留守番
「まったく、しめっぽい子だね」
呆れたようなエリィフィアの言葉に、使い魔であるシュオンは更に溜息を吐き出した。
その手には黒いサテンの生地。
――愛する主の為に今日もせっせと縫い物に興じている。
「行けばよかったじゃないか」
使い魔の主は現在始原の森という場所に派遣されている。容易く行ける場所ではないため、居残りの使い魔にとっては辛い。
――行けばよかった。
行けるものならそうしたい。
だが、阻むものがあった。
――心が。
「だって、ぼく魔道師の姿なんです」
しゅんっと肩が落ちる。
「それが?」
「魔道師の姿だから、魔道師が一緒だと人形の姿に変化できないんです。怒るから」
「別に蝙蝠でもいいじゃないか」
「……蝙蝠だと、もっと役立たずじゃないですかー」
蝙蝠は自分が役立たずな使い魔だと熟知している。
できることといえば、家事と人の形がとれること。家事だって、ブランの為に必死に覚えたものだ。
簡単な魔法だって……本当に簡単なものしかできない。
一族の中でもつまはじきだった程なのだ。
「それに、魔道師だけならともかく――警備隊長も一緒だってレイリッシュ様が言っていたから」
声のトーンと視線が落ちる。
「ぼく……あの人嫌いだから」
エイルは勿論キライだ。
だが――ロイズへ向けるキライは、日々でかくなる。
「なんだい?」
「……」
縫い物をする手が止まる。
自分をうかがうエリィフィアの言葉に、言葉が濁る。
「……マスターが」
「あの莫迦娘が?」
「最近、ロイズさんの邸宅のことを、うちって、言うんです」
「は?」
――ご飯、うちで食べる。
その言葉は、きっと無意識から出ている。
――うちに帰る。
――うちの人。
……あんな言葉は聞きたくない。
マスターの自宅はこの森にある小さな家。
うちと称されるのはソコのハズで、うちの人と言われるべきは自分のハズで。
「マスターは、ぼくの――」
エリィフィアが呆れたように大きく溜息を吐き出す。
今にも泣きそうな使い魔の頭を乱暴にがしがしとかき混ぜ、
「まったく本当に難儀な子だね。
レイリッシュに相談してやろうかい? あたし一人では無理でも、レイリッシュも加わればあんたの歪められた魔法を解くことが――」
その言葉を、使い魔が慌てて遮った。
「駄目です!駄目っ」
「蝙蝠?」
「……駄目です。イヤだけど……絶対にイヤだけど、これがぼくとマスターの最後の魔法かもしれない。それなら、解いては駄目ですっ」
切羽詰るように言う青年に、更にエリィフィアの溜息は深くなる。
「本当に、あんたは」
溜息を落とした頬が歪み、口元に笑みを刻む。
「あんた程いい使い魔はいないさ」
その言葉に、部屋の片隅で自分の羽根の手入れをしていた白いオウム――エリィフィアの使い魔が抗議するように鳴いた。