ep67
陽子の葬儀がしめやかに行われた。
身内だけで行なうはずだったが葬儀場の外には人だかりができていた。
内々の話が外にも広まっていた。
女子大生猟奇殺人事件として報道もされたので青田市の住民には誰が被害者かは知られていた。
葬儀の日程も斎場も隠し通すことは到底不可能だった。
陽子と親交のあった中学、高校の同級生、後輩たち、元担任が参集した。
人数はそこそこに膨れ上がったが父母の計らいで葬儀場内で最後の対面をすることができた。
ある者は真顔のまま、ある者は落涙し、それぞれが別れを惜しんだ。
葬儀場の外では皆が合掌をして霊柩車を見送る荘厳なものになった。
葬儀場内にも霊柩車を見送る列にも麻相の姿は無かった。
陽子の父母からは親族と同格、あるいは友人代表としての列席を求められていた。
葬られるのは陽子の肉体だけであり陽子の精神体はいつも麻相と一緒である。
そんな違和感もあり麻相は葬儀への出席は断っていた。
自分の葬儀に出席するのを陽子が嫌がったせいでもある。
ただし葬儀の前夜、通夜には陽子の肉体と対面し麻相瞬としての誠意は尽くしていた。
猟奇殺人の被害者の葬儀をマスコミが取材に来ていたが特段の混乱はなかった。
猟奇殺人事件として青田署に捜査本部が設置され、現状報告がマスコミ向けに行われた。
司法解剖の結果、死因は内臓器損傷による失血性ショック。
使用された凶器は先端が尖った棒状のものとだけマスコミには公表された。
直径6~8センチの金属製であることまでは分っていたがそれは公表はされなかった。
第一発見者の麻相への事情聴取の際にもその事は伏せられ何度もカマを掛けられた。
麻相が犯人であれば凶器の特徴なり形状なりを口にするはずとの目論見があったからだ。
麻相は動じる事なく学生会の木村なにがしがナイフで刺したの一点張りで押し通した。
ファーストインプレッションのみで答えなければならない。
陽子の記憶を共有しているだけに余計な一言を発しそうになるがそれでは自分の立場を危うくする。
知っていることをすべて話せないもどかしさが麻相にはあった。
そんな場面で口ごもるのを百戦錬磨の刑事たちが見逃すはずもない。
何かを隠していると勘繰られていた。
陽子は刑事たちの心の奥を見透かし誘導されないよう麻相に囁いたために難を逃れていた。
肝心の凶器が現場付近周辺から発見できないことに警察は焦りが出ていた。
麻相から凶器の行方をほのめかす供述が得られず捜査は混とんとしていた。
恋愛感情のもつれと単純に考えていた警察の目論見は外された。
白鷺公園にほど近いコンビニの防犯カメラの映像データが押収され警察にて回析された。
それぞれの行動が時系列順に判明した。
5時50分ごろにバットケースを携えた男が白鷺公園方向に歩いていく姿が映っていた。
6時20分ごろに自転車に乗った女性が通過。
6時35分ごろに自転車に乗った男性が通過、相当な速度だったため鮮明な画像ではなかった
コンビニ前を通過した人物はそこまでで、他には近隣住民が来店したのみだった。
以後は救急車の往来のみ、コンビニへの客はまばらにあったが犯人と思しき人物は通過していない。
消防署へ通報が6時41分、救急車現着は6時54分、要救助者搬送開始7時01分。
池口市民病院着7時17分との記録が青田市消防署に残っている。
麻相と陽子のスマホも押収されてラインのデータとGPSログが回析された。
GPSによる移動記録はコンビニ防犯カメラの記録時刻と同じだった。
ラインのやり取りでは麻相と陽子はデートの予約と旅行についての情報交換。
陽子は学生会への参加に否定的だったこと、役員を断る旨を麻相にしていた。
木村から陽子に当てたラインには学生会役員就任の打診とアポ取りの連絡のみだった。
木村からの一方的なアプローチであり、陽子は結論を先延ばしにしていたことが明らかになった。
このことから陽子と木村は特段に親しい間柄ではないと断定された。
学生会役員就任を断られた木村が発作的に陽子を殺害したとの見解に傾いた。
ただ、普段の木村の言動や行動は穏健そのものであり発作的とはいえ人殺しをするような人物ではない。
木村の両親、友人、学生会役員、大学関係者も同様な証言をした。
木村の単独犯行なのか断定できず、麻相と木村の関係も怪しいくなっていた。
麻相と陽子の父とのラインのやり取りは契約書に関する質問と読み解き方。
麻相と陽子の仲について父親から苦言を呈されることは無かったと確認されたのみ。
直接の聴取に際しても父親は娘の交際には口出しをしていないと言及した。
麻相は将来を期待できるとも評価していたために麻相への風当たりは幾分かは弱くなった。
そのために陽子との交際を否定された麻相の犯行との見方が出来なくなっていた。
事件後に行方をくらませた木村龍二が重要参考人とされた。
実家をはじめとして立ち回りそうな場所を捜査員が当たったが足取りはつかめない。
全国に指名手配するとの説明が陽子の父母にあった。
麻相への嫌疑は薄くなったが完全に晴れたわけではない。
麻相は何度か警察に出向き事情聴取に応じたが答える内容は毎回同じだった。
任意の聴取のためそのまま帰れると思いきやそうはかなかった。
麻相には身元保証人が居ないことを警察側がやたらと気にしていた。
法的な縛りがない慣例的なものとはいえ警察機構にとっては必要としていた。
近くに住む親族は居ても交流がないため頼めないと麻相は弁明した。
念のためと母方の実家へ警察から連絡を入れたがけんもほろろな返事だったという。
弁護士との契約は満了していたので身元保証人をタダで引き受けてはもらえない。
ぐだぐだと御託を並べる警察に麻相は呆れ果てていた。
埒があかないとばかりに念書を書きようやく帰宅することができた。
無用な遠出、外泊も旅行も自制する、必要があれば申告するとの約束だった。
窮屈な生活になると覚悟を決めたが普段の生活はアパートとスーパーを往復するだけの毎日。
特に旅行するでもなく外泊することも無かったため気になるものではなかった。
陽子にとってはアパートでの生活は新鮮味に溢れていた。
なによりも{男子と同棲}なのである。
興味津々とばかりに麻相の生活パターンを観察していた。
男の一人暮らしのズボラさを想像はしていた。
それでも我慢ならない部分を陽子は指摘し、注意した。
ーーだあ~かあ~らあ~、乾いてないうちに仕舞い込んだらカビが生えるってーー
「いいじゃん、俺が着るんだから。」
ーー私も着てるの。気持ちが悪いから止めてよーー
初めは陽子に従っていた麻相も次第に我慢ならずに反抗した。
「細けえなっ!体育会系はそこまで気にしないだろが!!うぜえっ!!」
ーーウゼエとか言ったなっ!!このカビ男がっ!!ーー
夫婦喧嘩だった。
自分の至らなさを自分で指摘し、それに自分が逆切れをする。
一人二役の異様とも滑稽ともとれる光景になっていた。
バイトでは陽子の知識と割り切りの良さ加わり手際よく仕事をこなせるようになっていた。
麻相の体の動きの過不足を陽子が修正したことによる影響も大きかった。
むしろ麻相の体の使い方のぎこちなさ不器用さに陽子が焦れていた。
ーーもっと動けるでしょ!ーー
麻相の体を借りることが出来れば色々とやれると陽子には自信があった。
生理痛に悩まされないのも陽子にとっては新鮮であり爽快そのものだった。
その反面、男子の性欲にはドン引きした。
分かっているつもりでも間近で接すると想像を超えていたため陽子は驚愕した。
麻相の記憶をたどると陽子をオカズにしていた事がわかり呆れ果てた。
過去のトラウマと麻相の思惑が重なり陽子の前では我慢し続けていたのだ。
嬉しい反面、情けない気持ちが入り混じっていた。
生身の肉体が無い今となってはどうにもならないと陽子は思った。
そんな生活が二週間ほど経過したころ、陽子の父親がアパートに尋ねてきた。
麻相の身元保証人になりたいとの申し出だった。
さらには森本家での同居までも勧めてきたのだった。
麻相は丁寧に断った。
それでも父親は諦めずに麻相を誘い続けた。
母親も同居に賛成しているとラインで送ってきていた。
麻相は訝しがった。
陽子が力で語りかけ意識誘導したのではないかと疑ったのだ。
陽子ははっきりと否定した。
陽子は陽子でこの生活、新婚生活を楽しんでいると宣った。
父親の誘いは麻相の事を考えての事で他意はない。
同居を考えてもよいのではと陽子は提案した。
麻相はそれほど深く考えるでもなくアパートを引き払い、森本家へ転がりこんだ。
森本家では陽子の部屋をあてがわれた。
陽子は部屋にあった衣類や身の回り品の処分を承諾したのだが麻相は手を付けなかった。
部屋の模様替えはしないと麻相は誓った。
アパートで使っていた衣装ケース三つとコートスタンドだけが荷物として持ち込まれた。
陽子にとっては今まで通りの生活空間だったが麻相には全く違う生活の始まりだった。
一人だけの気ままな生活から常に同居人がいる生活は新鮮でもあったが煩わしさもあった。
朝夕の食事は母親の手料理になったことで麻相が台所仕事をするのは激減した。
平日の昼食はスーパーの弁当で済ます事もあれば{陽子の指導}で作ることもあった。
土日曜日の昼食はかねてより父親と陽子が交代で作ることになっていた。
麻相は自分意外の誰かに料理を振舞うはめになり新鮮だが緊張する場面だった。
麻相が居候したことに双方に途惑いがあり遠慮がちでもあった。
何よりも麻相の振る舞いがカルチャーギャップにもなっていた。
そんな折に陽子が囁いて指導し麻相が行ないを正していくことが間々あった。
麻相の存在が軽く家庭内騒動になることもあった。
それを目の当たりにした陽子は父母の真意をくみ取った。
悲しみに暮れている暇を無くしたかったのだと。
麻相の身を案じたことに偽りはないが喪失感を埋めるために招き入れたのだ。
ただ、麻相の同居話が伝わると陽子の兄は不機嫌になったという。
妹のカレシというだけで婚姻関係にはなっていない。
血の繋がらない同性を自宅で匿うことに賛成してはくれなかった。
それは麻相の過去を知っていたことも原因だった。
元不良少年が妹のカレシであり、そのカレシの身元保証人を父親が引き受けた。
これに我慢ならなかったようだった。
あらゆる疑問を父母に投げかけ翻意を促してきたが暖簾に腕押しだった。
年に2回程度しか帰省してこない兄の意見は無視する形で父母は押し切ったのだった。
日にちが経つにつれ麻相の仕事ぶりに磨きがかかった。
脱バイト、正規雇用との噂が聞こえて来ていた。
真面目で皆勤であることから夕方からの仕事をも依頼されると麻相は快諾した。
早朝に出勤し昼前はいったん帰宅、夕方5時には再度出勤し8時まで片付けと清掃作業。
ゴミの片づけであり嫌気がさして辞めてしまう者もいるため人の入れ替わりの激しい。
そんな職種だと後で知ったのだがその程度での事と麻相は割り切っていた。
虐げられた過去の境遇からすれば今は恵まれている。
仕事内容については話し合いのうえで進めていく連帯感と充実感があった。
仕事が終われば労いの言葉を掛けてくれる。
辛い過去は今現在の糧になっている、過去の自分が今の自分を励ましてくれている。
そして陽子も励ましてくれている、いろいろと煩い面はあるが心強かった。
そんな中で麻相自信が考えてもいない変化が出てきた。
午前の仕事を終えての帰宅、昼食を挟み再出勤の5時までは手持無沙汰になる。
暇つぶしが必要だった。
いまさらゲーム機を買い込む気は無かった。
配信動画は見始めるとのめり込みすぎて出勤時間を忘れる。
他に何かないものかと陽子の部屋を探しある物を見つけた。
陽子のデスク周辺には大学受験時に使っていた問題集が残されていた。
陽子の習慣が伝染したのか暇があれば問題集を解いていた。
難解すぎたら途中で放り出せばよいと軽い気持ちで考えていた。
超難問ばかりのはずが麻相自信が呆れるほどに回答が分かるようになっていた。
期日を設定されて急かされているのではなく気楽に取り組んでいたのも功を奏した。
陽子はそれを静観していた。
麻相が投げ出しそうになると陽子が助言して解に導く。
そんな日々が続いていた。
麻相がバイトから帰宅するとリビングテーブルには書物が置いてあった。
一冊はビジネス向け会話術、もう一冊は経済動向の読み方と銘打たれていた。
父親がかつて読んでいたもので入門書の類だと陽子が言及した。
普段は寝室の書棚に入れてあるが父親は折を見て読み返してはいた。
リビングに放置することはない、そもそも母親が注意する。
これを読んでおけとの暗黙の指図と麻相は受け止めた。
せっかくではあるので時間が許す限り目を通すことにした。
内容が頭に入ってこない箇所が相当にあり麻相は困惑しながらも読み続けた。
読むだけ読んでおけばいつか思い出せる、役に立つこともあると陽子は言った。
その二冊を自室に持ち込み帰宅後と就寝前に目を通すことにした。
父親には借りていることを伝えた。
「頑張りなさい。」
顔を緩めて短く返事をしたのみだった。
前向きな麻相に父親は喜んでいると陽子は伝えた。
時間の経過とともに森本家での麻相の存在に違和感が無くなった。
むしろ麻相の所作が陽子のそれに似てきた。
父母が遠慮なく麻相にものを言い、麻相も聞き入れるばかりでなく時には反論したりもした。
あれこれ言われる煩わしさよりも自分を思っての言及に親近感を抱き始めていた。
ーーこれが親子というものなのかーー
祖母と暮らしていた時分とは違う柔和な雰囲気に包まれていた。
そしていつも陽子が傍に居ると麻相は感じていた。
卒業式に撮ったツーショットのイメージのままに感じていた。
陽子がそのように感覚をコントロールしているとも思えない。
それでも肩と肩が擦れ合う感覚がいつも付きまとっていた。
それは毎晩、寝る直前に陽子のスマホを操作しあの日のツーショットを眺めるからかもしれない。
ーーおやすみ。明日も頑張ろうーー
保険会社から通知があり火災保険金として2千万円が麻相瞬の口座に振り込まれた。
白根町四丁目のクレーターの埋め戻しの進捗状況は50%のとなり10月末に完工予定と連絡があった。
隣地との境界杭の確認があるので継承人としての立ち合いを求められていた。
それが済み次第、弁護士は不動産屋と折衝を行う手筈になっていた。
閑静な住宅街であるため高値で売れると弁護士は太鼓判を押していた。




