ふぇいす
「あれ、こんな顔だったっけ?」
あたしがあたしの体を取り戻して二月――といったところで相変わらず猫耳と猫尻尾を保有していますが、そこはあえて突っ込まない方針で。
***
放置してきた蝙蝠が自力ではたはたと帰宅したのは二ヵ月後。
同じ大陸といえど、結構広いんだね。
「いやぁ、蝙蝠って羽根持っている癖して案外動き鈍いんじゃないの? いくらなんでも二月って、その存在すらしっかりと忘れてたわ」
「って、マァスタァァァ」
「な、訳あるかっ!」
切なそうな声をあげて飛んできたよれよれの蝙蝠を引っつかみ、あたしは思い切りベシンと地面にたたきつけた。
動物虐待?
訴えるなら訴えるがいいわ!
あたしはなぁ、こいつの仕打ちを忘れていないぞ。
よりにもよって自分の主人を裏切る使い魔がいてたまるか。
レイリッシュの馬面がレイリッシュを裏切るか?
エリィフィアのキバタン馬鹿オウムがエリィフィアを騙すことがあろうか?
絶対に、ナイ。
だというのに、この腐れ蝙蝠は自分の主の体のありかもレイリッシュの思惑もすべて承知した上で口をつぐんでいたのだ。
あたしの体で思う存分着せ替えを楽しみつつ!
帰宅して吃驚だよ。
知らない衣装が阿呆のように増えてた。
ハンドメイド・シュオン・オリジナルの衣装が。
力いっぱい床に叩きつけてやった蝙蝠だが、こちらの意思に反し、床に叩きつけられる寸前、ぼふんっと人形に変化し、そのままぎゅうっとあたしを抱き込んだ。
「マスター、会いたかった。会いたかった、会いたかったですぅっ」
「くぉのっ。まだこっちは許してないってばっ」
「えええ、どうして怒ってるんですか?」
滅びされ!
お前の頭は鶏並みか?
三歩歩けば忘れ去る仕様なのか?
このミジンコ脳みそっ。
ぎりぎりとあたしが奥歯をかみ締めると、相変わらず三割残念なエイルの顔のシュオンは本気で理解できないという様子で瞳を瞬き、こちらの怒りなどどこ吹く風で「マスター」とすりすりと頬を摺り寄せてくる。
「へへへ、会いたかったです」
「――怒ってるんだってば」
「怒ってるマスターも好きだからいいです」
お前はどっかのドMと一緒かっ。
くぁぁぁ、このお話にならない感じ、ホントウに、間違いなく、うちの馬鹿蝙蝠だわ。
あたしはイライラとしながら、ぐぐっと相手の腹を押して二人の間に隙間を作り、びしりと床を示した。
「お座りっ」
命令にシュオンはちょこんっと床板に座る。
へらへらと実に幸せそうに――エイルの顔で。
ごめん、ホントウにソレ気持ち悪いわ。自分でやっといてなんだけどさ。
だってエイルだよ、エイル――ちょっと想像してみてよ。あの悪魔類鬼畜目がさ、なんかぶんぶんと尻尾振って大型犬みたいに嬉しそうに座ってるの。
これから怒られるって判っているのにだよ?
もう色々無理。
しばらくは罰としてエイルの格好のままでいさせてやるつもりだったが、これではどちらが罰を受けているのか判らない。
あたしは片手を軽くあげ、ゆっくりとお腹から呼吸を繰り返す。
お腹にあった酸素を全部吐き出し、ゆっくりと大気中の魔力を練り上げながら、今度は空っぽのお腹に溜め込んでいく。
手の中に出現した杖を道標に、あたしはシュオンの体に掛けられた自らの魔力の紐をゆっくりと解き上げていく。
エイルの灰黒の眼差し、塗れたような黒髪――薄い唇。
そのすべてが、徐々に失われて、そしてそこにちょんっと座っているのは鳶色の人懐こい瞳と髪の青年。
エイルのような余計な色気など持たず、悪意も悪気もなさそうな――脱力系。
「あれ、あんたってそんな顔だったっけ?」
うわっ、すごい違和感。
座った姿勢のまま、シュオンは自分の手を伸ばし、頬に掛かる自分の髪を引っ張った。
「ぼく、元に戻りました?」
「なによ? 何か文句あんの?」
「いや、ほら。ぼくってば視力弱いから――いまいち実感が」
シュオンはいいながらひらひらと手を動かし、ふいに立ち上がるとやっと安心したように息をついた。
「ああ、マスターとの身長差が戻ってる」
言うや、またしてもシュオンはあたしの肩にがばりとはりついてぎゅうっと抱きついてくる。
「これで元通り。これでずぅっとぼくとマスターといつも通――」
そうか。そうか。それは良かったな。
あたしは相変わらず耳も尻尾もあるけどね。
一足先に元通りであんたはいいよね。
なんだかムッとしたものの、あたしは激しく脱力を覚えてひらひらと手を動かし、良かったなと示したやったのにも関わらず、シュオンは突然がばりとあたしを離し、部屋の片隅にある鏡ににじり寄って叫んだ。
「マスターぁぁぁ、なんかやっぱり、顔違うっぽいんですがぁぁぁ」
……半年くらいたつとほら、顔って変わるんだって、きっと。
「ちょっ、マスターっ」
今、今思い出すからっ、ちょっとまってろ!
ちょっとやり方間違えただけだって。
ちょっ、泣くなっ。
……ま、どうでもいいか。