クリスマス・ヴァカンス
冬だけど海だったりする。
「うーみぃぃぃぃっ」
青い空、白い砂浜、さざめく波!
こらこらこらっ、視界の隅にある白骨は無視しなさい、無視。
今日はヴァカンスですのことよ!
え? クリスマス?
冬だって? そんなことは関係ありませんよ。
だってココは万年常夏。
視界の端にいろいろいやんな落し物とかあったり、大悪魔が砂浜に寝椅子を並べて優雅に日干ししていたりするのは華麗にスルーの方針で。
「オレ、魔女の神経が時々信じられない……なんで始原の森だよ」
「だって誰もいないもん」
あたしは腰に手を当ててにんまりと笑った。
「島全体がプライベートビーチ。遊びたい放題ですっ」
それでもって常夏! 魔力に満ちたこの島は海遊びに最適な適温だ。
冬だとかクリスマスだとか関係ナシ。
「ねーっ」
ぱんっと小気味良い音をさせて両手のひらを打ち合わせたあたしともう一人。
顔を合わせてうなずくのはアンニーナ。今日のアンは超ビキニ――「あらぁん、他に人がいないんだから全裸でもいけるわよ」というアンだったが、先程ロイズの強い説得により水着を着ることを承諾。アンの使い魔という鷹も泣きながら止めていた。
アンの使い魔はどうやら良識があるらしい。
ま、全裸よりはマシという格好なのでロイズは極力視線を向けないようにしているのだが逆にエイルはじっくりとそれを眺めた挙句、ふっと鼻で笑ったものだから危うく怪獣大戦争に発展しそうになった。
そう、エイルもいます。
わざわざ大悪魔が日陰を作る為砂地にどすっと植えた木に寄りかかって本を読んでいる意味はまったく理解できないが。
海だよ、海! ヴァカンスしにきているというのにもかかわらず、何故木陰で本を読んでいるのか。この不届きものめっ。
「遊ばないなら来なければいいんだ。ぼくが人化できないじゃないかっ」
と、あたしの頭にはりついている蝙蝠が苦情を言うが、まぁごもっとも。
相変わらず蝙蝠はエイルの姿だった。
少なくともあと半月はみっちりその姿で反省しろ。
そしてうっかりエイルの前で人化けして力いっぱい雷撃をくらうがいい。
「ふふふ、あたしが護ってあげるから変化してみればぁ? ぴっちぴちのブーメラン水着でお願い」
アンが嬉しそうに――というか好色そうに言う。
「本当に護ってくれますか?」
嬉々として蝙蝠が言うのだが、おまえ明らかに危ないだろ。
いや、いくらでも報復されていいけどね。
「とーぜんよ」
自信満々でうなずくアンニーナに、ぽんっと蝙蝠がエイルの姿で――ブーメラン水着。
ぶはっ。
ひぃぃぃっ、見てはいけないものが目の前にっ。
卒倒するあたしを、ひょいっとロイズが抱き上げた。
「ブラン、ここは危険だ。いくぞっ」
そう、今のあたしは実はちびブランだった。
だってエイルの前でオトナブランは危ないでしょ? それにチビでいることにも慣れてきたし、チビのほうが色々と便利なのよ。
人間って子供に甘いのよね!
特に熊は。
「マスターっ」
わーんっと追いかけてこようとするシュオンに、あたしはべっと舌を出した。
よるなっ、来るなっ。
なんかこの猥褻罪めっ。ロイズみたいに普通のだぼっとした水着にしとけっ。
「やぁん、やっぱりイイわ。魔導師」
「ぼくシュオンですぅっ。アンニーナ様、はーなーしぃてぇぇぇっ」
襲われてろ、ボケ。
背を向けてその場を離れたあたしとロイズだったが、元の地点はあっという間に戦場とかした。
エイル・ベイザッハの怒りを当然のように買ったのだが、アンニーナはけろりと強化結界の中でエイル姿のシュオンを襲っている。
「見るな! 教育上よろしくないっ」
ロイズは憤慨して岩場の辺り――被害が来ないように避難し、そのくぼ地に溜まった海水の中にあたしの足をおろした。
ぴしゃりと冷たい水がはねる。
「まずは体操だ」
「……いや、いいって。平気」
「駄目だ。ちゃんとしないと、心臓に悪いし足がつったりするんだからな」
水に入るときは足から順番に水をかけろ!
おまえ……教師か。
はるか後方では謎の光が明滅したりしているのだが、ロイズは変わらずマイペースに体操などしている。あたしはそれを無視し、さっさと岩場に溜まった海水の中、波に取り残された小魚なんぞを追い回してみた。
「さかなーっ」
「魚好きなのか?」
「すごいスキーっ。生で食べるの美味しいぃっ」
「は?」
うっ、まずい。
何を言っているかあたしっ。
あたしは慌ててふるふると首をふり、引きつった笑いを浮かべてみせた「冗談にきまってるでしょ。生で食べるなんて、猫じゃあるまいし」
あたしは人間ですよーっ。
魔女ですっ。
猫ではありませんってば。
なんか最近疑われているような気がしないでもないけど、あたしは猫じゃありませんよ!
早く分離して魔女と猫に別れたい!
でも実際問題そんなに簡単なことではないようで、分離に失敗する訳にもいかずに慎重に慎重をきたしているあたしは現在も夜はロイズの自宅で相変わらずの白猫ブランをせにゃならんわけだ。
酷すぎる。
そしてせつな過ぎる。ああああ、あたしって実はいいやつじゃない!?
ロイズは苦笑し、くしゃりとあたしの頭を撫でた。
「少し泳ぐか? せっかくの海だし」
「――いや、泳ぐのはいいや。海ってなにがいるか見えないから、ちょっと怖い。足元見えないし」
当然魔力を使えばいい話だけどね。
でもそういうのは面倒くさいからしない。
「じゃあ、何か昼飯用に貝とか探してやるよ。おまえは危ないからここにいろよ?」
言うや、ロイズは豪快に海に挑んでいってしまった。
潜れたか……本当に身体能力だけは高いな。
あたしは肩をすくめ、岩場に囲まれたほんの少しだけ海水が深い場所に足を入れて一回とぷんっと胸元まで水に入った。
「ううう、猫に水って実は駄目かもー」
尻尾が嫌がってる。
耳は完全に伏せた――当人としてはもっと水遊びしたいのだが、どうやら体は拒絶しているようだ。
あたしは元気の無い尻尾を掴み、ぎゅーっとしぼった。
だばだばっと水気が落ちて、岩場に腰を預ける。
ふるふるっと身を震わせ、一気に水気を飛ばして息をつくと、ふいに、肩に重みがのしかかった。
背後からぎゅっと抱かれる感触は馴染みのものだ。
あたしは苦笑して腰に回ったその腕を叩いた。
「怪我しなかった? ま、アンが護ってやるって言ってたから心配はしなかったけどね」
いつの間にか魔導師VS魔女の戦いは終焉を迎えたらしい。アンの声が遠くでしているが、戦闘音はしていない。
ぎゅっと更に強く抱きしめられ、あたしは眉を潜めて顔を後ろへと向けた。
素肌にパーカーを引っ掛けた姿の使い魔が「マスター」と囁く。いつものどこか高い声ではなくて低くて奇妙な色を称えた呼びかけに、あたしは更に眉を潜めて小首をかしげた。
ちゅっ、とその唇が耳の付け根に、瞼に、頬に触れてくる。
「シュオン?」
どうかした?
いや、こいつのぎゅーもキスもいつものことなんだけどさ、なんだかいつもと違って居心地が悪い。
腰を抱く手とは逆の手――確かめるように唇の端を親指の腹でなぞられ、あたしは引きつった。
「ダーリン?」
おそるおそる問いかける。だがそれは確定だった。
だって魔力がシュオンじゃない!
言葉にした途端、あたしの尻尾がぶわりと毛を逆立てた。
ぎゃぁ気持ち悪い。
おまっ、時々本気で訳判らないことするの止めてっ。
人間崩壊してんじゃないの? 脳みそいっちゃてんじゃないの!?
「気づくのが遅い――」
くっと笑い、唇を引き結んで笑うと更にあたしを抱く腕に力を込めた。
「愚か者」
「離れろ、この変態幼女趣味」
エイルがそのまま口付けしようとしたところで、エイルの頭上から謎の貝類が降り注いだ。
「幼女趣味は犯罪だからな!」
海人ロイズ・ロック……その貝、へんなカタチしてますよ。巻貝からなんかにょろにょろとした触手出てますけど、それ本気で食料として持ってきたのかおまえ。
なんか焼いたら食えるとかそういう問題じゃないっぽいんだが。
「貴様は――判っていて邪魔しているのではあるまいなっ」
「判っているに決まってるだろう!」
怒鳴るロイズに、エイルは冷ややかに口元に笑みを刻みつけた。
あああ、ここでも怪獣大戦争だよ。
あたしはそぉっとその場を離れた。
***
砂浜に戻ればアンニーナが嬉々としてシュオンを襲っている。馬鹿だな、シュオン、蝙蝠に戻ればいいのに。襲っているといっても明らかにからかって遊んでいる様子なので、あたしは肩をすくめて問いかけた。
「戦闘はエイルの根気負け?」
「あら、あいつってばすぐに辞めたわよ――別に痛くもかゆくもないことに気づいたってことでしょ」
そうかぁ?
自分と同じ姿のシュオンがあたしにはりついてキスしたりしていると烈火のごとく怒るぞ、アレは。精神衛生上の問題だと思うんだが、アンと自分の姿がいちゃついても平気ってことか?
自分が襲うのと襲われるのとは違うってことだろうか……相変わらず判らんヤツ。
開放されたシュオンがあたしにぎゅっとすがりつく。
「マスター! アンニーナ様が虐めますっ」
「はいはい、とりあえずあんたその砂に寝ろ」
「はい?」
「砂蒸しっ」
あたしは、ふふふっと笑い、シュオンを蹴倒しそのまま砂をかけはじめた。
アンニーナがあきれつつ加わる。
すごい、なんかきちんとヴァカンスっぽい。
浜辺の遊び満喫中!
「あの二人は?」
「さぁー? 仲良く喧嘩してた」
「本当に仲良しねぇ」
アンニーナがくくくっと喉を鳴らし、せっせとシュオンに砂をかけていく。あたしのイメージとしては丸くこんもりと砂を載せ、最後には「シュオンここに眠る」と飾り文字をいれてやりたいのだが、しかしアンニーナのやりたいことは違うのだった。
「ぎゃーっ、何してんの、何してんのっ!」
シュオンの体の上に乗せられた砂の形は、そのまま人間の形。
「あらぁん、やっぱり砂を固めた裸像よぉん。大事な部分はやっぱり大きいほうがいい? 意外にちっさかったりしたら笑えるんだけど」
いやぁぁぁ、なんでそう下品なのあんたって!
「ううう、見れないけどすごくいやな感じです」
見なくてよろしいっ。
シュオンが切ない顔でこちらを見つめてくるが、あたしは頭を抱えるくらいしかできない。
「そんなに見たいのならば見せてやる」
だから突然割って入ったエイルの声に、心臓が破裂するかと思った。
「きゃー、魔導師男前! そうよね、男はすっぱりさっぱりぬいじゃいなさいよっ」
「辞めろっ。辞めなさいよあんた達っ」
って、
「ダーリンっ、ロイズはどうしたの!」
「沈めた――というのは嘘だ。落しはしたがな」
ふんっと鼻を鳴らし、エイルは無造作にアンニーナ作――砂の芸術?をどすりと踏みつけた。それは見事な股間部分を。
「ふぎゃー」と悲鳴をあげてシュオンが蝙蝠へと変化する。
ぴくぴくと短く痙攣する様がものすごく不憫を誘う……平気か? もう色々無理なのか?
蝙蝠はふらぁっと二・三度その羽をはためかせたが、やがてぱたりと砂地に落ちた。
おまえの死は無駄に――ってか無駄いがいのなにものでもないか。
「あんたそのへんにアレ放置してきたの? ここどこだと思ってるのよ、馬鹿かっ」
あたしはほとほと呆れてとんっと砂地を蹴ろうとしたが、エイルの手がすばやくあたしの腰を掴んだ。
「ダーリンっ!」
怒るよっ。
「使い魔共もいる。危険などあろうはずがない」
確信犯めっ。
確かにシュオンは役にたたないだろうが、他の連中ならばやすやすと人間を危険に晒したりはしないだろう。それでも信用などできなくてそのまま飛ぼうとすれば、アンが苦笑した。
「魔導師、貸し一つ」
「それを言うのであればブランにであろう」
「あら、あんたによ? ま、クリスマスプレゼント?」
お返しは三倍返しくらいでいいわよぉん。
アンニーナは口唇を歪めて空間を転移した。
はっと気付けば腰抱き込まれたままのあたしと、突っ立っているエイル・ベイザッハ。足元にはまったく頼りにならない瀕死の蝙蝠。
だらだらといやんな汗が流れるのを感じる挙句、肩甲骨の上のあたりを生暖かい湿った感触がやけにゆっくりと舐めあげた。
「どうやらサンタからの贈り物のようだ」
クッと喉の奥で笑う男の言葉に、あたしは拳を固めてふるふると震わせた。
アンの裏切りものぉぉぉ。