。ここで照明が少しずつ落ちていくなか、スポットライトが彼女へ当たる。女子高生は泣きながら小さくつぶやいた。
『我慢させた分、守るからね。だってあたしは、お姉ちゃんなんだから……』
その台詞で、暗転。変わらず静まりかえる団員たちと、さめざめ泣き続ける東雲。その空間に冠城の声が響く。
「……はい、60点」
「そんなにですか!?」
がばりと立ち上がった東雲の瞳にはもう涙はない。
「自己採点何点だった」
「……言われた点数の、半分、以下、です」
「……時としてやりすぎた謙遜は敵を作る。もう出来たかもな。おい、敵たちこぞって挙手しろ。……はあ!?いない!?お前たち闘争本能忘れてきたのか!?探してこい!見つかるまで戻ってくるな!じゃあ俺が挙手する!今日から俺はお前の敵だ!殺せ!殺し合うぞ!」
「話が飛躍しすぎですよお!」
などとやりとりしている間にも、冠城は東雲を観察する。あの涙も演技も本気だ。だけれど、点数を言った途端に消え失せた。まるで評価に踊らされているようだ。異性の役をやれと言われると、身体的な仕草で違いでそう見えないことが多い。それは致し方のないことで、赤ん坊の頃から英才教育でも受けなければ大半の人間には難しいだろう。だが、やはり天才というのは存在する。
60点だなんてとんでもない。今すぐにでも大手事務所のオーディションへ出せば、来月にはドラマ出演しているだろう。それを、東雲自身は赤点だと抜かす。ここまで化けられるのに。
冠城は組んだ足を丸めた台本でパンッと叩いた。あわあわと言い返していた東雲が止まる。その台本で東雲を指しながら、冠城は言う。
「何人も見てきたが、あのオーディションで一番、観客に相手を想像させ、舞台に相手を創造させられたのはお前だけだ、東雲。だから選んだ。説得はもう聞き飽きたろう?次のステップに進もうじゃないか」
「え、いや、あの」
「おい、縄持って来い。……ん、ありがとう」
「な、縄ぁ……?」
冠城は台本を椅子に置き、代わりに手にした縄をぶんぶん振り回しながら東雲に近付く。怯えさせないよう、ここ一番の笑顔を浮かべているが、捕まえようとしている獲物は今にも逃げ出しそうだ。
「東雲カナメ!俺がお前を調教してやる!」
「けっけけけ結構ですぅ!退部しますっ!」
「待てぇい!こんな大物誰が逃がすかッ!」
これが完全なエゴであることを冠城は分かっている。かぶらぎ座を起ち上げて、他人様を選別して、台本を突きつけて、演じさせる。舞台上で輝くことを、自分はもう成し遂げられない。それを繰り返して、他人に押し付けている。しかも、今回は私情を挟んだ。
縄を振り回しながら駆ける冠城、その先に一人の生徒がいるのを見て、周りはまたか、と避けていく。今や悪い意味での有名人になっているのも知っている。作品も演者もいいが、冠城は……なんて噂が出回っているのも知っている。自分が変になってしまったことも分かっている。でも、そんなことはもうどうでもいい。
東雲の名を叫ぶ中、誰にも聞こえない声で、「じぶんでやれるならやったさ」と呟く。
もう、書き続けることしか、出来ないんだ。
冠城は駆ける。
(東雲カナメ。演技の何が嫌になったかは知らないが、この俺の手でとことん磨き、俺の脚本で世に送り出してやる!……これが、あの時、俺を見なかったお前への、精一杯の復讐だ)
なるほど。すこーしだけ冠城と東雲に何かあった、ように見えますな。
ああ、冠城って奴ァ、ご覧の通り少々癖が強くてねぇ。まあ悪い奴じゃあないんです。ただあっしにも扱いにくいところが……おっとと!兄さん、姉さんご注目!次は何が起こるか気になりませんかねえ?もうちょっとだけ、ね?