休暇申請
「半月!?」
突然休暇を申し出たロイズ・ロックに、さすがに所長はいい顔をしなかった。確かに休みをとるようにとは進言していたが、明後日から半月休みたいなどという台詞にほいほいサインをするわけにはいかない。
「無理は承知です」
さらりと言われる。
「お願いします」
苦いものを噛むようにとんとんっと所長が机を指先で弾くと、横から声が掛けられた。
「いいじゃないですか。ロックは良く働いているし――先日だって余計な仕事を任されていたでしょう? いない間は私が第二隊のフォローもするし、副隊長だっている」
助成してくれたのは第一隊のギャンツ・テイラーだった。爽やかな笑みでぽんっとロイズの肩を叩く。
その言葉に押され、やっと所長は肩をすくめて書類にサインをした。
「まぁいい。急なことだから、今もっている書類の整理だけはしておけよ。あ、そうだ。どこかに旅行か? 猫はどうするんだ? うちで預かろうか?」
「家人がいますから結構です」
「……少しは遊ばせろ」
つまらなそうに言いながら書類を手渡すと、ロイズ・ロックは丁寧に頭をさげた。
「ありがとうございます、テイラー隊長」
ロイズは受け取った書類をきちんとチェックし、助成してくれたギャンツに頭を下げた。
「気にしなくていいよ。それに」
「はい」
「どうも第二隊の見回りコースのほうがブランと遭遇率が高いみたいなんだよ。君がいない間にブランとあえるといいんだけど」
微笑ながら言う相手に、ロイズは引きつった。
――確実にそれは無い。
何故なら自分はそのブランマージュと旅行に行くのだ。
そう、ブランマージュと旅行。だ。
ぎゅっと書類を握りこみそうになり、慌てて手の力を弱めた。
自らの隊室へと戻り、机に座る。
机の上にある書類は多量だが、明日の昼までには済ませられるだろう。問題があるとすれば、ブランマージュはチビ魔女であるということくらい。
「……」
しかも猫耳猫尻尾までついている。
いや、首輪――そう、チョーカーまで付いている。
それを思うと自然と口元が緩みそうで慌てて引き締めた。
魔女の首には以前からそういったものがついていた。以前ついていたものは黒いもので、あれは確かいつの間にか無くなっていた。アクセサリーなら気まぐれに交換されるのだろう。だから、もしかしたら今もまったく違うものをつけているかもしれない。
だが、昨日再会した時に魔女がつけていたのは――自分の愛猫と同じ首輪、いやネックレスだった。
金色の縁取りの赤い首輪。中央に蒼い石がはめ込まれた綺麗なものだ。
彼女は何をもってそんなものをつけてくれているのだろう。それともまったく何も考えていないのか。
――考えてなさそうだ。
自己完結して、それでもやっぱり口元が緩む。
「……なんか気持ち悪いスよ」
机で書類の処理をしていると、副隊長であるクエイドが机の端に珈琲を置いた。
「何がだ」
思わず冷たく言えば、
「楽しそうなオーラが流れてます。今なら鼻歌が出ても不思議じゃないくらいに」
「……」
そうだろうか。
ロイズは慌てて身を引き締めた。
「クエイド」
「はい」
「オレ、明後日から休暇に入るからあとは頼む」
「げっ、なんですかソレ」
「半月程いないから。もし困ったことがあればテイラー隊長に相談しろ」
「……まぁ、長い休みとるようにって所長も言ってましたしねぇ。だからって急すぎでしょうに」
「ああ、すまないな」
そういいながらも手元の書類から視線を外さない。
「ブラン……」
突然クエイドがぼそりといい、ロイズはビっと手元の書類にペン先を引っ掛け、小さな墨跡を作った。
「どんなプランなんです?」
プラン? おまえ、明らかにさっきブランって言っただろう。
「何が?」
「半月とかって、旅行ですか?」
「そうだ」
「へぇぇえ、誰と行くんですかぁ? 一人とかですかぁ? まさかブラ――」
「クエイド!?」
「ぶらっと一人旅?」
小刻みに肩が震える。
思わずぎっと視線を上げると、クエイドはいやににこやかな微笑みで小首をかしげた。
「いいですねぇ。まぁ、独身時代はいろいろ楽しむもんスよねぇ?」
「そうだな!」
ロイズは乱暴に言い切り、書類に戻った。
まぁいい――旅行だ、旅行。
相手はチビ魔女だが……共に居られるならば不満は無い。
そう、不満は……
不満だらけだった。