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ep6

梅雨入り前だというのにいきなり真夏日を記録、屋外での部活の是非が取りざたされる。

警戒宣言がでるまでは屋外練習を続けると顧問が宣言したので汗だくの部活は続いた。

部活が終わると生ぬるい水をがぶ飲みして校門を出た。

午後5時、気温はまだ30度もありペダルを漕ぐだけで汗をが噴き出してくる。

喉もすぐにカラカラだ。

麻相は自転車を止め、道端の自販機でスポーツドリンクを買った。

一口、二口と冷えた飲み物がのど奥に流れ落ちる。

この快感は止められない。

ただし乾きかけた汗の下からさらに汗が噴き出してくるのは不快だ。

アンダーシャツを通り抜けてオープンカラーシャツまでも湿気を帯びている。

早々に帰ってシャワーを浴びエアコンの効いた部屋で寝ころびたいと麻相は思った。

ペットボトルを半分ほど飲み干したころで何気なく来た道を見た。

一人の女子高生がこちらに向かって来ていた。

目を疑った。

この時間になって陽子が下校してくるとは思っていなかった。

この時間に一人だけとは担任と打合せをしいていたとしか思えない。

いつもなら女子数人のグループを作って下校しているはずだ。

通り過ぎるはずだと麻相は自販機の陰に隠れてやり過ごすことにした。

そこなら西日も差しこまない。

ペットボトルを口に運びみながら様子をうかがい、陽子の通過を待った。

自転車が止まった。

小銭の音。

機械の中から重くこもった音。

取り出し口のアクリル板が跳ねる音。

キャップが開き、水分がのどを通過する音が聞こえる。

「ふう~~~~」

息を吹き出す女性の声がした。

「暑いよねえ。」

見えていない相手に声をかけてきた。

陽子は麻相がそこに居ることに気が付いていた。

視線も合わせないまま陽子は自販機の前、西日を浴びて立っていた。

「いつも一人でいるよね?」

麻相は返事を用意していなかったので無言でいるしかなかった。

陽子は麻相の返事を待っていた。

「サッカー部だったんだね。」

陽子から話かけてきたことへの途惑いがあった。

日が経つにつれ学校一の美少女と噂されだしていた。

部活初日にゲロを吐いたことは瞬く間に忘れ去られ、容姿端麗であることが取りざたされた。

その美少女が自分に話しかけてきている。

「何か言ったら?」

黙り込む麻相にやんわりと釘をさしてきた。

それでも麻相は沈黙を続けスポーツドリンクを口に運び続けた。

「走るのが得意だったら陸上部に来ればよかったのに。」

麻相はギクリとした。

「陸上部でもう一回勝負したら私が勝ったかもね。」

陽子は挑発するかのように続けた。

「なことはない。」

麻相はようやく口を開いた。

「あの速さなら森本さんに絶対に負けない。」

力みの入った口調に陽子は引くどころか逆にほくそ笑んだ。

「だったらあ、なぜ?サッカー部?」

麻相の視界に入るように歩み出た。

自販機に背をもたせかけ眉間にしわを寄せた麻相がいた。

理由を聞かれたくないようだ。

黙り込むようなら諦めようと陽子は思った。

「中3の運動会で初めて森本さんを見た。勝ちたいと思った。」

やおら麻相は口を開いた。

「私に?」

意外な言葉に陽子は呆気にとられた。

初めてというからには中1、中2の運動会には参加していなかったと察した。

「運動会が終わってからいっぱい練習した。」

「足速かったんだ。」

「ぜんぜん。」

意外な返事の連続に陽子は思案に暮れた。

足に自信があったからこそ対抗心を燃やしたはず。

そうでないならひたすら賛美するか貶すかして距離をおくものだ。

とはいえ、たった半年、普通のトレーニングであれだけの走力は備わらない。

どんなトレーニングをしてきたのか興味がわいてきた。

「そしたら4月の体力測定。50mで勝てた。勝てたなら陸上部はもういいやって。」

「もういいや?それって勝ち逃げ?」

陸上部に来て居たらと陽子は悔しく思った。

「リベンジできないじゃない。」

「今は勝ち逃げでよかったと思う。ゲロ吐いた日、森本さんのラストスパートを見た。

俺はあそこからスパート掛けられない。」

貶されているのか褒められているのかわからない。

ラストスパートは自分でも無謀と思えたが抜かれたままは癪だった。

「1時間半もマラソンしてきて最後に全力疾走、絶対に無理。」

麻相の視線は陽子に向けらた。

ようやく見てくれたと陽子は安心した。

それと同時に目力の強さに圧倒された。

「今度、50mで競争したら負けるかもしいれない。」

眉間からシワが解け柔らかな顔を陽子に向けた。

弱気が見て取れた。

「無理とか負けるとかやってみないと分からないよ。」

陽子はやんわりと否定した。

「でもねえ、私、男子に勝てなくなったのよ。」

陽子は自嘲して言い放った。

陸上部内での定期的な計測、GWの地区競技会でも自己ベストを更新できずにいた。

「麻生君より速い男子居るよ、陸上部。」

男子部員は先輩はもとより同輩も陽子より速くなってしまった。

女子の中では抜きんでた速さを持つ陽子であることに変わりない。

「なんで私に勝ちたいと思ったの?」

自分を目標とするよりも陸上部の速い男子に勝つ方が満足感は高いと陽子は思った。

麻相は視線を外し虚空を見上げた。

「中学の運動会で皆が変な事ばかり言ってた。

どの組が勝つかじゃなくて、森本さんが何秒を出すか、そればっか。」

スプリントでは敵なし状態だったからそうなるのも仕方がないと陽子は回想した。

「男でも叶わない、バカ言うな。俺が勝ってやると変な対抗心。」

麻相は自分の決意に失笑した。

事情も状況を知らないから挑戦できたんだと陽子は妙に感心した。

ただその挑戦は実を結んでいる。

「中三の運動会が終われば授業で短距離の計測はやらないし、俺も鍛えなきゃ速くなれない。」

高校入学後に競争するとはいっても進路が違えばそれは不可能。

同じ高校で陸上部に入ればいつでも勝負はできる。

ただし青田高校のボーダーラインは高い。

元不良の麻相にそこまでの学力があったとは陽子には思えなかった。

「私と勝負するために青田へ入ったの?」

あまりに突飛な発想に陽子は混乱気味になった。

「それ以外に何があるの?」

「ちょ、ちょっと待って。どれだけ勉強したの?」

陽子は混乱する頭を整理した。

「昼間は短距離の練習、夜は勉強、出来ないことはなかった。」

さらりと言ってのけたがそれは普通のことではない。

「もともと池口を志望してた。

森本さんが青田だと知ってから志望校を変えた。

担任は無謀だと止めたけどどうせやるならダメ元で。」

ダメ元というレベルの話ではない。

池口高校が合格レベルならば確実に2ランク上を狙ったことになる。

あり得ないと陽子は驚愕した。

「でも、やっぱだめだ、格が違いすぎる。授業聞いてても全然わからない。」

吐き捨てるように嘆く麻相、そんなことは論外だと陽子は憤った。

「今更、何・・・・」

陽子の心の中はにわかにざわつきだした。

「国語と社会はなんとか。数学なんかまるでダメ。」

虚しさあふれる口調から麻相は諦めきったかのように聞こえる。

そこで終わりとの考えを陽子は受け入れることができなかった。

「何言ってるの!?やってることは今までと同じだよっ!」

麻相をにらみつけ一喝した。

数学が得意な陽子にとって【数学ダメ】は禁句でもあった。

「高校受験で無謀な挑戦しといて!合格したらそれで終わりっ?」

甲高い声が住宅街に響いた。

「ゲームやってる場合じゃないよっ!途中で逃げるなっ!」

思わず声を荒げた陽子だったがすぐに自分らしくないと反省もした。

麻相の顔が険しくなった。

「だ、だったら、教えろ、数学。分かるまで。」

陽子の剣幕にたじろぎつつもようやく出た言葉だった。


陽子からしてみれば麻相に教えなければならない理由も義務もない。

学習塾へ行けの一言で片付いたはずなのが引っ込みがつかなくなってしまった。

とはいえ陽子とて自分の勉強があるので他人に構ってばかりもいられない。

進学塾へ行くまでの一時間だけならば教えると約束をしてしまった。

それからは土曜、日曜のいずれか、午後2時に図書館で待ち合わとなってしまった。













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