表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/69

ep66

陽子の体は池口市民病院へ緊急搬送された。

青田市内ではこのような重症患者に対応できる医療施設がないためだった。

直ちにHCUに運び込まれたが死亡確認がされただけだった。

麻相も救急車に同乗してきており池口市民病院に居た。

目元を真っ赤に腫らした麻相は霊安室前のベンチに座っていた。

膝あたりを真っ赤にしたデニムパンツ、血のりの残った掌はそのままだった。

事件性ありと連絡を受けた青田署と池口署の刑事が傍らに立っていた。

その場でいくつか質問を受けたが{麻相が分かっている範囲}でのみ答えた。

陽子の記憶をもとに答えると麻相の立場が危うくなるので陽子はあえて記憶を封印していた。

少し遅れて陽子の父母が駆け付けた。

霊安室内で陽子の遺体に対面し医師と刑事から説明を聞くと悲嘆に悲痛な声が聞こえてきた。

霊安室から出てきた父母に麻相は土下座をして謝った。

「ごめんなさい。ごめんなさい。もっと注意してれば、こんなこと・・・・・・」

悲痛な叫びだった。

呆然と立ち尽くす父母を見ることが出来ず麻相は床に頭をこすりつけた。

「顔を上げろ。話を聞こう。」

父親が湿った声で言い放った。

母親はむせび泣きをしていた。

それでも麻相は平伏したまま鳴き声にも似た声で謝り続けた。

そこに刑事が割って入り先に両親から話を聞きたいと言って来た。

促されるままにその場を離れようとした父母は不意に辺りを見回した。

お互いに顔を見合わせて不思議そうな顔をしていた。

その視線は霊安室に向けられた。

母親は慌てて霊安室は駆け込んだ。

陽子の名を呼ぶ声が静かに聞こえてきたがそれは一度きり。

遺体に変化がない事を見届けただけで廊下に出てきた。

父親は母親と顔を見合わせた。

「聞こえた?」

父親は囁くように母親に尋ねた。

母親は目頭を押さえながら頷いた。

刑事に抱きかかえられ麻相はベンチに座った。

父親はそんな麻相の仕草を眺めて居た。

ーー今、テレパシー飛ばしたな?ーー

ーーちょっとは聞えたみたいねーー

陽子は悪戯もかねて父母に語り掛けた。

力を持たない者には感受してもらえないと分かってはいた。

物は試しと陽子はテレパシーに語り掛けたのだった。

刑事に誘われて父母は離れたベンチに向かった。

麻相は項垂れたまま視線をおくるのみだった。

向こうのベンチからは刑事の声と父親の声が交互に聞こえてきていた。

時おり母親の声も混じる。

話し声は聞えるが内容までは伝わってこなかった。

しばらく話し声が続いていたが次第に父親は声を高めた。

「何を言ってるんだ!」

診療時間の終わった病院内にその声が響き渡った。

「落ち着いてください。」

刑事がなだめるが父親は憤懣やるせないと言った面持ちで麻相に視線を送った。

その後も質疑応答が続いた。

父親はいつになくハイトーンの声音で答えていた。

しばらくして一息つきたいとの声だけははっきりと聞こえた。

ーー怒ってるーー

陽子の声に麻相は顔を上げた。

通路の向こうに居る刑事と父母を見やった。

父親は立ち上がると刑事を見据えた。

「娘を解剖することは承知した。あんたらの思い通りにすればいい。」

父親は顔をそむけると霊安室前に戻ってきた。

母親も付き添い、その後から刑事が付いてきていた。

「あんたらは疑っているが根も葉もないことだ。これは間違いない。」

父親は吐き捨てるように言った。

「日を改めてまたお聞きすると思いますが、その時は。」

「気のすむまでやればいい。付き合ってやるよ、いつでもな。」

刑事の言い分がよほど癪にさわったのか鼻息も荒く麻相の元へ戻ってきた。

その刑事は別の刑事に何事か告げると通路の向こうへ消えていった。

別の刑事は麻相の傍らに居続けたがその挙動からしても見張っているようだった。

麻相にやましい事がありこの場から逃げ出すと勘繰っている。

陽子はそう囁いた。

父親は麻相の隣へ母親を座らせた。

父親は麻相の目の前にしゃがみ込み目線を合わせた。

傍らの刑事を無視するのかごとく父親は話しかけてきた。

「今晩、陽子と晩飯の約束をしてたんだってな。」

麻相は黙って頷いた。

「夏休みは旅行に行くつもりだったのか?」

一瞬、躊躇したのちに頷いた。

陽子も父親の言及に驚きを隠せなかった。

「陽子のカバンには東東京の旅行パンフが入っていたそうだ。」

トートバッグの中身を警察が検分し父親の教えたのだと陽子は理解した。

「麻相君も同じパンフレットを持っていた、自転車の前かご、間違いないよな?」

口を真一門字に結んで麻相は頷いた

「バイトをするとは聞いてたが、旅行のためだったのか。」

感情のこもらない声音だった。

秘密に事を進めていたことを追求されていると麻相は推察した。

「申し訳ありません。」

その一言を言うのみで言い訳が出来なかった。

「謝る必要が何処にある。」

父親の柔らかな言動に麻相は虚をつかれた。

それは陽子も同じだった。

「白鷺公園を待ち合わせ場所にしたのは学生会の奴だって?」

「陽子さんからラインでそこだって。」

「物騒な場所だと麻相君は言ってくれてたんだよな?」

「はい。」

「その待ち合わせの場所へ行った。陽子は刺されてもう倒れていた。間違いないな?」

「はい。」

「麻相君と会う前に学生会の奴と会ってた、なら犯人はそいつだな。」

父親は結論づけた。

「いえ、まだそうと決まったわけではありません。」

傍らの刑事がたしなめた。

父親は大きくため息をついた。

「なら、誰は犯人だ?学生会の奴の素性は分ってるだろ?どこに居る?」

父親は刑事を見上げて睨みつけた。

「凶器は?」

「捜査中です。」

「スマホの通信記録、回析してんだろ?」

「捜査中ですのでお答えできません。」

「言っとくが、麻相君は違うからな。」

父親は麻相の肩を軽く叩き、刑事が疑いの目を向けていることを示唆した。

「麻相君が犯人であるもんか。」

父親の視線は再び麻相に向けられた。

「調べれば疑いは晴れる。心配いらない。」

それはまるで父親が自身に言い聞かせるようでもあった。

ーー父さん、信用してくれてるーー

意外な進展に陽子は驚いていた。

それは麻相も同じだった。

「そっか。陽子と旅行か。大人になったよなあ。」

麻相の肩を揺すった。

血で染まった麻相のデニムパンツを目にして父親は目を伏せた。

「陽子の顔を見たか?」

父親の問いに麻相は頷いた。

「幸せそうだった。君が傍に居てくれたからだよな。」

その語り掛けに麻相の感情は揺すぶられた。

「あい。」

涙声になっていた。

陽子の精神体が同居する麻相の心中は複雑だった。

どちらの感情を優先するべきかで迷いが出て来ていた。

「辛いよな。辛いだろう。俺はもっと辛い。」

父親は涙声になっていた。

横で母親はむせび泣いていた。

ーー泣かないでーー

陽子は思わず語り掛けた。

父母は顔を上げてた。

涙目のまま病院内の壁、天井、通路をくまなく見まわした。

何度も顔を見合わせると麻相の顔を覗き込んだ。

麻相は視線を逸らした。

視線を合わせれば陽子の(テレパシー)が発動する。

父母の悲しみを知ることになり麻相はいたたまれなくなる。

それは陽子も同じであり、それは避けたかった。

その仕草を見て父親は目を細めた。

父親の思念を感じ取った陽子は心が締め付けられた。

相手の思考を言い当てるのが幼少期の陽子の癖だった。

それをやめるよう父親は度々注意していた。

それ以降の陽子は相手から視線を逸らすようになった。

今の麻相の仕草を陽子のそれにそっくりだと父親は見ていたのだった。

ーーそうなの?ーー

陽子への問いかけだが口をついて出そうになった。

ーーそうかもーー

陽子は改めて記憶をたどり麻相に説明をした。

ーー相手の本音を知りたい時だけ目を見て話したかなーー

それは以前から陽子が言及していたことと符合していた。

父親は麻相の目を凝視し続けたが麻相は逸らし続けていた。

先ほどの刑事が戻ってきると傍らの刑事に耳打ちをした。

「お父さんお母さんは手続きがありますので残ってください。」

「麻相君は送っていきます。」

「麻相君、明日、青田署で詳しく話が聞きたい。来てくれるかな?」

「明日は・・・・午前中はバイトなので・・・・昼からなら・・・・・」

そこで麻相は口ごもった。

「あ、出頭です、よね?強制だからこっちの都合は二の次でしたよね?」

「これは任意だから。君の都合がよければ、でいいよ。」

「カノジョがああなってバイトできるの?」

質の悪い問いかけだと麻相は憤慨した。

その問いにはしっかりと答えておくべきと陽子が囁いた。

「仕事にならないかもしれません。でも、ですね、自分の責任は果たすべきですよね?」

麻相の言葉には力がこもっていた。

「俺が休むと他の誰かに迷惑が掛かります。自分の事情よりも周りの都合を優先したらダメですか?」

「そんなことを言いたいわけじゃなくて・・・」

刑事の言葉を遮るように麻相は続けた。

「カノジョが殺されたのに何食わぬ顔でバイトに行く、そんな奴は犯人に違いない。そう思ってるんですよね?」

行動上の矛盾をついて詰問し、自白させる、そんな警察のやり方を麻相は嫌っていた。

「いや、そうじゃない。感情的にならないで。」

屁理屈を並べて畳みかけてくるのが警察の常套手段であることも分かっていた。

もう一人の刑事が傍らの刑事に耳打ちした。

それを察し麻相は深呼吸をして身構えた。

「そっちの人、俺が高崎グループのメンバーで補導歴ありって、今言ったでしょ。」

強い口調になっていた。

麻相の感情に陽子の感情までもが上乗せされたものだった。

刑事の脳裏を覗き込みその思惑を把握した陽子は苛立つ感情を抑えていた。

さらには麻相がこれ以上にエスカレートしないようなだめにかかっていた。

ーー相手の術に嵌りかけてるよーー

ーーやっぱな。やられたーー

麻相の気持ちは急速に鎮静化していった。

青田署の刑事は思惑を言い当てられて顔色を無くしていた。

「麻相君、やめなさい。」

父親から窘められ麻相は黙り込んだ。

「今日はうちに帰りなさい。辛いのはみんな一緒だ。とにかく休みなさい。」

父親は穏やかに諭すと背筋を伸ばした。

麻相も立ちあがるよう促しその尻を軽く叩いた。

「最期を看取ったのが君でよかった。あんな安らかな顔なんだから。」

父親は落ち着きを取り戻していた。

「あの、俺の事、本当に疑ってないんですか?」

「それはない。」

父親は断言した。

「陽子が悲しむ事を麻相君がやるとは思っていない。」

麻相を信用しきっていると言わんばかりだった。

ーー父さん、ありがとうーー

陽子は呟いた。

「あ、この麻相君とはラインでやり取りしていた。データが欲しけりゃ提供する。」

父親はやましいことはないと刑事に向かって宣言した。

「それは後ほど。」

「さ、送って行こう。」

麻相は父母に頭を下げると刑事に従った。

「あ、麻相君」

母親が呼び止めた。

潤んだ目のまま麻相の顔をしげしげと見つめていた。

「なんでもない。ありがとね。」

母親は麻相の後ろ姿を目で追っていた。

まるで陽子の外出を見送るようだった。

車に乗せられた麻相は陽子の実体が喪失したことを改めて噛み締めていた。

それと同時に頭が半分に割られたような錯覚を覚えていた。

陽子の精神と思考が同居している違和感がありつづけた。

陽子の存在自体は歓迎したいのだが違和感が強く時おり吐き気すら覚えた。

ーー森本さんが嫌いなわけじゃないーー

麻相は全否定を繰り返して陽子に詫びていた。

ーー気にしてないよ。頭が混乱してるだけだからねーー

陽子は麻相程の違和感を感じていなかった。

自身の実体がないことが最大の要因だと捉えていた。

むしろ麻相の精神体との同居に親和性を感じていた。

麻相との邂逅の際に感じ続けていた何かに惹かれていたのは間違いない。

それは友情なのか愛情なのかはわからないが希望が叶ったと考えていた。

麻相はまだ違和感を感じているがいずれは親和できると陽子は確信していた。

ーー今日が二人の誕生日ーー

麻相の心が幾分か晴れていくのを陽子は感じとっていた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ