web拍手お礼小話つめつめ(7)
「師匠、師匠」
寝台の上から動こうとしない漆黒の魔女に、エリィフィアは淡々と呼びかけた。
「ううう、眠いっ、頭痛いっ、あうぅっ」
「お酒の飲みすぎです。酒精を抜けばいい」
端的な弟子の言葉に、師匠であるところの魔女は唇を尖らせた。
「そんなのつまらなくてよ、エリィ」
「ではいつまでも頭痛と友人協定を結ぶのですね」
「まったくあなたときたら理想的な弟子ね」
「反面教師という言葉通りにあなたもとても素晴らしい師匠です」
エリィフィアは冷たく言い、レイリッシュの体からばさりとシーツを剥ぎ取った。吐き出された白い裸体は見事としかいいようがないプロポーションだ。まったくどんな魔法を組み立ててこれを維持しているのかとエリィフィアは思うのだが、生憎と師匠はその方面の魔法を教えてはくれない。
――噂では人間の生血を日々飲んでいるとまで言われているが、それはないだろう。魔物の血清程度なら飲んでいるかもしれないが。
「エリィ、エリィ」
「なんでしょう」
「あなたにプレゼント」
弟子に冷たくあしらわれた美貌の魔女は美しい顔にそれはそれは綺麗な笑みを張り付かせ、両手でソレを捧げて見せた。
「グェコ」
両手でしっかりと抱かれた巨大なカエル。
カエル。
カエルだ。
まだらの体のぬるりとした生き物。
エリィフィアは暗褐色の瞳を大きく見開き、「ぎっ」と小さくつぶやくと持っていたシーツを放り出してばたばたと寝室を逃げ出した。
「ふふふぅ、そこでおっかない鬼娘を追い払ってね? 可愛いあたくしのナイト」
レイリッシュはあふりと欠伸を一つかみ殺し、カエルを出入り口の扉前へと放り出すとまたしても寝台にへばりついた。
途端、ばしゃりとその寝台に水がかけられる。
ばしゃりばしゃりと三度続けられ、自らの体もあきれるほどぬれねずみになるとレイリッシュはひきつった笑みを浮かべた。
「エリィ!!!!」
「あなたのナイトは本日の唐揚げですからね!」
――どっちが師匠かわからない、エリィフィアとレイリッシュのほんの少し昔の話。
***
「ブラン、ブラン、ブラーン」
アンニーナはぐいぐいとブランマージュの袖口を掴み引っ張った。
「弟が死ぬぅっ」
「いや、うん、なんというか的確に死にそうな場所は避けてるみたいよ」
「気色悪いのにかじられてるっ」
「……船酔いがぶりかえしそう」
その光景は凄絶。
しかし何よりすごいのは、ファルカスが反撃をしようとするのを容易く押さえ込み、靴底で踏みにじり、剣の切っ先でその皮膚の表層に文字でも刻む気安さで体をなぞり、それはそれは美しい微笑を称えて、
「気が触れるまではせぬ。死に絶えるまではせぬ――いっそ殺せと願ってみるがいい」
ものすごく嬉しそうにエイル・ベイザッハ……
「なに、なんなのあの拷問吏みたいな生き物!」
「あれは悪魔類鬼畜目エイル属――超凶悪な悪魔です。すみません」
なんかもぉ、どうしてあたしが謝っているんだか誰か教えてー。
「ぎゃぁ、すとっぷ、ストーップ! ファル痙攣してるからっ」
「さっさと治せ。時間が足らぬ」
エイルは剣の血を払い、額にうっすらと浮かんだ汗に張り付いた前髪をかきあげた。
悪魔類鬼畜目絶好調……
***
「はいどーぞ」
二枚のカードを手にブランマージュがにやにやとしている。
ロイズ・ロックはじっとそのカードを見つめた。
「これだっ」
引き抜いたカードはジョーカー。
「ばーかーめぇっ」
笑い転げるブランマージュに、ロイズは唇をへの字に曲げた。
「あたしの勝ちぃぃ!」
「くそっ、また負けたっ」
「やぁん、またロイズのお菓子もらっちゃった。あたしふとっちゃうかもだわっ」
ぱしりとカードを場に捨てるロイズとは裏腹に、エイルは本に視線を落しその反対側でファルカスはナッツを口の中に放り込む。
「あんた達もやろーよーぉ」
「やんねーよ」
ファルカスは吐き捨て、小さな声でエイル・ベイザッハに言った。
「なぁ、あの男は気づいてないのか?」
「何がだ?」
「あんなのイカサマじゃないか! 魔女を相手にカードなんて丸見えみたいなもんだろっ」
誰が好き好んでそんなゲームをするだろう。
まぁ、賭けているのはたいていが食べ物や簡単な罰ゲームなのだが。
「気づいてないのはブランくらいだ」
「は?」
「あの男はわかってて付き合っておるのだ」
エイルは吐き捨てると、つまらなそうにファルカスを睨みつけ、あまつさえげしりと蹴りまでくれた。
「混ざって来い」
「……はい?」
「行け、カス」
「……はい」
ぴろりろりーん。
エイル・ベイザッハは手下を手に入れた!
エイル・ベイザッハはプライドが邪魔して一緒に遊べない!
エイル・ベイザッハは矜持だけは無駄に高いのだ!!