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魔女の誓約

心が狭い男っていうのはさ、やっぱ嫌われるもんだと思うのよ。

男っていうのは、どんな事態も鷹揚に受け止めて、女性が困っていたらにっこりと微笑んで手を差し出すもんよ、そうじゃない?


ああ、うん。ごめんちょっと想像しちゃったわよ。

エイル・ベイザッハに限っていえばにっこり微笑んで手を差し出したりしたら気持ち悪いのでやっぱり却下。

 でもさ、だからといって顔を合わせた途端にぴしゃりと窓を閉めるっていうのはどうかと思うのよ?


「ダァーリンってばっ」

「うるさい、黙れ。消えろ」


うわー、子供かおまえは。

あたしは嘆息しつつ、今は魔力を自在に操れる魔女としては窓を閉められたことなどものともせずに一瞬のうちに室内に入り込んだ。

「ちょっと人の話くらい聴きなさいよ」

大人気ないと思わない訳?

あたしが口を尖らせていえば、エイルは冷たい視線を更に細く、そして口調までも冷ややかに口を開いた。


「猫の話などきけるものか」


やっぱり?


あたしはエイルの机の上にちょこんっと座りつつ、かしかしと鼻先をかいた。

「にゃうん?」

「燃やすぞ」

「やぁねぇ。愛がないわ、愛が」

「猫に愛を求めるなっ」

「やぁん、愛してるぅっ」

 あたしが愛らしく小首をかしげて言えば、エイルは引きつったままあたしを睨みつけた。


「そう言うのであれば何故私の前で人の姿をとろうとせぬのだ」


「あら、したくてしている訳じゃないのよ? それは誤解よぉ」

「ほぉ」

うわ、信じてないわね。

ま、嘘だけどさ。百パーセント、う・そ・ですけどねぇ!


あたしは哀れっぽく「なぅー」と泣きつつ、自分の目元をかしかしとかいてみた。

泣いているように見えるかしら? 猫だとちょっと微妙よね?

顔洗っているように見えたら失敗としかいいようがないわ。


悪魔(レイリッシュ)の呪いのおかげで猫と融合しちゃったあたしってばぜんぜんちっとも分離できないの。体内のバランスをとる為に猫姿がデフォルトなのよ! ねえ、可哀想だと思わない?」

「……」

 いや、胡散臭いものを見る目止めなさいよ。

確かに嘘が一杯だけどさ、本当のことだってちょっとは混じってるんだって。女の嘘はある程度許容しとけよ。

ロイズだったら信じるよ? こっちが罪悪感で一杯になるくらいロイズだったらどんな嘘も信じるんだから。


 本当に……悪い女に騙されるんじゃないかと余計な心配しちゃうわよ、あたし。


「こうなった責任はとーぜんダーリンにもある訳だし、ここは一つ快く協力してよぉ」

「猫の頼みなど知らぬ」

くぅっ、この根性悪!

猫が頼んでいるんだぞっ。白くて可愛い子猫がさっ。とまで考えて仕方ないとあたしは息をついた。

 猫が両手の肉球を愛らしく合わせて「にゃー」とかいっちゃった日には、猫フェチ一級のロイズだったらどんな願いもきいてくれるに違いないのにっ。


 というあたしの心の叫びは、生憎と心だけに留まらずに思いっきり口をついて出たらしい。

 エイルは無表情であたしをつまみあげ、またしても窓を開け放ち外へと放り出した。


くそぉっ、動物虐待反対だってば!

あくまでも猫を相手にする気はないというのだな、あの野郎。


あたしは対抗意識をめらめらと燃え上がらせ、猫で駄目ならと仕方なく人型へと変化した。

こうなれば先手必勝「ごめんなさい」は無理といえども「ぜひ強力致しましょう」の言質を奪い取り、奴隷のようにこき使ってやろうではないか、エイル・ベイザッハめっ。


 あたしはまたしてもエイルの執務室の机に転移を果たし、エイルの首にしなだれかかるようにして腕をまわし、アンニーナをまねて甘く囁いた。


「お・ね・が・い、ダーリン」


 ダーリンの無駄に多い蔵書と、悪魔のような魔物融合術を是非ともあたしの為に役立てて!

 やっとお願いを口にすると、冷ややかな瞳の男は忌々しそうに口にした。

「おまえ、私を馬鹿にしておるだろう」

 低く唸る口調に、あたしは瞳を瞬いた。

「何よ、突然」

「――報酬は?」


その言葉は思い切りあたしの意表をついた。

まさかエイルが報酬を求めてくるとは思わなかったのだ。

あたしはしばらく眉を潜め、むむむっと唸ってしまった。

いや、確かにあたしに協力することはエイルにとって何かの利点につながる訳ではない。それにエイルの仕事の邪魔かもしれないが……


「友達じゃないかー」

とふざけた口調で言ってみたが、相手の冷たい視線は変わらない。

あたしはむーっと困り果て、猫耳――相変わらずあってスミマセンネ――をへたりと下げた。


「おまえに協力する代わり、私は魔女の研究の為におまえの助力を請う」


その言葉に、ぱっと耳が立ち上がった。

「そんなんでいいの?」

あたしの声のトーンが跳ね上がるのと同時、エイルは口元を緩めた。


「ああ――良いな?」

「勿論よ、ダーリン!」

 いやぁん、なんか脅すように言うから「現金」とか「現物」とか色々想像してみたのだが、実際の要求はなかなか簡単そう。

 そうよねー、ダーリンだってちょっとひねくれててちょっと性格がアレだけど、基本的には悪いヤツじゃないのよね!


「やぁん、もぉダーリンってば意地悪っぽく言うから身構えちゃったじゃないのぉ。魔女の研究ならいくらでも手伝ってあげるわよー」

だってあたし魔女だもん。


「その言葉、嘘ではないな?」

 きちんと念を押す男に、あたしは「魔女の誓約は絶対だもの。嘘なんてつかないわよー」とへらりと応えたが――


あれ……


あたしははたりと面前の、やけに甘い微笑を湛えた男を見返して言葉を飲み込んだ。


 あれ、えっと……?

あたし、なんかまずいこと、言った、か?

何故か背筋にぞくぞくと悪寒が走り、あたしは自分の耳がへたっと下がるのを感じつつ、エイルの胡散臭い微笑を「はは?」と見つめ返した。


あれ……? 




 


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