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第一幕 冠城ロケット

劇団物を書いてみたかったので出してみました。

脚本家×演者です。


「どいつもこいつもやる気あんのか!?」


 とある一室に怒号が響き渡った。ついでに机をバン!と叩くものだから、その場にいた人間が全員体を震わせる。


「つまらん、実につまらん!」


 一人激怒しているのは、“劇団かぶらぎ座”の座長、冠城ツバサだ。将来は有名脚本家になるため、日々奮闘中である。

 彼はここ、難関有名大学、柳緑の2年生であり、1年の頃にサークルとしてこのかぶらぎ座を起ち上げた。今や大学名物となっている。主に、彼が。叫びながら、団員として目を付けた人間を追いかけ回しているところを、誰もが一度は見かけているはずだ。

 だが、脚本家を志しているだけあって、彼の作る物語は心を打つものが多い。定期公演を行っているが、どれも人気が高い。チケットはすぐに捌け、毎回満員御礼だ。ただの迷惑人間だとは思われていない証拠である。

そんな彼が現在とてつもなく激怒しているのは、オーディションの結果が芳しくないからだ。

 かぶらぎ座の名は他の学校にも影響を与えているようだ。オープンキャンパスで行われた公演を見て、魅力を感じ、サークルに入るためだけに柳緑を目指して来る者も多い。そのほとんどは冠城のお眼鏡にかなわず、入部出来ない。

 彼が主催するグループオーディションでは、演者だけでなく、音響や照明スタッフなどの適性も見定める。適材適所というやつだ。演技に難ありでも、他の箇所を的確に任せられると確信すれば合格させる。冠城は演者だけではなく、裏方のことも同じくらい大切にしている。皆で何もかもを万全な状態にして、客に自分の脚本を浴びせるのが望みなのだ。


「全く……!今回のオーディションときたらなんだ!やる気があるのか無いのかわけわからん奴らだらけじゃないか!まさかほとんどがサクラじゃないだろうな!?……違う?本当か?じゃあなんでこんなくだらない時間を……」


 文句を垂れながらもオーディションを進行させる。3組、2組、と減っていき、残り1組となった。相当な数が参加してきたがその中でも演者とスタッフ合わせて4名程度しか確保できていない。冠城は、参加者名簿をめくる。横へ引かれた赤線ばかりだ。大量の不合格者を示したそれを、唸りながら眺めた。


(現状決まっている人間プラス、あと一人は必ず手に入れなければ。欲を言うならば……主役を張れる奴が一人欲しい)


 名声を得るにつれ公演も増えてきた。主役を務める役者は何人かいるが、こうして厳選に厳選を重ねた末、極僅かだ。オールマイティな役者たちではあるが、流石に回すのが厳しくなっている。冠城はわしゃわしゃと頭をかいた。ボサボサの髪の毛がますます酷くなる。


(今補充できないと困る。逃げていった人間も多いからな。9割9部9厘俺のせいで)


 冠城から受ける諸々の指導は、的確である。そして、選び抜かれた演者たちであるから、脚本家本人からの要望に応えるのが義務だとも考えてくれる。もちろん、応えた上でそれぞれが個性を出すことに冠城も反対はしない。

 ただ、指導の仕方に問題がある。皆、冠城が間違ったことを言っていないことに納得はしている。だけれど、如何せん対応が冷たいし、ほとんど褒めることをしない。酷いときは怒鳴りつける。自身が悪いと冠城も自覚しているし、謝罪することもあるが、我慢できずに辞めていく人たちが多い。どうしても公演を成功させる方に思考が寄ってしまう。

 考えていても仕方がない。同じくオーディションに携わっている団員に最後の組を呼ばせた。

男性三人、女性一人が入ってくる。

今日見た中で一番緊張した面持ちだ。たぶん、怒鳴り声が外まで漏れていたに違いない。全員が座ったところで冠城は言う。

もう何遍口にしたか分からない。毎度好きでやってはいるが、正直疲れた。


「いいか、質問には正直に答えろ。俺に嫌われるかもしれないなんて馬鹿な考えは捨てろ、曝け出せ。結局は丸裸にされて俺の脚本に塗り替えられるんだ。今のうちに慣れておけ。以上」


 これまでと同様、予め冠城が用意した質問を他団員にさせる。

演技や裏方経験の有無、映画や小説を嗜むかどうか、ミュージカルを好むかどうか。

内容からして経験者が多い組だからか、皆ハキハキと意見を述べている。その中で、一人だけ浮いてしまっていた。俯いてぽそぽそと話す男性が。赤いチェック柄のシャツを着て、その裾をジーパンに入れ込んでいる。前髪は目を隠すくらいに伸びて顔が見えない。


(なんだ?ナメてんのか?)


 服装は全くもってどうでもいい。ファッションなんて興味はない。だが、今のところ何の適性も感じられない。冠城の中ではここで彼への興味の糸がぷつりと切れた。

 次に演技審査へと移る。用意した台詞をそれぞれに割り振って順に読み上げるよう指示を出す。


「いいか?目の前にその相手がいるように魅せろ。自分が感じるままに何をしてもいい。声だけでも良いし、体を使って表現してもいい。思案しながらでも止まってもいい。やり直しだっていくらでも受け付ける。とにかく、気ままに自分をアピールしてくれ」


 それを聞いて各々は、演じ始める。小物を使ってもいいか、ペアを組んでも?と聞いてきたり、3名からはとにかく熱意が伝わってくる。それを冠城はじっと見つめる。


(……女性は、元気なキャラが得意だと思っているようだが、逆だ。俺がやらせるなら君にはしとやかな役を振る。男性二人……一人は裏方の方が良いな。無理やりじゃなく、自然と相手をフォロー出来ている。それで演者を支えてもらいたい。もう一人は……自分が自分がと独りよがりだ。だがそれは個性。そういう役をやらせれば上手くハマるかもしれないな。うん、最後に良い組が回ってきた)


 うんうんと頷きながらメモを取っていたが、次に顔を上げた時、冠城は頭を抱えた。申し訳ないがため息まで出てくる。とうとうチェック柄の彼だけの番になった。シャツの裾を握りしめながら震えているだけで、動こうともしない。


「……で、おま……君はどう演じる?」

「……」

「望んでここへ来たんだろ?」

「……」

「なんだ?違うのか?なら必要ない。俺はお前をサクラか冷やかしだと判断する。なにも演らないなら出ていけ。何でもいいからとにかく演れ。だめでもいい。ただ、君が何者かだけでも知りたいんだ俺は。俺は真面目に意見はする。だが決して嘲笑したりはしない」


そこまで言うと、彼はぎくしゃくと真ん中に来てから、横を向いて立膝になる。深呼吸を3回した。そう言いつつも、名簿に横線を引こうとした、その赤ペンを冠城は落とすことになる。


『──僕は、貴女を愛しています』

「……!」


 一瞬で空気が変わった。

先程まで、質問に対し震え上がりながら答え、各々演じる中一人オロオロとしていた彼とは思えなかった。団員もグループの人間も呆気にとられていた。そんな中、冠城はじっと彼を観察した。

 チェック柄の彼へ割り振った台詞は、身分差のある男女の恋を想定したものだった。やっと逢瀬できた二人、男性側が女性へ愛を伝えるシーンだ。

甘く、切ない声音、絶妙な間合い。

彼は完全に“成り”きっていた。そこに“いる”女性の手を取って、彼は続ける。


『貴女との、この逢瀬が知れ渡ってしまえば、きっと僕は命を落とすでしょう。けれど、そうなってしまっても貴女への愛は変わらない。来世まで、ずっと……』


 手の甲へ口付けを落とすと、彼は彼女を見上げる。冠城には見えた。彼女が彼の頬を撫でるのを。

しん、と静まった会場に「お、終わりです……」と小さな声と共に素早い礼が入って、彼は席へ戻っていく。


「……分かった。審査はここまで。合否は登録してもらったアドレスにて追って知らせる。お疲れ様」


やりきった!とばかりに清々しい雰囲気の三人と、一人遅れてよろけながら出ていった彼。扉が閉まり、足音がしなくなってから、冠城は叫んだ。


「見つけたっ!アイツだ!俺はアイツが欲しい!」


名前を確認していなかった冠城は団員に、最後の人間のことを問うた。その名前を聞いて、冠城の瞳は燃えるように煌めいた。


「……東雲、カナメ。東雲カナメ、東雲カナメ……!覚えたぞ!待ってろ東雲!」


運良く、いや運悪く、冠城のお眼鏡にかかってしまった彼“東雲カナメ”。

早速チェック柄の彼──東雲に向かって冠城ロケットは発射してしまった。猪突猛進にすっ飛んでいく座長を見て、東雲がこれから受難の日々に悩まされることが目に見えて、他の団員は全員祈るように手を組んだのだった。


――――――――――――


(き、緊張したぁ……)


ふらふらと人気のない場所へやってきた東雲の心臓は、まだドンドコと暴れている。それを落ち着けるように、校舎の壁に背中をもたれた。

演じることに相当なブランクがあった彼は、とてつもない不安を抱いていた。小説や漫画の台詞でリハビリをしたり、質疑応答でも言いたいことを言えるよう対策を練ってオーディションに臨んだ。


(……のに、全然上手く答えられなかった……)


対策はしたものの、不安が心を支配してしまい、結果、質疑応答では喉が張り付いて上手く声が出なかった。流されず、きちんと自分の意見を述べたけれど、悪印象は付いたと思う。あれではコミュニケーション能力もないと見なされ、裏方で取って貰うことすらかなわないだろう。そう思うと余計に落ち込みが激しい。


(……役になりきれてもいなかった、し)


それでも自分なりに精一杯演った。

でも、やはりどこか演った“つもり”になっているのではないか。お前には向いていないとずっと言われ続けているような、そんな気がする。あの日からずっと──。


「落ち込んでいる場合か東雲」


正面から、優しく穏やかな声がした。弱った心に響く心地よい低音だった。東雲はそれに素直な弱音を吐く。


「でも……僕は、今の自分に自信がないんだ。」

「自信がないのにオーディションに臨んだ、というわけか?やっぱり冷やかしじゃないか」


呆れたような声音の主に、シャツの裾を握りしめて東雲は叫んだ。


「そんなわけない!僕はかぶらぎ座に入りたくてここに……!……え?」


待てよ?と脳が一時停止する。自分は今、どこの誰と会話をしていたんだ?と恐る恐る顔を上げると、そこにいたのは冠城だった。先程とは打って変わってにこやかだ。目は笑っていないが。東雲の手首を引っ張りどこかへ連れて行こうとする。


「な、なんでここに!?」

「つけてきた。安心しろ、俺がお前を頂点へ導いてやるからな!」

「何の話!?」

「さあ、そうと決まれば稽古稽古稽古の日々だぞ!これからお前には苦難や乗り越えなければならない高い壁が待ち受けているだろうでも大丈夫だこの俺が入れば絶対に」

「いや、ちょ、離して下さい!」


力一杯手を振り払うと、冠城から一切の表情が消えた。それに息を呑んだと同時に、冠城が次に発した言葉に、東雲は心臓を刺された気分になった。


「お前、本気じゃなかっただろ」

「……!」


言い返せなかった。

コンディションは万全だったはずだが、冠城の審美眼は騙せなかったようだ。

やはり昔の出来事が足を引っ張っているのを認めざるを得なくなり、唇を噛んだ。冠城は人差し指でビシリ!と東雲を指して自信ありげに言う。


「俺は、お前が化けるところをもっと見たくなった。いいか、東雲。演れ、演りまくれ。自身がどうたらこうたら云々は捨てろ。今のお前の最善はそれだ」


言う通りだった。この有名座長冠城の言う通りにすれば何もかも上手くいくかもしれない。元の姿に戻れるかもしれない。けれど。


「……失礼しますっ!」

「あ!?待て東雲ぇ!絶対お前を手に入れるからな!」


後ろから怒声が聞こえても知らんぷりをして走った。

また、逃げた。もうしっかりと逃げ癖が付いてしまっている。あの冠城が自分に興味を持ってくれた。他の人間なら、天にも昇る気持ちだろうに。それを受け止めるよりも逃げを選んでしまった。改めて自分が情けない人間だということを実感して少し涙まで滲んでくる。


(ごめんなさい、どんなに支えられても応えられない。僕は……)


──そうやって逃げていった東雲を、冠城は追わなかった。東雲を捕まえるため、ここまで来るのにずっと、何度も今まで生きてきた記憶を遡っていた。n回目でも、最後に行き着くのはただ一人。


(東雲カナメ……。どう考えてもあいつしか浮かばない。俺から演じるというスキルを奪ったやつは、あいつだ)


春の風が吹き抜けていく。冠城は偶然落ちてきた桜の花びらを手に取って、そっと握った。

奪われた、というのはどういうことなのか。

真相は彼のみぞ知る。

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