バレンタイン(再録)
「ロイズ・ロック隊長殿御仕事ごくろーさま」
ふふんっと鼻を鳴らし、屋根の上から魔女が言う。
ロイズは一旦それを見上げたが、軽く無視してその脇を抜けた。
「まちなさい、この熊男!」
「近所迷惑だ、ブランマージュ」
「もぉ、愛想の無い男ね。
まぁいいわ。今日は許してあげる。だって今日はバレンタインですもの」
「だからどうした」
「あら、バレンタインには愛情を込めて花を贈るのよ。
もちろんあたしは寛大だから、熊男からの花だってもらってあげる」
「そんなものは無い」
きっぱりと言うと、ブランマージュはふわりと浮かび、ロイズの前でぷかぷかと浮かぶ。
「つーまーらーん」
「ああ、もううるさい。
今が何時だと思ってるんだ?」
ロイズは夜警の最中だ。
右手に下げたランタンが淡く揺れる。
「エイルも何もくれなかったー」
不満そうな魔女に、嘆息してごそりとポケットに手を入れる。
町で出会う子供達の為にと用意してある菓子。
チョコレートを取り出し、包みをといて、
「これでも食ってろ」
そして寝ろ。
不満を口にする口の中にほうりこんでやった。
「ふふっ」
ブランマージュは口の中でとろけた甘さに機嫌をなおし、手を伸ばして、もうすでに背中を向けている男の肩を掴み、
耳元に囁いた。
「隊舎裏の馬房の柵、うっかり開けっ放しにしちゃったから、早くいかないと馬に逃げられるわよ」
「おまえっっ」
「おやすみなさい、ロイズ・ロック隊長殿!
いい夜を!」
―――ハッピーバレンタイン。