ロイズ・ロックの隊長就任
うんたらかんたら(またこれ)記念第三弾。
ロイズ・ロックの話。
―――おめでとう。
にっこりと言われたが、どの辺りがめでたいのかロイズ・ロックには判らなかった。
「まぁ、小さな町だが、警備隊長なら立派な出世だよ。
おめでとう」
―――まぁ、とりあえずは一応栄転ということでいいのかもしれないが。
大陸の中央にて警備の任についていた。
平隊員だが、これといって欲もない。
実家は伯爵という爵位を持っていたが、次男である自分に何の意味も無い。実家から歩いて通える距離に隊舎があり、何の不便も無い。
爵位も無いから地位も気にせずに極普通の娘さんとなんとなく結婚して、子供は二人くらいできて、そういうのがきっと幸せなのだ―――まぁ、そのうちに。
などと考えていたというのに、突然の辞令だった。
南西に位置する、名前もさっぱり判らない町だ。
地図で確認したら、本当にちっぽけそうな町。
「魔女がいるぞ」
上官はニッと口元をゆがめた。
「魔女……」
生憎と、ロイズ・ロックにとって魔女なる生き物は「珍獣」だ。話には聞くし、一度や二度ならば見たこともある。ただし、遠くで。
そもそもがこの大陸に五人だとか六人だとかいない存在だ。
そうそう自分に関わるものでは無い。
魔女の魔力でもってこの世界の大気が支えられているとか、魔力がいるから温暖な気温でいられるとか――眉唾もいいところだ。
ただし、史実として伝えられている。
その遙か昔に、魔女狩りが行われ、その後は各地で気象が荒れたり地殻変動が起こったりとたいへんだったという。
この世は魔女という魔力の柱の恩恵の上で成り立っている。
つまり、現在魔女は厳格に「保護」「管理」されているのだ。
さて、ロイズ・ロックの左遷だか栄転だか判らぬこの人事は、家族にはたいへん喜ばれた。
父親はさっそく行く先に邸宅を一つ作り、それを息子に与えたし、母親はその邸宅の人事をさっさと定めた。
そして兄は、苦笑した。
「紛争地帯に行かなくて良かった」
「――まぁな」
「親元を離れるんだから、多少ハメを外せよ?」
「……」
「眉間の皺、とれなくなるぞ?」
兄はクッと喉を鳴らして笑い、実に母親によくにた天使のような笑顔でもって、
「彼女の一人くらいつくれ?」
などと言う。
――誤解があるようだから言っておくが、別に今まで誰とも付き合ったことが無いわけではない。
大抵の女性が、何故か二度・三度のデートで「あなたは仕事が御好きですのね」と深く溜息をつくのだ。
それを合図にしたように、関係はぱたりと終わる。
――そういうものなのだろう。おそらく。
「そういえば、魔女殿が」
ふと、兄が呟いた。
ん? と視線を向ければ、兄は苦笑する。
「ブランマージュ殿が暮らしているそうだね、君の任地には」
「知り合いか?」
「――知り合い、という程ではないよ。あちらはこっちの名前すら知らないかもしれない」
兄はふっと視線をそらした。
「まぁ、色々と覚悟して行きなさい」
「意味深に言うな。どんな覚悟だ?」
兄はしばらく無言でロイズを見上げ、やはり視線をそらした。
「……ブランマージュ殿は一番年若い魔女だ。
今はまだレイリッシュ殿の庇護を受けておいでだから、時々宮殿にもいらっしゃる」
だから知っているのだろう。
兄は宮仕えだ。
「――彼女が来た後は、しばらく仕事が停滞する」
「は?」
「先日は下士官の寮を羊が埋め尽くしてね……うん、掃除がたいへんだった」
「……は?」
兄はそらした視線をそのまますがめ、深く、深く息をついた。
「かわいそうに」
「なにが?」
「いや―――うん、がんばれ?」
ぽんっと肩に置かれた手が、やけに力強いのが気に掛かった。
まぁいい。
どこでどう暮らしていようと、そもそも魔女なる存在にそうそう遭遇することもあるまい。
同じ町にいるといったところで、魔女とはあまり出歩くものでは無いというし、時には魔物の討伐などで忙しいと言う。
一介の警備隊長に関わることなどあるまい。
――平和で平凡が一番だ。
小さな町で紛争も無いという。
知人には左遷だなどと軽口を叩かれたが、なに、ポテンシャルの問題だ。
ロイズは意気揚々と任地についたし、顔合わせもそつなくすませた。
「こんにちは」
にっこりと面前に立つ少女に、無骨な調子で挨拶を返す。
この町の住人は新参のロイズに一々声を掛けてくれるのだ。
立っていたのは赤味の強い金髪の少女だった。
琥珀の瞳が珍しい。光の加減で金とすら思った。
少女、というよりも女性というほうがいいのかもしれないが。体躯の良いロイズより随分と華奢だ。
にっこりと微笑み、小首をかしげる。
「あの、警備隊の方、ですよね?」
「ああ」
「あの、そっちのほうに――へんな人がいて、あの……一緒に来てもらえますか?」
不安そうに瞳を揺らし、道の折れたほうを示す。
年若い娘が一人歩きに不安でも抱いたのかもしれない。
うなずいて彼女の前を歩いていき、道を曲がった。
途端―――足元にある筈の大地がぽっかりと大きく穴をあけ、何のタメもなく、落ちた。
「ギッッ」
奇妙な声が口の端から漏れる。
何がどうなったのか判らぬままに、落ちる。
血の気が下がる浮遊感と一緒に、バシャンっと激しい水音が響いた。
「……」
「キャー」
「やったーっ!」
わらわらと子供達が現れ、穴の上から水浸しのロイズを見下ろし、その中央――先ほどまで可愛らしくはにかんでいた娘の瞳はイキイキと輝いていた。
「チョロイわ!」
――チョロイって、なんだ。
ぽたぽたと前髪から水が落ちる。
先ほどまで確かにこの穴の中は水で充たされていたというのに、今は嘘のように水が無い。ただ、ロイズの全身はびしょぬれだった。
何がおこったのか判らない。
ただ、兄の声が耳の中によみがえった。
「かわいそうに」
「いや――うん、がんばれ?」
うん、がんばれ。
……ちなみに兄ちゃんはレイリッシュにこき使われている文官です。
兄ちゃんもがんばれ。