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ep7

土曜、日曜とて暇ではなかった。

土曜日午前中に部活、春と秋の大会、GWの記録会は日曜日にある。

その時間に重ならないように進学塾での講習を2コマ受ける。

進学塾は隣町、池口市の駅前にあるから電車で片路20分。

自宅に居るならば教科書と問題集を開いて予習と反復学習。

さらには筋トレと近くの公園に移動してスプリントの練習。

クラスメートから女子会の誘いがあればカラオケかカフェに付き合う。

さらに麻相の面倒を見なければならない。

幸いにも青田市立図書館は青田駅の目の前にあるから時間ギリギリまで居られた。

あの時の陽子の叱咤が効いたのか麻相はゲームと惰眠の怠惰な生活から抜け出していた。

自発的に勉強をするようになった。

一学期中間テストだけはイマイチだったものの期末テストでは及第点は取れていた。

せめて平均点は取ってほしいと陽子は要求した。

ただし数学は絶望的だった。

図書館の学習室に着くや否や二人は横並びで座れる場所を探す。

時間的に空きがあり、席数が多いのでそれは難しくはなかった。

麻相は数学の宿題に取り組む。

仕切りの向こうで陽子は様々な教科の予習か反復学習に時間を費やしていた。

行き詰ると麻相は陽子を呼ぶ、呼ばれなかったとしても陽子が様子を見にいく。

進捗状況を確認すると声を掛けずに席に戻ることもあった。

麻相の理解力の無さに憤りを感じても場所が場所だけに陽子は声を上げることができなかった。

ストレスを感じるがたった一時間なら我慢のしようもあると陽子は心を鎮めていた。

陽子は3時になると教科書などを片付けて進学塾へ向かう。

麻相はそのまま残り閉館時間まで続けるか、自宅に帰って他の教科を勉強した。


秋の陸上競技地区大会、いつものように陽子は100m走では断トツで優勝した。

タイムは12秒21。

連続で出場した200m走では僅差の二位、25秒74だった。

体重は53kgまで落としたがベスト体重まではあと3kg足りてないことを敗因と考えていた。

半年で6kgの減量が目標だったが、それは無理があると陽子自身も自覚があった。

勉強そっちのけでトレーニングをし続ければ減量はたやすいがそうもいかない。

問題はそれだけではなかった。

体脂肪が減り始めると生理不順が起きる、次に生理が始まると生理痛に悩まされる。

体脂肪が20%以上にできればその問題がなくなることは経験上把握していた。

そのかわり運動能力は落ちる。

いっそのこと体脂肪を15%まで落とし生理を止めてしまえばと陽子は考えた。

生理が止まれば生理痛からも開放されるはずだからだ。

ただし、それを続ければ生殖機能の喪失、ガン発生リスク、骨折リスクが高まる。

遠い将来をとるか、直近の未来をとるか悩みどころと陽子は捉えていた。

そもそもアスリートで生きていくことは考えていなかった。

陸上競技県大会、県立陸上競技場のトラックに立った陽子は胸の高鳴りを抑えきれなかった。

周囲は見えているのに現実のモノとは思えず、映像を見ているような錯覚に陥っていた。

周囲の選手はスタブロを調整し、スタート前のル―ティーンでモチベーションアップをしている。

陽子もつられるようにやってみたがどうにも落ち着かない。

両脇の選手を見るとそぎ落ちた頬、セパレートから覗く腹筋が目に付く。

明確に6つに分かれた腹筋、張りのあるふくらはぎは筋が見えるほど。

見事な筋肉美だと陽子の目には映っていた。

反して自分はそこまで絞りきれていない。

陽子のお腹はかろうじて6つに割れてるが、陰影が薄い。

自身の鍛練不足を陽子は感じていた。

スタブロの後ろでその時を持った。

「on your mark」

スタートラインの手前についた指が震えていた。

~なんで?いつもと同じじゃないの!~

陽子に勝ち目はなかった。


一年の三学期、麻相の進級が確定すると陽子は胸をなでおろした。

それまでの切羽詰まった感がなくなり余裕ができた。

麻相と陽子は世間話をするようになっていた。

その過程で麻相の家庭環境が少しづつ分かってきた。

断片的な話しを継接ぎしていくと麻相は自分の両親に良い感情を抱いていないと感じた。

家庭重視の父親のもとに育った陽子に麻相の心情を汲むことができなかった。

両親不在の家庭はいくらでもあると気休めを言うことは避けた。

下手な言葉をかけると麻相は機嫌が悪くなる。

学業優先、いまは自分の言う通りに勉強を進めてもらいたいと陽子は考えた。

図書館の学習室を利用していたのは麻相と陽子だけではない。

同級生も図書館を利用する、学習室もしかりだ。

麻相と陽子が二人並んで座っているのは何度も目撃されていた。

時折、麻相の背中越しに陽子が教えている場面もある。

いつの頃からか【図書館デート】とささやかれはじめた。

高校二年に進級すると麻相は一人でやってみると陽子に宣言した。

サポートは必要ないというが陽子は一抹の不安を覚えた。

週末に余裕ができることは陽子にとっても嬉しい。

なので麻相の奮起に期待することにした。

麻相は勉強と並行して走る練習も続けていた。

サッカー部を続けることで陽子と肩を並べられるようになりたいと。

元から格が違うので無理があると陽子は思ったが、無下に否定できない。

「頑張っていこう。」

そうやって麻相を励ますしかなかった。

3月初旬以降は図書館に行くことはなかった。

麻相と合うことはなかったがクラスメートからの女子会の誘いが頻繁になった。

ひと時の息抜き、陽子は楽しい時間を過ごせたがそれだけでは済まなかった。

上級生男子からライン経由でデートの誘いを受けるようになったのだ。

陸上部員同志の連絡のためにライン交換してあったがそれ以外の上級生とは交換していない。

陸上部員の誰かから陽子の個人情報が漏れてしまい勝手に登録されてしまったようだった。

無下に断ることもできないが受けることもできない。

部活が~、勉強が~と当たり障りのない理由をつけて断り続けた。

正式ではない方法で個人情報を入手したのだから相手にする気はなかった。


2年生になり新しいクラスになった。

GW前のある日の昼休み、教室入口に麻相が突っ立ってた。

目と目が合うと麻相は声を出さずに口だけを動かした。

ーど・よ・う・びー

右手でピースサイン・・・・・いや【2】だ。

陽子はそれだけで事情を察し小さく頷いた。

土曜日、図書館、二時。

陽子の反応を見た麻相は申し訳なさそうな顔をしてそこから立ち去った。

このやり取りを誰も気が付いていないはずと陽子は周囲を見回した。

麻相の表情を見るにつけやっぱり駄目だったかと陽子は落胆した。

ただ、麻相にどうやって教えればよいか見当はついていたので胸が躍った。


放課後、部活は賑やかだった。

スプリント、長距離ともに有望な一年生が入部してきたこともあり志気が上がっていた。

スプリントは陽子がリーダーとなり練習を取りまとめる事になった。

3年生も陽子の実力を買っていることから異存は出なかった。

ただし、陽子のスプリント力、タイムは伸び悩んでいた。

地区大会でも独走一位がなくなり僅差が増えていた。

麻相は相変わらずだった。

一年間、ボールを追いかけてきたがボール裁きがうまくならず。

麻相と同レベルだったビギナーの二人は知らないうちに退部していた。

サッカー経験豊富な一年生が数名入部してきた。

これにより麻相のレギュラー入りは難しくなった。

退部してもよかったがそれをしなかった。


それからも麻相と陽子は口の動きとハンドサインで週末の予定を連絡するようになっていた。

麻相がスマホを持ち歩く習慣がないのでそれを使っての連絡ができないからだ。

高二の冬になると口も手も動かさずに相手の言わんとすることが分かるようになっていた。

目と目を合わせるだけで分かってしまうのだった。

ーー土曜日、二時、いつもの場所ーー

ーーO.Kーー

ある日は

ーーごめん、日曜日でいい?ーー

ーー問題なしーー

阿吽の呼吸とはこのことかと陽子も感心した。

学習室での勉強を終え、図書館ロビーから駅まで一緒に歩く。

つかの間の雑談タイムになった。

麻相はある疑問があった。

「森本さんは生徒会長にならないの?」

間もなく来年度の生徒会長選挙が行われるが陽子は立候補しなかった。

文武両道、才色兼備の目立つ存在のため同級生、後輩からも陽子を推す声は高かった。

「いろいろとあってね。

部活と勉強でいっぱいいっぱい。学級委員から外れただけでも嬉しいのに。」

そして自分の面倒を見ているのだから大変なのだと麻相は責任の一端を感じていた。

それでも陽子ならやり通せたと思う反面、さらに遠い存在になってしまう事が麻相は嫌だった。

「森本さん、大勢の前で演説するのは得意じゃないよね。」

麻相はいままで陽子を見てきた感想を率直に言った。

全校生徒のような大勢の前で発言すると噛んでしまうところを見つけていた。

「ダメね。そっちは。麻相君はそんなことないでしょ。」

「森本さんがダメならなら俺なんてさあ。」

陽子は一方的に喋ることはなく相手にも話す間合いを作ってくれる。

その間合いができることを麻相は苦手にしていた。

「人前に出たらとんでもなくリーダーシップを取れたりしてね。」

お世辞にしては度が過ぎるがまんざらでもない気持ちだった。

もちろん、その時が来るわけもないと麻相自身が分かっていた。

「やっぱ、一人でやってる方が気楽でいいよ。」

「スプリントの練習もひとりでやってたくらいだからね。」

そこから話題は麻相のトレーニング方法にシフトした。

秘密にしておきたい事だった。

陽子の問いかけに自分のトレーニング方法をついに打ち明けてしまった。

誘いに乗ってしまったと麻相は後悔した。

麻相は話すつもりはなかったと後から弁明したが陽子が異様に関心を示した。

日曜日午後に麻相のトレーニング場所を見る約束を陽子は取り付けたのだった。





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