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迷子の子猫

「事件です!」

クエイドはその剣幕に恐れをなした。

「えっと……はい?」

「クエイドさんっ、大変なんですっ」

 エプロン姿の女性の姿に、クエイドは見巡り中の足を止めた。

栗色のゆるいウェーブのかかる髪を三つ編みに結い上げ、頭の上の方でとめている侍女服のその女性は、彼の上官の家の使用人であることは承知している。

「いないんです!」

「え、ああ……連絡はした筈なんすけどねぇ。いれちがったかな」

やっと納得する。

「隊長なら宮廷魔女の……なんつったかな、ああ、レイリッシュ様?に拉致られちゃいましてね。なんか数日貸し出されていきましたよ?」

 不憫すよねぇ。

のほほんと言いながら肩をすくめる。

 あのときのことを思い出すと笑ってしまう。

隊舎の執務机に向かっていたロイズ・ロックの後ろに突然魔女が出現したと思うと、彼女はロイズの襟首を掴み上げ、

「はい、これ!」

と、くるりと巻かれた羊皮紙なんぞを突き出した。

ロイズは目を見開いていたが、慌ててその巻紙を開いて内容を確認。しかし魔女はといえば、唖然としている彼の部下一同を舐めるように見やり、にっこりと微笑んだ。

「しばらくコレ借りておくから、ちゃんと上の人にも言っておくから」

言いたいことを言い切り、

「じゃあっ」

という言葉と共に――我等が隊長殿は空間転移の巻き添えを食った。


完全な拉致だった。

魔女は完全犯罪が可能だ。

「若様じゃありません!」

侍女殿はぶんぶんと首をふり、

泣きそうな声で言う。

「猫です」


「はい?」

「うちの猫しりませんかっ」

「いや、知らないスよ」

「いないんです。屋敷中を探したのに、いないんです。うちの犬にも見つけられないみたいでっ」

 ぐわしと上着をつかまれてクエイドは引きつった。

「どうしましょうっ」

「いや、猫なんてすぐ帰ってくるでしょ?

あの白い猫ですよね? あの……えっと」

そういえば名前を聞いたことがない。

「はい、うちのブランちゃん」

「ブラン……ちゃん?」

「ブランマージュという名前なんです」


――それは探していいんだろうか。

頭の中で一場面が展開する。どうせ隊舎の中には暇な人間が山といる。元々平和を描いたような場所だ、猫を探して来いといえば「めんどくせー」と言いつつも、何かのついでに第二隊の人間たちは動いてくれるだろう。

「で、名前は?」

「ブランマージュ」

――場が凍りつくこと確定だ。

何故あの猫の名前がブランマージュなのだ。よりにもよって、ブランマージュ。

それは警備隊の人間達にとって最も忌まわしき名ではないか。

「もしかして隊長、可愛がっているフリして結構猫を相手にストレス発散? いじめてるとか?」

 思わずぼそりと言葉が口から落ちた。

途端に侍女の目がカッと見開かれた。

「そんな訳ないじゃないですかっ!

若様はそれはそれはブランちゃんを可愛がってるんですよ! いつも御風呂にだって一緒に入ってるし、寝る時だって一緒なんです。ブランちゃんがくしゃみでもしたら大騒ぎなんです! うちの若様はブランちゃんを苛めたりなんてしてませんっ」


「……」

「そのブランちゃんが若様の居ない時に家出なんて。私、私どうしたらいいかっ」

「……」


「聞いてますか?」

ギっと睨まれ、クエイドは乾いた笑いを浮かべてしまった。

「聞いてます。あの、ですね――オレが探しますから、とりあえず猫のコトは任せて下さい。おたくさんは自宅でのんびりと待って。できればその話は一切しない方向で」

「なんでです?」

「――いや、うん」

 隊長の男としての何かが完全粉砕されそうだから。

もし強制出張から帰宅してこの話が町中に広まっていたらと思うと恐ろしい。同じ男として!

 自分ならば立ち直れない。

猫と風呂に入り猫と寝る……挙句その猫の名前がブランマージュ。

隊長、不憫すぎる。

「とにかく、猫なんてすぐに出てきますって。確かあの猫ってば魔道具の首輪してましたよね? 最悪魔道師に頼めばすぐに見つかりますから、あんたは少し落ち着いて自宅で待っててくださいよ。隊長が戻ってくる頃までにはなんとかしますから」

 余計なことは一切言わずに!

宥めてすかして自宅まで送り届け、クエイドはがしがしと頭をかいた。


――とりあえず凄いネタみっけ。

いやいやいや、このネタは自分の首も絞めるかもしれない。

保留。もしくは封印しておこう。

クエイドは保身もできる完璧な男であった。


言っちゃ駄目だ~(笑)

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