エイル・ベイザッハの深淵
うんたらかんたら(もう適当入った)記念第二弾!
レイリッシュとエイル・ベイザッハの邂逅編。
大陸には六人の魔女がいる。
―――魔女は魔力の源。魔力の結晶。
その能力は未知数であり計り知れない。
エイル・ベイザッハが対面を果たした魔女は黒衣のドレスに魔女らしい帽子、その唇は赤く引き結ばれた美しい女だった。
腰まですらりと伸びた黒髪の、美女。
「あれが………―――」
誰かの言葉が耳に入り込む。
続くことのなかった台詞だが、誰もが思っていただろう。
あれが、レイリッシュ。
この国の王に仕える、宮廷魔女レイリッシュ。
それはすなわち、魔導師達の頂点に君臨するもの。
魔導師達にとってそれは王よりも揺ぎ無い存在だ。
―――魔女とは。畏怖の象徴である。
だが絶対的悪に落ちぬ為の制約が幾つか存在し、魔女達はそれを律しているのだという。
魔女が廊下を歩めば、その畏怖に知らず誰もが道をあけて頭を垂れる。
エイル・ベイザッハもそれにならった。
体が、本能がそうせよと命じるのだ。
「おまえ―――見たことがあるわ」
かつりと魔女の足がエイルの前で止まる。
つっと細く長い指先が伸びてエイルの顎をさらうと、ニッとその唇を引き結んだ。
「そう、おまえね」
「………なにか?」
「おまえ、魔物を融合させて遊んでいるようね?
あまり無体な真似ばかりしていると、身を滅ぼすわよ?」
「それが何かの咎にかかるとでも? ヒトを使っている訳ではありません」
「ふふ、できれば人を使いたいという発言ね。
まぁ、いいわ―――私達の理とおまえ達の理は違うものね?」
楽しそうに笑みを浮かべる魔女に、自然と視線が落ちそうになる。
恐怖―――
我知らず、血の気が下がる。ひんやりとしたものが這い登る。
今まで非道とも言われる実験を繰り返していたエイルにとって、恐怖などもう持ち合わせていないのではないかと思っていたというのに。
それは本能を揺さぶる。
相手は、ただ、美しい笑みを湛えた女だというのに。
口腔に、意味もなく唾液がたまる。
それをゆっくりと嚥下する。
ただその行為すら―――気取られることがひどく恐ろしい。
顎を撫でた指先が、そのままエイルの薄い唇をなぞった。
―――魔女はヒトとはまったく異なる異質な種。
魔導師が書き記した書物の一説が過ぎる。
魔女とは―――ヒトではないのだ。
ふふっと、魔女が笑みを刻んだ。
「精進なさいな。人として」
何が楽しいのかそっと耳元に囁き、魔女はそれまでの興味など失せた様子でエイルの横を通り過ぎた。
―――あいつ、魔女殿と話しをしていたぞ?
―――なんと羨ましいことだ。
馬鹿な囁き声が耳に触れる。
エイルはぎりっと奥歯を噛み締めた。
それまで培われていた絶対の自信のようなものが、びしりと亀裂をうんだ。
魔導師と魔女は違う。
まったく別の―――決して同じ何かではない。
それをまざまざと突きつけられた。
鋭い切っ先のように。
喉が干上がるように渇いた。
もう二度と魔女になど遭遇したくない、その思いと同時にまったく別種の感情が芽生えた。
魔導師が必ず叩き込まれる、ある一人の男の名が脳裏によみがえる。
一旦伏せた灰黒の瞳が、何かの儀式のようにゆっくりと、ことさらゆっくりと開いた。
エイル・ベイザッハは口角を引き上げ、静かな笑みを湛えて歩き出す。
―――先ほどの恐怖をねじ伏せて。
………もっとこう、爽やかに生きろ。
続いてはロイズの話―――ですが、こちらはまた後日upします。
読んでくれる皆様に感謝を。