表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/69

ep55

父母の遺体が市内に搬送され葬儀社の倉庫に安置されたとの連絡があった。

担任には事情を話して学校を休むことにした。

1月下旬のすじ雲の下、弁護士と共に行動した。

父母の顔は損壊が酷いので見ない方がいいと弁護士が言った。

見るつもりはないと麻相が言ったので直に市役所へ向かっていた。

父母の遺体の火葬、共同墓地への埋葬の手続きを行った。

安置費用、火葬費用、共同墓地への埋葬費用を支払うとこの問題は片が付いた。

合計すると結構な金額になるが葬式を行うことを考えれば安いと弁護士は気休めを言った。

父母と金輪際会うことは無いと思えば悲しさはあった。

しかし会ったところで話をすることも無い。

居るか居ないのかどうでもよい存在、住居の提供と金だけでしか繋がりが無かった。

無味乾燥とはこういうことかと麻相は父母との関係を思い返した。

その住居はもう無い。

金については余地が残された。

弁護士が言うところでは会社の運転資金の余剰がそれなりにあること。

売掛金があるので督促状を出して回収を急ぐ。

契約中の取引はキャンセルしなければならず、違約金の支払い義務がある

それが済み次第、父親の会社は清算する順序になると言って来た。

精算が終わり次第、余剰資金は相続税を差し引いた額を麻相 瞬の口座に振り込む。

それまで最低二カ月は必要と弁護士は説明してきた。

弁護士は父親の会社の登記簿を渡した。

麻相が会社を引き継ぐならば相談に乗るが困難が伴うのでお勧めできないとも言った。

数字に弱く、交渉力があるわけでもない。

商才がない麻相に父親の仕事を引き継げないことは分かりきっていた。

以前より会社は清算すると弁護士には伝えたが麻相は念を押しておいた。

麻相は帰路の途中で市民病院へ行くよう弁護士に頼んだ。

弁護士は車を病院へ向けた。

その最中に麻相は昨日まで考えていた事を反芻した。

ここにきてもなお弁護士が契約満了について言ってこない事が気になっていた。

通常ならば3か月前に継続か終了かの意思確認をすると陽子の父親から教えられていた。

諸々の手続きが多く、それぞれが込み入っているとはいえ梨の礫は考えにくい。

3か月を切った現在、早急に意思表示をした方がいいとも言われていた。

弁護士費用がバカにならないことから契約満了にして独り立ちを考えてもよい。

麻相の父親も高校卒業までと考えていたはずではないかと陽子の父親は推測していた。

弁護士が履行義務を怠っているのでこれはこれで問題があるとも言及していた。

年次更新になっているが申し出がなければ自動継続される。

麻相家の口座にはそれなりのプールがあるからダンマリで自動更新、契約料をせしめる魂胆かもと。

陽子の父親はあらゆる可能性を麻相に提示し考えておくよう促していた。

麻相には現在進行形の懸案事項がいくつもあった。

それが解決するまでは専門家に頼りたい気持ちがあった。

父親の会社清算は4月1日以降の見込み。

白根町四丁目の土地をどうするのかも未だ決めかねていた。

3月末日で契約満了とした場合には4月1日以降に弁護士不在になる。

これでは諸々の手続きが滞りそうに思えた。

この先一年間を契約継続するか別の方法で弁護士を繋ぎ留めるかで思案していた。

思案に暮れていると病院の駐車場に着いてしまった。

そこで麻相は思いの丈を述べた。

3月31日をもって麻生秀志とで結んだ契約は満了とし継続はしない。

ただし父親の会社の清算作業は引き続き行ってもらう。

これは現在契約中の職務履行の範囲なので4月以降にずれ込んでも清算を完遂してもらう。

白根町四丁目の土地は売却する、売却に際し諸手続き代行の契約を改めて締結する。

契約費用は土地売却益から成功報酬の形で支払う、これで請け負って欲しい。

知らぬものの強みとばかりに無理難題を押し付けたのだった。

いきなりの提案に弁護士はひとつひとつを復唱して確認した。

弁護士を後部座席から見つめる麻相の心中は複雑だった。

拒否されたら手の打ちようがない。

4月以降は必要最低限の手続きのみを行うことになるがどこまで出来るか不安だらけだった。

手が回らずに放置したままもでてくるだろう。

それにより手元に来ない金があっても諦めるしかないと覚悟していた。

間を置かずに弁護士は意外なことを言って来た。

このネゴシエート術は父親ゆずりだと称賛してきた。

白根町四丁目の土地は埋め戻して更地にしてからの方が売り易く高値もつく。

売却はそこまで待ってみてはどうかというものだった。

現状では土地の埋め戻しから売買が完了するまで一年かそれ以上はかかる。

その間の契約延長による弁護士費用と土地売却益からの成功報酬とではほぼ同額程度。

現状の資産管理契約を延長するよりも個別の契約に切り替えた方が麻相には有利に働く。

互いがウインウイン、麻相には商才があると弁護士は言った。

もとから麻相がそこまで胸算用をしていたのではなく思いつきで言ってみただけだった。

弁護士費用は前払い、成功報酬は後払いであるためこの提案ではタダ働きもありうる。

弁護士に取っては不利な条件ともいえたので断ってくると麻相は観念した。

ところが弁護士はその案を受け入れると言って来たのだった。

白根町四丁目のあの土地を高く売れば麻相にとっては将来の貯えになる。

比例して成功報酬も高くなるので弁護士にもメリットはある。

高く売れる当てはあるので都度紹介すると弁護士が言うので任せることにした。

近々に新しい契約書、委任状、同意書を用意するので待つよう促された。

そこで弁護士とは別れた。

父親譲りとは意外な褒め言葉だったが麻相は返上したかった。

嫌悪感を抱いたまま弁護士の車を見送った。

市民病院の駐車場には多数の車あり人も頻繁に行き来していた。

74式戦車が残したクローラーの痕は車の下敷きになり見えなくなっていた。

麻相にとって市民病院は未知の空間だった。

正面入り口から入ってみたものの人が多く雑多な感じがしていた。

高齢者の中に若年層が何人いるのかといった雰囲気でもあった。

案内表示には精神科の診察室は三階となっていた。

三階まで登ると精神科の受付窓口が目に入った。

受付の横にある液晶パネルには本日の勤務医が次々と表示されていく。

麻相はそれに目を凝らしていた。

【山崎】の名が表示されない。

液晶パネルの表示が二周目、三周目となったがどこにも出てこない。

ポケットに忍ばせてあったメモ書きを取り出した。

水曜日午前は診察日となっていることが柔らかな筆跡で書かれていた。

偶々休診日なのかと疑問に思いつつ精神科受付の事務員に声を掛けた。

「精神科の山崎先生にお会いしたいのですが。」

事務員は一瞬怪訝そうな顔をした。

「山崎先生はいません、というか、病院を辞めましたよ。」

その返事を聞き麻相の頭は空白になった。

「3月いっぱいまではここに居るって。」

記憶にあった言葉だけを絞り出した。

「細かいことはちょっと。大学病院に戻られました。」

「そうなんですか?」

麻相はため息をつきつつ肩を落とした。

「別の医師でよければ診察を受け付けますが、初診の方ですか?」

そうは言われても山崎でなければ話にならない。

「あ、いや、もういいです。」

そう言うや麻相は足早に受付から離れそのまま病院を出た。

一体何があったのかと想像しきれないことに思いを巡らせた。

どこの大学病院なのかも聞きそびれてしまった。

力の話をができる存在だっただけに残念というほかなかった。

脳裏を読まれないようブロックする方法、そのきっかけを教えてもらいたかった。

何度も振り返っては病院の白い建物を見た。

今度ここへ来るのはいつの事かと当てのない場所を後にした。

寄り道する当てもない。

市民体育館に向かって歩き出した。

2月に入り二次試験前期日程が迫ると受験性は危機迫る様子が見え隠れしていた。

陽子とて例外ではないと思われていたが余裕を覗かせていた。

共通テストでの結果から国立大の合否判定基準Aを獲得していたせいもある。

思いのほか高得点を採れたためにいつもの陽子が戻ってきていた。

「おはよう。」

その名を体現するかのような声だった。

階段を上っている途中で陽子が追い付いてきた。

「お、おはよう。」

麻相は顔をそむけたまま返した。

「どう?体育館の居心地は?」

「まあまあだよ。ご近所さんたちがよくしてくれてる。」

「そう。父さんはちゃんと相談に乗ってくれてるの?」

それを聞いて麻相は驚いた。

言葉に詰まり陽子の頬と耳を眺めるだけだった。

「知ってるよ。麻相君ちと弁護士さんとの契約のこと。」

「見たの?覗いたの?」

陽子の父親に送った契約書をスマホ越しに見たのか、父親の脳裏を覗いたのか。

あるいは父親が陽子に喋ってしまったのか、いやそんなことは無いと麻相は思った。

「父さん、時々バレッバレの時があるから、覗くのは簡単。」

そうであるなら麻相の父母の死もバレている。

無用な心配も同情も不要なのだからその事には触れないで欲しいと麻相は思った。

「新しいお家、作るの?探すの?」

唐突に陽子が尋ねてきた。

「家は作らない。親父の会社を清算していくら残るか分からない。」

「やっぱり亡くなっていたんだね。」

陽子は声を落とした。

麻相は会社の清算と口にしたことを悔やんだ。

「心配しない。私、気持の切り替えは早いほうだから。

今は父さんが相談に乗ってあげてる、心配してないよ、麻相君のこと。」

その気丈な言葉は陽子自身にもかけた言葉のように聞こえた。

「全部が終わるまで時間がかかるみたいだ。やっぱ、受験どころじゃなかった。」

陽子は二度ほど頷いた。

「進学にしろ就職にしろ浪人だよね。これからの事をじっくり考える時間が出来たじゃない。

そう考えて意味のある浪人をやろうよ。先はまだ長いからね。」

陽子の励ましは心強かった。

麻相は目線を合わせようとせずひたすら陽子の横顔を見ていた。

陸上部現役のころは耳掛けのタイトショートボブ、こけた頬も相まって体育会系女子そのものだった。

今ではありきたりのショートボブ、頬にも柔らかなラインが備わり女性らしさが際立ってきた。

髪の隙間から覗く耳と頬に麻相は新鮮な感覚を覚えた。

「さ、今日も一日、頑張っていこう。」

陽子はA組の教室へ入っていった。

今まで何度もこの声と励ましに助けられてきた。

この先、陽子に頼らないで日常が送れるのか不安はあった。

陽子が国立大に通うようになれば遠い存在になってしまう。

学業が忙しくなれば麻相の事など相手にしてくれなくなるはずだと予想していた。

そうなったときの為にも陽子に頼らないようにしなければならない。

心の支え、心の糧を別のものに求める準備をしなければならないと麻相は思った。



作者談:思わぬ長編になってしまったため1エピソード/週のアップでは年内の投稿終了は無理。

2エピソード/週でアップしていましたが先が見えてきたため本日からは1エピソード/週に戻します。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ