web拍手お礼小話つめつめ(3)
クロゼットの中に並んだ愛らしい衣装――
ふわふわのパニエ、磨かれた靴。
レースが使われた白いシャツも、その全てが全て魔女ブランマージュの為のもの。
「どこを突っ込んでいいか判らないですよねぇ」
「突っ込んだら駄目だろう」
エイル・ベイザッハの屋敷の使用人二人が嘆息しながら掃除をしている。
それまで空き部屋であった場所。
今は明らかに――女性、というか女の子の私室となるように改造されていく部屋。
「寝台まで用意したほうがいいんでしょうかね?」
「――」
「寝椅子は置くようにと言われましたけどね」
「隣室にバスタブをいれろという指示はあった」
「――じゃあ、やっぱり寝台も用意するべきでしょうかね」
「なぁ」
「なんです?」
「……寝台、うちの旦那様のトコ使うっていう話だったらどうするよ、おまえ」
「――だから、突っ込んじゃ駄目だって」
どうやらエイルの屋敷にはブランマージュの為の部屋があるっぽい!!!
(いつの間に)
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「いいこにしてたか、ブラン?」
白い子猫を膝の上に抱き上げる。
飼ってからだいぶ月日はたったというのに、相変わらずこの子猫は子猫のままだった。
片手だけで持ち上がる。
「成長が少し遅いのかな……ちゃんと食べてるか?」
「ブランちゃんはグルメな猫ですよね。嫌いなものは一切食べようとしないし」
侍女がくすくすと笑う。
「嫌いなもの、何が嫌いなんだ?」
「そうですねー、残り物とか出すと途端にそっぽ向きますし、一般的な猫が食べるような魚のアラとかは見向きもしませんよ」
たとえば人間が食べ残したものにスープをかけたりしたものは絶対に食べない。
匂いをかぐまでもなく、ぷいっとそっぽを向くのだ。
「何でも好き嫌いなく食べないと大きくなれないぞー?」
喉元を撫でながらロイズが言うが、白猫ブランマージュはそっぽを向いてあふりと欠伸をした。
「もしかして自分のこと人間だと思ってるのかもしれませんね?」
くすくすと笑う声にロイズが苦笑する。
抱き上げて視線を合わせ、
「人間だったら相当性格悪いぞ。良かったな、猫で」
言った途端に鼻先をかじられた。
「人間の言葉を理解してるみたいですよー、ブランちゃんかしこいんです」
「……理解してるならもう少し性格が丸くてもいいんじゃないか?
うすうす気づいてたが、こいつ結構根性悪いぞ」
シャーっと猫が威嚇してくるが、ロイズはそれをものともせずにぐりぐりと頭を撫でた。
「ま、そこがいいんだが」
「結局可愛いんですね」
――猫フェチの猫好きツボは一般人にはあまり理解されない。
そしてロイズ、ブランマージュは相当怒ってマスヨ。
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「ブランマージュ、悪戯ばかりしていてはいけないよ。
キミは魔女なんだから」
こんこんと説教を垂れるギャンツの言葉に、つんっと横を向く。
「町の人を困らせてはいけない」
「魔女だから好き勝手なことをしているのよ、ギャン、おばかね?」
ぷかりと浮かんでギャンツの斜め上で止まる。
ギャンツは困ったように微笑んで、
「それでも、夜に魔物を闊歩させたりしてはいけない。何人もの人が悲鳴をあげたろう?」
「そんなに悪い子はよんでないわよ」
「――」
「別にかじられた訳じゃないでしょ」
「ブランマージュ」
つんっと横を向き、飛び去ろうとした魔女の足を、咄嗟につかむ。
途端、驚いたブランマージュがバランスを崩し、あげくそのケリがギャンツの腹部にめり込んだ。
「うわっ、もぉっ! あんたが悪いンだからね! このぼけなす!」
「……」
どさりと尻餅をついて腹部を押さえ込みうつむくギャンツの姿に、ブランマージュはだんだんと不安を覚えるようにつつつっとその顔を覗き込んだ。
「なによ、痛いの? ギャン?」
「ブラン――」
「な、なにっ?」
「もっと……」
「はい?」
がしりとその腕がブランマージュの腕を引っつかんだ。
「もっと蹴ってくれ」
「え、え、えええ? なに? なんなのっ、何馬鹿なこと! ちょっと、離しなさいっ。
この馬鹿っ、ヘンタイっ」
「あああ、ブランっ、もっと罵ってっ」
「いやぁぁぁっ、気持ち悪いぃぃぃぃっ」
「あああ、すごい気持ちいい」
――ギャンツさん、へんなスイッチが入った瞬間。
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……見てはいけないものが目の前にある。
勤続ン年、懸命な老家人はこくりと喉を上下させて息を飲んだ。
最近は定番となっている魔女ブランマージュの為のデザートとお茶とを持参した男が目にしたのは、寝椅子で寝るブランマージュとその傍らで同じく寝ている主。
エイル・ベイザッハ……
主が転寝をしている姿も珍しければ、その姿がまたスゴイ。
エイルの膝の上には、猫耳猫尻尾という最近はやっと慣れてきた謎の格好の小さな魔女。
噂では、主が猫と魔女とを融合したとまで言われている。
――なんとオソロシイ。
その魔女殿が、主の膝を枕に寝ている。
――さらにオソロシイ。
一見すればとても微笑ましい光景に見える。
ブランマージュは愛らしい。
その傍らの青年も冷徹だのイロイロと言われてはいるが、見目だけは麗しい青年だ。
まるで一枚の絵のように……
その主の瞳がふっと、何のタメもなく開いた。
「――」
「――」
明日の朝日は拝めないかもしれない……手にもつ銀のプレートの上、固めたオレンジのゼリーがぷるぷると小刻みに震えていた。
家人の明日はどっちだ?