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告白

――オレ、お前のことが好きだ。

一世一代の告白は、綺麗さっぱり流されてしまった。


「隊長?」

 思わず握っていたペンがべきりと音をさせたことに、面前のクエイドは引きつった顔を浮かべてみせた。


「いや、はい。すみません。もっと真面目に書いてきます」

本日の日報の内容に怒りを見せたのかとでも思ったのか、慌てて提出した日報を引き抜くようにして逃げていくクエイドを見送り、警備隊第二隊の隊長を務めるロイズ・ロックは眉間にくっきりと浮かんだ皺を右手の親指と人差し指で軽く揉み解した。

仕事中に考えることではないのは理解しているが、突如として思い出される感情はいかんともしがたい。


挙句「町に戻ったら話しがある」とまで言ったにも関わらず、相変わらずブランマージュは自分の森には戻っていない。いや、第一隊のギャンツ・テイラーの話では一旦戻ったらしいのだが、その後は見かけていないそうだ。


――実際は自分の家でギャンツを見てしまったブランマージュが自宅にあまり寄り付いていないだけの話なのだが。


では、ブランマージュはいったいどこに行ってしまったのだろうか。


――エイルの家、か?


ふと浮かんだ魔導師の顔に、更に眉間の皺が深くなってしまった。

一年前のエイルといえば、しょっちゅう魔女と揉め事を起こして色々なものを破壊し、幾度も罰金を徴収されていたというのに、そもそもあの二人はいつの間に協定をむすんだのだろうか。


エイル・ベイザッハは現在魔女狩り大陸へと引越しの為に色々と手続きなどと忙しくしていると聞いている。もちろん、エイル当人からではなく、噂に聞く程度だが。

 そんな忙しくしている場所にブランマージュがいるとも思えない。


「猫を撫でて心を癒そう」


もう今日は早く帰って猫のブランマージュを撫でまわそう。


今日も、ブランに会えなかった――


***


そう、今日もブランマージュに会えなかった。

というのに、この現状はいったい何がどうしてどうなったのか。

ロイズ・ロックは帰宅し、いつも通り上着をエリサに手渡しながら寝室の隣にある個人用の居間へと足を踏み入れ、目を見開いた。

「あら、まぁ……」

 エリサまでが驚愕した様子で瞳を瞬き、ちらりと自分の隣の主を見る。


普段であれば白猫のブランマージュが身を丸めて寝ている寝椅子に、クッションを抱くようして寝ている魔女が一人。

 前回会った時には猫耳も尻尾も無かったものが、今は気が抜けているのか完全についている。

白い耳の先端が、ぴぴぴっと小さく痙攣した。

寝椅子に置かれているクッションにもたれて、くかくかと寝ているブランマージュの様子に「無断進入」だとか言っても始まらない。


ロイズは危うく「ブラン?」と声をあげそうになり、慌てて口元を押さえた。

「どう、致しましょう?」

 エリサが動揺するのを片手で制して、ロイズは声を潜めた。

「いい――何か話しがあるのかもしれない。少し、二人にしてくれ」

――暗に出て行けと命じて、ロイズはなんだか息苦しさを誤魔化すように自分の襟首に手を掛け、隊服のホックをはずして息をついた。


 なんで勝手に人の家で寝ているのか、なんて魔女に言ってもはじまらない。

魔女は神出鬼没。どこからでも入り込むしどこにでも現れる。ならばここにいてもおかしくは無い。


 消えてしまうのではないかと恐れながら、そっと近づき、触れてみたいという気持ちを留めて寝椅子の下に膝をつく。


 口元から涎……


色気も何も無い。

苦笑と共にその涎を胸のハンカチでぬぐってやり。ハンカチを戻す。

さらりと流れる髪はまさに猫っ毛で多少の癖がある。肩に掛かり、胸元をかすめる赤みの強い金髪。

 日の光の下で輝くそれは、今は部屋を照らす魔道石の明かりで照らし出される。


――ヤバイ。


ロイズは片手を宙に浮かし、引きつった。

触りたい。起こしたい。でもこのままそっとしておきたい。ずっと見ているのも手か。だがなんか色々もうちょっと。

いやいや、相手は魔女だ。まずは魔力を削がなければ何をされるか。魔力封じの封魔綱は――ってオレは何を考えているんだっ。

 危うく犯罪的な思想にいきそうになったロイズは、浮かしたままの手をぐっと引き戻し、こぶしを握り「こほんっ」と一度わざとらしく咳払いを落とした。


「ブラン、おい、ブランマージュ」


 一度名を呼び、今度はおそるおそるブランマージュの肩にそっと手を掛ける。

ほかりと温かな体温が手に伝わり、長いこと眠っていたと思わせる微笑ましさに少しだけ目元が和んだ。小さく身じろぎした体に、べったりとクッションにもたれていた頭が僅かに上がる。

 ぼんやりとした琥珀色の瞳がロイズを捉え、不思議そうに見つめ――


「にゃー」


「……」

 ブランマージュはロイズの手にするりと猫のように頭をすりつけた。

「ブ、ブランっ?」

 ばくばくと心音があがる。

まるで猫のような仕草の魔女に、悲鳴のような声をあげるとブランマージュは瞳を瞬き、がばりと体を起こした。


「なんであんたがいるのっ」

「って、ここはオレの家なんだが」

 突然体を起こして怒鳴るブランマージュに、冷静に指摘すれば相手はきょろきょろと辺りを見回し、しばらくしたのちに奇妙な声で「あれー?」と小首をかしげた。


 途端、なんだかがっくりとロイズの気が滅入る。

「オレに会いに来た訳じゃないんだな」

「えっと……んー……いや、会いたいとは思ってたのよ。ちょっと話があったし。ああ、だから無意識にここに来ちゃったのかしら?」

 やぁね、と空笑いを浮かべてみせるブランマージュに、ロイズは一気に心が浮上した。


「オレも話がある」


 いや、だがこの立ち位置はどうだろう。

ブランマージュはクッションを抱き込み、寝椅子に座っている。対してロイズはといえば、その前で膝をついて半立ちの状態だ。

 なんとなく居心地が悪く、ロイズは自然に――あくまでも自然になるように、寝椅子の淵に手を掛けてブランマージュの隣にどさりと腰を落とした。


――なんだか無駄に緊張する。


 ああ、コレは失敗か。ちゃんと相手の目を見て会話を成立させる上で、隣同士に座るというのはどうなんだ。

 生真面目な男、ロイズ・ロックの動揺をよそにブランマージュはひらひらと手を動かした。

「ああ、そうだった。で、あんたの話って何よ?」

 ブランマージュがやっと思い出してくれた様子でちらりと隣のロイズへと視線を向ける。小首をかしげて促すその様子に、ロイズは緊張が高まり、引きつったように笑みを浮かべた。


「いや、俺はあとでいい。何か話しがあるんなら、ブランからでいい」


 そういうと、ブランマージュはおもむろにがばりと立ち上がり、真正面からロイズを見て――僅かにロイズを見下ろし、がしりとその両手をロイズの肩に掛けた。


「あんたのトコの第一隊隊長のドMをどうにかしろっ」


「……はい?」

「人の家を我が物顔で掃除してるのよっ。おちおち家に帰れないじゃないのっ。ひよこのエプロンして楽しそうに台所を占拠してるあのドMを即行どうにかしてよ」


 ぜんぜん話が見えない……


そして見たくない。

「出て行けとか、馬鹿とか言っても逆に嬉しそうに照れるのよぉぉぉ」

 鳥肌がたつのか、自分の体をぎゅっと抱きしめるブランマージュは半泣きで訴え、感極まった様子で両手を伸ばし、ロイズの首に腕を巻きつけ、抱きついた。


「打っても、殴っても喜ぶってどうなってるのっ」

――尊敬する第一隊隊長のそんな姿は心から見たくない。腕の中でさめざめと訴えるブランマージュをあやすようにぽんぽんっとその背を叩き、

「あー、うん。なんとかする。しばらく自宅に戻りたくないのか? なら、オレの家にいてもいいんだぞ」

 それが原因でブランマージュの森にいなかったのか、とやっと納得して――少しばかり照れを押し隠しつつ提案すると、しかしブランマージュはなんとか落ち着きを取り戻した様子で顔をあげた。


「提案だけ喜んで受けるわ。ありがとう」

「……大丈夫なのか?」

「大丈夫」

 まさか、エイルの家に居るんじゃないよな?


心臓がつかまれるように痛む。とっさに思ってしまった事柄は――しっかりと口から出ていたらしい。

 ブランマージュの瞳が瞬き、笑う。

「なんでエイル? あの家でおちおち寝てなんてられないわよ。いつ実験させられるか判らないじゃないの。

 違うわよ」


 さらりと言われた言葉に、自分の醜い嫉妬を見透かされたような気がして羞恥が立ち上る。


かぁっとあがる体温のまま、勢いに任せ――


「ブランっ」


 一度離れた相手の体を抱き寄せようとした途端、ブランマージュはとんっと床を蹴っていた。


「ってことで、頼んだわよ。第二隊の熊隊長殿っ」

「ちょっ」

「じゃあねーっ」


って――オレの話はどうなったんだっ。


 叫ぶ間もなく、ブランマージュの姿は忽然と消え去り――唖然としているロイズの足元で白い猫が「にゃーん」と頭をロイズの足に摺り寄せた。


「……あのっ、馬鹿猫っ」

 思わず出てしまった言葉に、自分が言われたのかと勘違いしたのか白猫のブランマージュが思い切りロイズの足に爪をたてた。


「うわっ。違う――お前じゃないよ、ブラン」


 怒っている猫を片手で掬い上げ、その顎下をなでながらロイズは深く深く息を吐き出し、目の高さまで猫を持ち上げて切なく白猫に囁いた。


「おまえが大好きなんだ」




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