ep63
作者談:気が重い。
木村からは不定期にラインが来ていた。
アポ取りのためだったが既読だけ付けて返信はしなかった。
学生会に興味はあったが参加する気は失せていた。
断わる口実とタイミングを見計らっていた。
学業を優先し自宅学習に時間を作ること、麻相とデートもしたい。
旅行費用を稼ぐためのバイトの時間も必要だった。
それらに時間が割かれるため学生会の活動に費やせる時間は無くなる見込みだった。
バイトが始まってから木村には返事をしても良いと陽子は考えていた。
木村は非常に人当たりがよく気さくな人柄、人格的に敵を作らないと映っていた。
しかし思念が伝わってこない、完全ブロックの状態が気になっていた。
心の奥底に思うところがあるから脳裏を覗かせないようにしていると陽子は思った。
当たり障りのない断り方をするには相手の思考を汲み取り反映するしかない。
木村がの心境を探ることが出来れば返事のしようがある。
それが出来ないならこちらの都合を優先し一方的なゴリ押しをするしかない。
学業とバイトが忙しいで押し通すしかないと半ば決めていた。
手近な所でバイトに応募してみた。
駅前のファーストフード店には背丈を理由に断られた。
1m69cmは並の男性と同じかちょっと高目、威圧感を感じると言われた。
そんな理由で断られるとは陽子は意外に感じた。
逆に背丈が売りになるバイトもあるはずと視点を切り替えて応募することにした。
麻相は清掃のバイトにも徐々に慣れて来ていた。
仕事中のONとOFFの切り替えができるようになったのが大きいと麻相から報告があった。
アパートに帰ってきても以前の様な疲労感はない。
父親に関係した書類も整理が進んでいるが、量が多いので時間がかかる。
契約書や書類の読み解き方のコツみたいなものを掴めたと返事があった。
陽子の父親に尋ねるまでもなく一人で対処できていると自分自身の成長ぶりをアピールしてきた。
旅行の打合せはいつでもできると心強い返事が来ていた。
麻相の仕事ぶりが見違えるほど手際が良くなったと母親からも聞かされていた。
そんな中で迎えたゴールデンウイーク、繁忙期を麻相は無事に乗り越えていた。
陽子はレポート作成に時間を割かれ、合間にバイトの面接を入れていた。
麻相とはゴールデンウイーク中に一度も会えず終い。
一緒に食事をするとの約束も果たされなかった。
母親にバイトをすると告げた際には怪しまれた。
お金の使い道への追及はなかったがおいおいバレることを陽子は覚悟していた。
友人からの紹介もあり衣料品量販店のバイトに応募したところ採用が決まった。
背高でスタイルの良さから動くマネキンとして期待されてのことだった。
ただし仕事中は店舗で扱うPV商品をリアルタイムで着用することが義務付けされた。
ファッションセンスに自身のない陽子には気の重い束縛だった。
スポーツカジュアルならば自信はあるがスマートカジュアルには疎い。
センスが違うので商品説明は出来ても的を得られない不安はあった。
そんな時に来た木村からのラインには意表をつかれた。
次の金曜日に所用で青田市まで行く。
その時に自治会記録ノートを渡したいとのことだった。
木村は夕方6時30分を指定してきたた。
その日のその時間は麻相とデートの約束をしていた。
麻相は弁護士との面会を終えてからになる。
陽子の帰宅時間とですり合わせをし青田駅前で待ち合わせすることにしていた。
麻相との予定を知っていたかのような木村からのアポ取りだった。
ただ、木村が待ち合わせに指定してきたのは青田駅の北側、高重町にある白鷺公園だった。
高重町は学区が違うため土地勘がまるで無かった。
地図アプリで見ると高重町水盛地区の住宅街から離れた場所に白鷺公園があった。
公園の周囲は畑か水田であり、すぐそばまで山並が迫ってきていた。
辺鄙な場所なのでスマホの地図アプリを見ながらの移動になる。
この日、この時間に木村と会う必要はない。
しかし所用があるとはいえ青田市まで出張ってくる。
木村の事情と都合も考えれば会っておく方がよいと陽子は考えていた。
その際にはっきりと断ろうと決意していた。
このことは麻相にも伝えた。
「学生会の役員就任を断るため件の役員と面会、高重 白鷺公園@6:30 被るよね。」
「話長引く?こっちは6:20には終わる。チャリで白鷺公園6:50あたりでヨイ?」
「OK。白鷺で合流、駅前ファミレス7:10になるかな。」
「チョットマテ。白鷺公園は夕方以降は人が寄り付かない。待ち合わせ場所には不適。
夜半には不良・半グレが集まる。今は違うかも。念のため別の場所へ変えたほうがいい。」
中学時代の経験から白鷺公園が危険な場所であると麻相は指摘してきた。
麻相の意見を聞き入れ木村には待ち合わせ場所の変更を打診した。
青田駅近くに変更出来ないかと尋ねたが木村は拒否してきた。
青田市での所要を済ませた後はスマホ頼みで移動する。
地図アプリ上で近くの目印になるのは白鷺公園しかないと返信がきた。
さらに時間は取らせないと断りを付けてきた。
初めて来る場所ならやむを得ないと陽子はその予定で動くことにした。
麻相には白鷺公園に6時50分合流を決定事項として伝えた。
麻相からは自転車を飛ばして出来るだけ早い時間に行くと返信があった。
良く晴れたゴールデンウイーク直後の金曜日だった。
夕暮れから夕闇に差し掛かり街路灯の灯が煌めきだした。
青田駅から北へ相当な距離を自転車で走った。
白ブラウスに空色のデニムパンツで颯爽とした姿はいつもの陽子だった。
交差点で止まる度にスマホで目的地を探した。
初めて足を踏み入れる異世界ともいえたが街並みは他所と変らなかった。
木村からのリクエストでは公園中央にあるオブジェ前が待ち合わせ場所だった。
わざわざ公園中央まで行くこともないだろうと事前に待ち合わせ場所の変更を伝えた。
公園南口入口への変更は木村も承諾していた。
ランドマークがいくつか点在する住宅街を通り過ぎると小さいながらも農地が広がっていた。
農地の先には立派な門柱のある公園入口、さらに奥には木立があった。
麻相の言う通りに人通りが全くない寂れた立地だった。
市の広報誌で耕作放棄地を買取り公園整備したとの告知を読んだ記憶があった。
かなり前の広報誌だったが、この立地からするとここかもしれないと陽子は思った。
車道からも遠く周囲に騒音と言うものがない。
不気味に静かだった。
暗くなってから来るような場所ではないと陽子は悔いていた。
ドタキャンも考えたが信用を無くすことはしたくなかった。
SNSでささやかれたら瞬く間に拡散してしまうので慎重に対応するしかなかった。
早々に要件を済ませて麻相と合流しようと陽子は思った。
麻相との待ち合せ場所はここでなくてもよい。
高重町水盛地区の住宅街には郵便局支局やコンビニがあったからそこでもよい。
移動の都度、麻相に連絡を入れて居場所を伝えれば事足りると陽子は考えていた。
住宅街からはそこそこ離れていた。
門柱の前に自転車を止めるとスマホで時間を確認した。
6時27分、約束の時間に間に合ったと陽子は胸をなでおろした。
公園中央には異形の石板が林立し、街路灯に照らされ浮き上がって見えていた。
「森本さん、早いね。」
門柱の陰から木村が出てきた。
上から下まで黒一色のウェアが異様だった。
ルーズシルエットのそれは何処かのブランドもののようだった。
肩にはバットケース、片手には紙袋があった。
大学構内で見る木村とは全く別人のように映っていた。
「お呼び出てして、ごめんなさい。」
「いえ、こちらも無理を言ってすみません。」
木村はいつもよりも人懐っこそうな笑顔を見せていた。
しかし街路灯が上から照らし異様な笑顔に見えていた。
「美術サークルに頼まれて品物の引き取りに来たんですよ。」
「大変ですね。バットケース?それが?」
美術サークルとは縁がない品物だと陽子は思った。
「中身がねえ、大変なものですから。」
木村はバットケースのジッパーを開けるとブロンズに輝く円錐型の物体を取り出した。
リングスタンドをそのまま縦に大きくしたような形状、先端は鋭利に尖っていた。
「こんなものを裸で持ち歩いたら職質受けますからね。バットケースに収まる大きさでよかった。」
木村は早々にバットケースに戻したが金属製のためか鈍い音が響いた。
「これ、デッサンの画材にするそうですよ。
この近くに金属加工工場があって、他所よりも格安だったそうです。
少々割高でも大学近くで頼んでくれればここまで来なくても良かったんですよ。」
木村は嘲笑した。
「あの、今日は?」
「ああ、そうですよね。僕も来てビックリです。こんな不気味な所だったのは。」
木村は紙袋から透明のブリーフケースを取り出すと陽子に差し出した。
「自治会で先祖代々受け継がれてきたノート、ノウハウがいっぱい詰まってます。」
陽子は受け取ることはせず押し返した。
「やっぱり、ですね、私には学生会の仕事は無理です。」
ブリーフケースと木村の顔を交互に観ながら陽子は断った。
バイトも始めるので学生会の仕事は引き受けられないとの言葉の準備は出来ていた。
その時、陽子の背中に何かが押しつけられた。
「えっ?」
振り向こうとしたが背中全体が押さえつけられたように動かなかった。
「何?」
事情が呑み込めず陽子は身じろぎしていた。
「痛っつ!」
陽子は腹部に痛みを感じた。
視線を落とすとみぞおちにブロンズに輝く突起物が突き刺さっていた。
ブリーフケースはその場に落ち、古い大学ノートの表紙が透けて見えていた。
目の前の木村は無表情のまま紙袋もその場に投げ捨てていた。
バットケースに収めたはずのブロンズの円錐形を腕に抱えていた。
「何、何するんですか、止めてください。」
咄嗟に突起物に手を掛けて押し返そうとしたが微動だにしなかった。
それどころか腹部に痛みが走り力が入らない。
「動いちゃダメ。先端は1センチほど食い込んでる。動くと傷口が広がるよ。」
背中は壁に押し付けられたようになり後退りができない。
突起物を押し返そうとすると腹筋に力が入る。
腹筋が動けば痛みが走る。
逃れる事の出来ない状態になっていた。
なぜこんなことを木村がやるのか理解できなかった。
木村は無表情のまま、体も人形のように動かなくなっていた。
今までの木村とは別人のようになっていた。




