ep8
麻相が待ち合わせ場所に指定したのは市街地から南に外れていた。
住宅もまばら、倉庫が立ち並ぶ中のコンビニエンスストアの駐車場だった。
週末だからかトラックの出入りが激減し普段の喧騒が無くなっていた。
麻相は先に到着し缶コーヒーを飲んでいた。
時間通りに陽子が到着。
普段着で会うのは図書館以外では初めてだった。
陽子は緩めのダッフルコート、デニム、スニーカーのシンプルな組み合わせだった。
麻相はスタジャン以外は陽子のそれに合わせたかのような服装ちだった。
陽子は馴染みのない場所に対して不安がありつつも未知の空間への期待とが交錯していた。
麻相は暖かい飲み物を買ってくるよう指図したので陽子はコンビニに立ち寄った。
デイパックを背負った麻相の後について陽子も自転車を走らせた。
麻相が倉庫街を通り抜けるかと思いきや、倉庫と倉庫の合間へ侵入していった。
通路かと思ったが公道であり車一台ほどの幅がある。
舗装されてるが荒れ具合いもそこそこ、自転車に振動が伝わってくる。
倉庫の裏からは登り勾配がややきつめの道に変わった。
二人とも立ち漕ぎになった。
麻相は慣れたもので先に登りきり、立ちはだかるツバキに自転車を立てかけた。
やや遅れて陽子も登ってきた。
「ここでいいの?」
自転車の置き場に困惑していた。
「てきと~」
麻相の言葉にうなずきながらスタンドを立てた。
「ここ。ツバキの間、隙間を通りぬけて。」
「ここ?」
陽子は困惑しつつもツバキとツバキの隙間をのぞき込んだ。
濃いピンクの花がほころびかけた隙間の先には開けた場所があるようだ。
周りのツバキをよく見るとここだけ列を成しておらず乱立していた。
人が植えたものではなく種子が落ちてここで自生したものに思えた。
そのツバキの樹間には人が通り抜けられる隙間が一か所あった。
麻相は両腕で顔を覆いその隙間に突入した。
陽子はしゃがみ込み花を落とさないように恐る恐る通り抜けた。
先にあったのは平坦な広場。
周辺は枯れた草木が根元で山積みになり、その中から雑草の芽が顔を出していた。
アスファルトの割れ目からもところどころ芽が顔を出している。
白線が消えかけてはいるがここは駐車場だったようだ。
「こんなとこがあったんだ。」
陽子は驚きもそこそこに周囲を見回した。
右手の急傾斜からして山の中腹だろうことは推察できた。
その傾斜した山肌の前に案内看板があった。
年月の経過からか書いてある文字や絵が擦れて消えている。
判然としない文字の中からようやく【城山公園】とだけ読み取れた。
案内看板の横からは雑草とコケに覆われた階段状のものが見える。
さらにその先、駐車場の奥からは傾斜した通路が伸びていた。
「公園として整備されたらしい。途中で放棄されて誰も使ってない。」
麻相の説明を聞いて山頂方面を見上げた。
雑木林のような風情であり常緑樹と落葉樹が入り乱れてはいるが市内からは木しか見えない。
「ここは、昔、山城があった場所だよね。」
陽子は青田市の歴史を思い出した。
「俺は詳しく知らない。上に行くと東屋がある。」
麻相は駐車場の先にあるスロープを目指して歩き出した。
陽子もそれに続く。
舗装部分とスロープの境目で麻相は立ち止まった。
スロープの両脇には樹木が繁茂しているが落葉樹は枝ぶりしか見えない。
枯れた草木は両わきへ寄せられスロープが冬空に向かって伸びていた。
「ここで練習してた。」
結構な斜度がついたスロープをながめつつ麻相は言った。
しかも長い。
「上まで行くの?」
陽子が問いかけた。
「行きますか?飲み物は持ってきて。」
麻相の問いかけに陽子はショルダーバッグを見せた。
麻相が先に登っていく、陽子も遅れずに横に並んだ。
「公園がいつ出来たか知らない。
幼稚園のころ、婆さんに連れてこられたことがある。」
「私は初めてよ。いつなんだろね。」
初めての場所、周囲を見渡しつつ陽子は歩数を数えていた。
スロープの傾斜角は目測10%から12%あたりか。
この歩きにくさは12%を超えてるかもしれないと陽子は算段した。
足元はコンクリート舗装、所々に変色したコケがあり、足跡もついていた。
この足跡は麻相のものに違いないと陽子は思った。
目測でもこのスロープの全長は100mは越えてると陽子はみていた。
麻相は無言で登り続けていた。
日差しがあり風もなく静かだった。
陽子は登り切ると振り返った。
傾斜のきつさからして斜度は12から13%。
歩数で298歩、だいたい150mの長さがある。
左の土手、山頂方向をみるとさらにスロープが伸びている。
「えっ!?」
陽子は絶句したが驚くに値しないと思いなおした。
山頂に公園が整備されたのならそこまで続く遊歩道があるのは当たり前なのだ。
そこまでの遊歩道が異様に長く傾斜がきついのだ。
このスロープの有様では利用者がおらず公園が廃止になったのも当然に思えた。
「今登ってきたのが一段目。山頂まではあと二段ある。」
「三段!?ここでトレーニングしてたの?」
「俺だけが使えるから。」
麻相はこともなげに言った。
「中三の秋にここへ来てみたら雑草だらけ。
なんだかわからない木も生えてるし。
草刈りと木の枝切りから始めたんだ。」
自慢をするかのようだった。
「あのスロープをダッシュするのはきつかった。
はじめた時は40mも走れなかった。
走るたびにあと1m、あと2m、あと3mって伸ばしていって。」
麻相は二段目のスロープを登り始めた。
陽子も続く。
坂道ダッシュはスプリント練習で有効な手段とされていた。
ただ青田高校周辺には坂道がないためトレーニングに取り入れてないだけだった。
「一本150mはあるけど全力でいけるの?」
「イケるよ。」
麻相は自信満々といった顔だった。
ここまでハードトレーニングを課せば半年でもあれだけの走力は身に付くと陽子は納得した。
では自分がここでトレーニングをしたら・・・と陽子は考えた。
しかし、それは即打ち消した。
ここは麻相だけのトレーニングの場所、邪魔できないと思ったからだ。
「一段登り切って少し休憩してもう一段登って休憩。
こればかり繰り返してたから、今でもサッカー部では一番速いんだ。」
3年になっても麻相はレギュラ―定着はできなかった。
ボール裁きが下級生にも劣るのでポジションが与えられなかったためだ。
足の速さだけを買われてディフェンスで途中出場することはあったがおこぼれに等しい。
二人はつづらおりのスロープ三段目も登り山頂に到着した。
陽子は振り返り大きくため息をついた。
単調なトレーニングなのにハード。
続けること、繰り返すことに意味があると思うしかなかった。
「こっち、東屋。」
麻相が山頂を案内した。
ここからでも三角屋根が見えている。
そこまでの間は人一人分の踏み痕、歩路がつけられていた。
麻相が頻繁に通ったためそこだけ雑草が生えず踏み固められたことは容易に想像できた。
周囲は落葉樹のため冬は展望が効くが夏は葉に覆われ視界が効かないだろう。
隣り町を遠望できるのはこの時期だけと枯れ木を見て陽子は思った。
東屋はすべてコンクリート製だった。
中央にテーブル、周囲に椅子。
中は枯れ葉、蜘蛛の巣、蝶や蛾の死骸が転がっていたが麻相は意に介さず。
陽子の顔色を伺うと死骸を東屋の外へ蹴り出し、拾った枝に蜘蛛の巣を絡めとって捨てた。
麻相はデイパックを下ろして腰かけ、ペットボトルのお茶を飲み込んだ。
麻相は反対側に顔を向けた。
「あっちにベンチがあったけど木。腐ってボロボロ。
トイレもあるけど浄化槽が止まってて使えない。」
その方向には何かが見え隠れしているがはっきりとわからない。
放棄されたのちに樹木が自生してしまい公園の面影はなくなっていた。
陽子は東屋の中を何度も覗き込み安全を確認しながら入ってきた。
「ここで休憩してたんだ。」
日差しが無く、肌寒さを感じた。
「春と秋はいいよ。」
寛いでいるのか麻相の顔はいつになく穏やかだった。
陽子もコンクリート製の椅子に腰かけペットボトルを取り出した。
「夏は蒸し暑いし、冬はマジ寒。」
この山だけが標高が低く北風の通り道になり寒いのは当然だと推察した。
それでもここに通い詰めていた。
勉強以外は達成能力がある、やはり脳筋なんだと陽子は思った。
それでも、誰に褒められるでもなく努力し続けるのが意外に難しい。
よほどメンタルが強くなければできないと陽子は麻相を見直した。
二人は相対してとりとめのない話をした。
そこで麻相は今まで話していない家庭事情について話し始めた。
父親が弁護士に財産管理を委託している。
毎月一定額が自分名義の口座に振り込まれる。
家政婦派遣業者には家事代行費用と食材費が合わせて振り込まれる。
家政婦は月金の勤務のため土日と月曜朝の食事は自分で用意しなければならない。
以前は素行の悪い家政婦にあたり酷い目にあったが今は良心的な家政婦であると。
麻相はそこまで感じていないがコンクリートの椅子はこの時期には過酷だった。
次第に体温が奪われ陽子は悪寒を感じ始めていた。
陽子の異変を察したのか麻相は話を切り上げると二人そろってスロープを下って行った。
陽子はそのまま自宅に帰り、夕食まで問題集を解く。
麻相は途中でスーパーに立ち寄り夕食を買う。
出来合いの総菜かレンチンが基本だと麻相は笑う。
惣菜のプラスチックケースが山積みなので廃棄のために再びスーパーのプラごみ回収箱へ出向く。
そこで明日の朝食を買う予定だと陽子に告げた。
いままで当たり前のようにやってきたことだと軽く話す麻相。
味気ない食事だと陽子は思った。
間もなく冬休み。
年が明ければあっというまに三学期が終わり三年生に進級する。
麻相の成績は及第点取得で精いっぱいだが安定していたので進級はほぼ確定していた。
三年になれば本格的な受験生となる。
陽子はその心構えと準備はできていた。
ただし麻相にはどこまでそれができているのか疑問はあった。
 




