ep64
西の空はまだ明るいが上空は暗転し黒色へ変わってきていた。
雲はわずかにあるだけ、星がいくつも見えていた。
暗がりの中、公園中央のオブジェは街路灯に照らされ異様な雰囲気を醸し出してた。
人形のように身動きしなくなった木村は恐ろしいほどに冷たい表情になっていた。
陽子は動きを封じられ困惑していた。
見えない力で抑え込まれ首すらも動かせない。
背後に何の気配も感じない。
この見えない力はテレキネシスだと陽子は悟った。
この力は木村から発している。
そう解釈しなければこの状況は説明できなかった。
なぜ木村がこんな事をするのか理解できなかった。
そもそも木村が力を持っていることが想像を超えていた。
みぞおちからは痛みとともに熱を感じ始めた。
身体に異物が浸入したことへの免疫作用による発熱だ。
出血は今のところないようだ。
腹筋を動かせば傷口が広がりたちまち出血する。
この期に及んでこんな状況分析は必要ない。
危機感がないと陽子はその思考を振り払った。
この状況から抜け出さなければならない。
まずは木村の本心を知る必要がある。
木村は目を伏せていた。
陽子に脳裏を覗かせないようブロックしていた。
それは初めて会った時から今日まで同じだったと陽子は今更ながらに思い返した。
今、このときの凶行のための伏線だったのか。
なぜそんなことをするのか本心を知りたかったが思念が漏れてはこない。
ならばボディタッチをして直接相手の思念を感じ取れればいい。
右手を伸ばそうとした時だった。
「そんなことをしなくても教えてあげるよ。」
木村は無表情のまま呟いた。
「えっ?」
陽子は戸惑いつつも手を引っ込めた。
手を動かしただけでもみぞおちに痛みが走り、陽子は顔をゆがめた。
「だいたいさあ、お前ら、邪魔なんだよ。」
いきなりぞんざいな口ぶりに変わった。
誠実さのかけらもない横柄な口ぶりだった。
「邪魔?お前らって?私たちのこと?」
学生会の職務を遂行する上で一般学生は障害になるとでも言いたいのか。
愚痴を言いたいとしても相手を間違えている。
そもそも他人を傷つけてよいわけがない。
木村は精神を病んでいるのかもしれないと陽子は思った。
「東のあいつも邪魔。麻相もそうだ、ほんとに邪魔。」
いきなりの事に陽子は虚をつかれた。
木村の口からその名が出るとは思いもしなかった。
カレシの存在は知られていたが麻相の名前までは知らないはずだった。
「でっかいパワーを持ったら手に負えないから今の内に殺しておくんだよ?」
笑みを浮かべたかと思えば無表情にと表情の変化が激しい。
「あんたと組まれるともっと嫌だから、どっちか死んでよ。」
木村は躁うつ病かもしれない。
精神を病んでの犯行だと陽子は危機感を覚えた。
「あんたたちを野放しにしとくと俺たちのやること、邪魔する。死んでよ。」
「やる事?何?何がやりたいの?」
陽子の問いかけに木村は黙りこんだ。
「人を傷つけてまでやる事なの?変よ、木村さん、変。」
「変はお互い様でしょう。変な力を持つ者同志じゃないの。」
陽子は絶句した。
やはり木村も力を持っていて自覚もしている。
さらに陽子にも力が備わっていることを知っている。
「どうせ、あんたは死ぬ。少しでも長く生きて居たかったら動くなよ。」
死の宣告ともとれる言い草にたじろいだ。
「死ぬ?木村さんもタダじゃすまないわよ。」
「大声出してもいいよ。ここからじゃあっちの家まで届かない。
大声を出すと傷が大きくなって血がたっぷり出るよ。やめなよ。」
話が微妙にかみ合っていないようだった。
病のせいなのか思考が働いてないのか他人の話しを聞いていないようだった。
喋っている間に動いていたのは口だけで表情に変化はなかった。
人間でもなければ動物でもない、何か異質なものが目の前に居るとしか思えなかった。
もうすぐ麻相がここに来る。
麻相ならば木村を何とかしてくれると陽子は期待した。
「期待してもダメだよ。あんたはここで死ぬ。
麻相の目の前であんたをズタズタにして殺すんだあ。麻相はどうなるかなあ。」
ようやく木村の真の目的がに気が付いた。
目の前で陽子を殺された麻相は暴走し【滅波】を発現させる。
その反動で麻相は精神が崩壊し植物状態になる。
その麻相を治癒できる唯一の人物、陽子はその時点で死んでいるので麻相は復活しない。
麻相を無力にさせる、あわよくば殺すことが木村の目的だと陽子は悟った。
そうなったとして木村自身も滅波により消滅することになる。
それでは元も子もないのではと陽子は思った。
「そんなことはどうでもいい。俺が居なくなりゃ別の誰かがやる。」
脳裏を覗かれたと陽子は絶句した。
木村には力もあることに陽子は驚愕した。
自分の思念が漏れているのか木村の力が強力なのか陽子には見当がつかない。
ならば考える動作を捨てれば思考が悟られることはないと陽子は思った。
木村は自身の死や消滅を恐れていない。
これはおよそ生物の考えることではない。
木村の正体は何か、人の心を持たないナニモノかであるのは間違いないと陽子は思った。
もはや学生会の激務で精神を病んだとかではない。
別の人格が殺人を愉しんでいるだけだと陽子は恐怖を覚えた。
こんな奴を相手にしていられない。
麻相が来る前に手を打たなければと陽子は焦りを感じた。
早くしないと麻相が来てしまう。
このままでは木村の思惑通りに事が進んでしまう。
それだけはどうしても避けたいと陽子は思った。
陽子の力、テレパシーではこの状況からは脱しきれない。
麻相の様な力を持っていれば木村を遠くへ弾き飛ばせる。
その力が備わっていないことが悔しかった。
木村をここから遠ざける方法を思案していた。
―遠くへ?ー
あの時、テレポートが出来たことを陽子は思いだした。
見田小学校体育館から信用金庫会議室までを一瞬で移動できた。
もし、あの力を出せるなら木村を遠くへ移動させられる。
しかしあれは偶然に出来たことで意識して出来たわけではない。
あの時はどうしたのか、なにを考えていたのかと記憶をたどった。
「何を考えている?無駄だ。やめとけ。」
木村は冷ややかに言い放った。
見田小学校体育館の裏手で麻相の居場所を探していた。
その場所へ行きたいと強く願った。
今、探るべき場所は遥か遠く、二度と戻って来れない場所がいいと陽子は考えた。
そんな場所は思い当たるわけもない。
脳裏に浮かぶのは自宅マンション、青田高校、国立大本校舎、麻相の自宅・・・・他にはない。
ーー空の上だ。ずっと遠くのーー
不意にどこの誰かもわからないが声が聞こえてきた。
麻相とも田端や牧とも違う、今まで会ったことのない男性の声だった。
ーー宇宙、ですか?ーー
陽子は木村の背後に視線を注いだ。
そこに雲の上をイメージした。
麻相の背中から見た夜空にも似ている。
何もない空間に思いをはせた。
ーーそこへ連れて行ってーー
あの時以上に鬼気迫る思いで強く念じた。
ーーそこへ連れて行って 今ここからーー
みぞおちの痛みを無視し体を硬直させた。
体全体が熱くなっていた。
体全体から発した熱は脳裏へ集まり前へ前へと抜け出していく。
その熱は気となり木村の背後の一点に集まっていった。
暗い道路の上に陽炎が立ち始めると中から光環が出現した。
その光環は木村の背後を覆い始めた。
木村は横目で光環を発見した。
「な、な、なにし、しやがるっ!!」
情況を把握した木村はようやく表情を崩して憤怒を浮かべた。
力まかせにブロンズ色の円錐を前へ押し出した。
「ぐっ!」
薄暗がりの中で鈍い光を放つ円錐の先端は陽子の背中から突き出した。
トートバッグが肩からずり落ちた。
陽子の腹部には生暖かいものが流れ出していた。
腹部の激痛に陽子は眩暈を感じた。
ーまだ、まだ頑張れるんだよね、私ー
気が遠くなるのを抑え込み両手で木村の胸をつかんだ。
両腕にありったけの力を込めると木村を突き飛ばした。
木村は光環の中に身を投じられた。
に瞬く間に光環に飲み込まれていく。
両腕に抱えられたブロンズ色の円錐も光環の中へ埋もれていく
声にならない奇声を発し驚嘆の顔は光にうもれ、陽炎のように消えていった。
光環も陽炎も消え失せ、そこに誰が居たのか痕跡すら残らなかった。
透明のブリーフケースと紙袋はその場に残されていた。
横たわったトートバッグに向けて血が流れ込んだ。
陽子の足からは力が抜けその場にへたり込んだ。
喉の奥に血の匂いを感じていた。
下腹部に生暖かい感触はあるが、それは次第に冷たくなっていく。
腹部の痛みは脈動を伴い痛みが強くなっていくだけだった。
上体を起し続けることに耐えきれず横たわった。
大声で泣きわめきたかったが腹に力が入らず声を出すこともできない。
呼吸をするにも痛みが走る。
背中は冷たい物に浸っている感覚だけがあり辺りに血の匂いが立ち込めていた。
腹に大穴が空いた。
出血も多い。
ヒーリングしようにもその気力が無かった。
ーこりゃ、無理だわー
陽子は死を覚悟した。
もうすぐ麻相が来る。
麻相がどうするのがよいのかと陽子は思案した。
この後に麻相に降りかかる災禍を最小限にするには何が最良なのか陽子は考えていた。
死期が迫ると過去の出来事が走馬灯のように思いだされるなんて嘘だと陽子は思った。
こうして麻相の事を考えている。
それは腹部の痛みを忘れるほどだった。
ーー麻相君、速く来てーー
意識が無くなる前に麻相との再会を望んでいた。
それは今までにないくらいに{切望}と呼ぶに相応しかった。
目線の先には公園中央のオブジェが映っていた。
ーそういうことー
この企みは二段構えだったことを陽子は気が付いた。




