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ep54

新学期は予定通りに始まった。

始業式での校長の訓辞は長引いた。

あれだけのことがあった後だけに仕方がないと誰もが思っていた。

三年生は大学受験を目前にしての出来事だから成績、勉強への影響は受ける。

一・二年生は学校生活への不安と精神的なストレスも感じるはず。

ただしそれを言い訳にして世間は採点を甘くしてくれない。

気持ちをしっかりと持ってこれからの学校生活の糧にしてもらいたい。

保健室にカウンセラーが居るので気軽に相談に行って欲しい。

そんな趣旨だったと麻相は記憶していた。

授業は以前と変わらぬ風景だったが壁に出来た弾痕はそのままだった。

弾痕が広い範囲についているので壁面全体での修繕になる。

工事業者が入り込めるのは春休み中であり三年生が卒業してからだと担任は話した。

麻相たちが真っ新な壁を見ることは叶わないことになった。

それ以外は何も変わらないはずだったが麻相と陽子には妙な雰囲気がまとわりついていた。

~麻相が陽子を庇って負傷~

全校生徒、教職員のすべてが知る事実になっていた。

それは逆に二人の関係を噂する者がいなくなり沈静化する原因になっていた。

二人の邪魔をしないようにと皆が見守る、そんな状態になっていた。

周囲の気遣いがあることを麻相は気にしていなかった。

そもそもが気にする余地などなかった。

麻相は陽子を見かけても声を掛けなかった。

共通テスト直前のため邪魔をしないよう避けていた。

それだけではなく目を合わせて脳裏を覗かれることをも避けていた。

麻相自信のことで心配を掛けたくなかったためだ。

陽子も共通テストに向けて気持ちが昂り苛立っていた。

クラスメートとのお喋りでも時おりキツイ言葉遣いになっている。

生理と重なっていた事を差し引いても本来の自分ではないと思っていた。

もしかしたらこっちが本当の自分かもと思うまでになっていた。

今までの生理週間でもここまで気持ちが荒れることはなかった。

このままでは麻相と喋れない、嫌な姿を見せてしまうのは嫌だった。

麻相が意図して避けてくれているのは分かっていたし助かっていた。

共通テストが終われば一息つける。

その時まではと陽子は待つつもりでいた。

麻相の元には

新学期が始まって間もなく麻相の元には芳しくない連絡があった。

父母の遺体が発見されたのだった。

覚悟はしていたとはいえ両親不在であることに変わりない。

生活費の有無だけが憂慮するべきことだと麻相の気持ちは乾ききっていた。

弁護士からは遺体引き取りの手続きに入ると申告してきた。

しかし麻相はそれを拒絶した。

現地の様式で処置、埋葬するようにと麻相は言いだした。

一年の大半を海外で過ごすほど日本が嫌いだったのだからと麻相は言い放った。

しかし国家間での約束、制約があるので国籍、身元が確かならば国内への搬送は義務であること。

加入している旅行保険で搬送費用は補填されると説明を受けた。

しかし火葬したところで埋葬する墓地を麻相家では持っておらず墓地の購入予定もない。

父方、母方の実家とも断絶状態であるため遺骨の受け入れは拒否される。

遺骨を押し付けられても困ると麻相は切実な事情を弁護士に話した。

遺骨の引き取りは祭祀(さいし)承継者の義務になるがやむを得ない事情があれば除外される。

様々な事情から引き取れない場合は無縁遺骨として自治体に有償で引き取ってもらう方法もある。

弁護士からそのように説明を受けると麻相は躊躇なく自治体に任せる案を承諾した。

搬送から国内での手続きにいたるまで弁護士に一任する旨の書類に署名するとこの件は決着した。

両親死亡を知られるのを先延ばしにするために陽子の父親にも黙っているよう頼んでおいた。

二次試験が終わるまで陽子は受験に専念して欲しかったからだ。

{財産管理委任契約書}のコピーが弁護士から手渡された。

陽子の父親の勧めに応え契約書を読み始めたが総30ページにも及びびっしりと文字が並ぶ。

1ページ目から麻相は挫折感を味わった。

第一章の【甲】【乙】とする略称からして麻相は戸惑った。

第二章以降にも甲、乙との表記がある度にどれが何様だったのかと第一章を読み返す始末。

条文の内容を理解するまでには至らず気が遠くなる思いを麻相は抱いた。

陽子の父親にはいくつか質問をした。

噛み砕いた端的な説明が返ってきたのは約束通りだった。

父親からは逆質問が来てしどろもどろになりながも麻相は解答をした。

間違いにはしっかりと訂正してくる、これは陽子に似ている。

勘違いや誤解には全否定してくる、これは父親の個性だと麻相は推察した。

言葉を濁さず的確に指摘するのは仕事上必要だからだろう。

会社では部下にも同様な指導をし、習得を促すやり方だと解釈していた。

おそらく陽子もこんな育てられ方をしたのだろう。

この父親にしてあの娘なのだと感心しきりだった。

週末になると弁護士との面会が増えていった。

父親が運営していた会社の残務処理と今後についての話があった。

社員は名義上では母親のみであり、その二人が不在となった今は承継人として麻相瞬しかいないこと。

事業を引き継ぐのか精算の後に廃業するのかの選択がある。

どちらを選択しようとも何がしかの名義変更が必要である。

起業廃業を専門とする弁護士、司法司書への業務依頼が必要との説明だった。

白根町四丁目にある麻相宅の相続についても話があった。

母親名義の土地建物なのでこれも名義変更が必要になっている。

ただし建物が喪失し、敷地の境界があいまいな現状では資産額の算定が困難。

仮に建物があった状態での相続でも相続税はかからない見込みだという。

土地登記簿の名義変更をするがこちらも専門の弁護士と司法書士に依頼する。

どちらも外部専門家の招へいが必要であるため別途費用が発生するとの説明だった。

その話を聞いただけで麻相の頭は混乱し判断できずにいた。

これらに関する資料を渡された。

チャート図や相関図を用いてあるが一つ一つの熟語の意味から調べなければならない。

並の国語レベルの麻相にはハードルが高すぎたのだった。

弁護士は丁寧に説明をしてくれるのだがこれが逆に仇となった。

麻相の記憶量、理解力の限界をゆうに超える事象と熟語が並び、情報を整理できずにいた。

明快な答えが得られなければ弁護士としても先に進めない。

麻相が言葉を濁すだけで毎回のように返事は持ち越しとなっていた。

陽子の父親に事細かく尋ねるしかないと麻相は考えていた。

しかしこの程度の事も自分で理解し解決できないのは{大人}として失格だろう。

父親を失望させないためにもと麻相は一人で格闘しようとしていた。

それでも与えられる情報が多すぎる。

弁護士の言葉を反芻するだけで一日が終わっていた。

事案が多すぎるがために自分が何の判断を求められているのか麻相は見当がつかなくなっていった。

共通テスト初日の土曜日早朝、陽子からラインが届いた。

国立大へ出発、麻相の分まで頑張ると宣言していた。

もはや共通テストどころではない麻相はその日も契約書と書類に頭を悩ませていた。

そんな時に陽子の父親からラインが来た。

麻相家に対して弁護士はどこまでの業務を請け負うことになっているのか?との問いかけだった。

三分の一ほどしか理解できていないので回答不能と素直に父親に報告した。

読み込む時間はたっぷりあるのにこの程度かと叱責されることを覚悟してのことだった。

父親からは財産管理委任契約書の全ページを写メで送れと催促が来ただけだった。

それ以外の言葉は無かったのは意外だった。

スマホの向こうでは呆れかえっているのではと麻相は危惧した。

催促に従い30ページ分を撮影し、数枚ごとに分けてラインで送った。

教えてもらえるものならば是非もなかった。

その日の夕方には陽子から報告が届いた。

悪戦苦闘したが満足のいく結果が出るはずとおぼろげな自信をのぞかせていた。

麻相からは明日も頑張れとエールを送った。

夜には陽子の父親からのラインが届いた。

麻相の父親の会社の登記簿を取り寄せてもらいたいと言って来た。

麻相が(じか)に動く必要は無く弁護士に頼めばよいと言って来た。

麻相は疑問に感じた事を父親に質問した。

弁護士に余計な仕事を頼むと別費用になるが軽々しく頼んでよいか?と。

「契約書に記載の業務範囲ならば追加費用無しで仕事を依頼できる。

契約内容には麻相家の資産、現金の管理全般を委託するとある。

今回の件では財産の保全にあたるので委託業務の範疇。気兼ねなく弁護士に仕事を依頼しよう。

ただし市役所などでの証明書の発行費用は実費になるので別途支払って欲しい。」

この返事には驚かされた。

弁護士から先日聞かされた話を陽子の父親に問いかけた。

父親の会社の清算の際と自宅敷地の相続の際に専門家に依頼するので別に費用が必要であると。

その問いに父親は嫌悪を匂わせた返事を送ってきた。

「麻相君の知識不足に付け込み小遣い稼ぎをしようとしている。迂闊に承諾してはダメだ。

麻相 秀志ならばその話を真に受けると思うのか?と突き返せばいい。」

その文面からは気色ばんだものを感じた。

むしろあの難解な文書からそれを読み取れる父親の眼力には驚かされた。

「第〇何章の×項を参考に、と具体例を挙げることは出来ます。

それでは麻相君の理解度を促せず、読解力を養う事は出来ません。

だからズバリ回答はやりません。自分で探してみてください。」

その日の最後のやり取りではそのように締めくくられていた。

激励の言葉として麻相は受け取った。

青田市市民体育館を仮住まいとする避難民には新たな動きがあった。

白根町四丁目のクレーターの早期の埋め戻しを要求する被害者団体と

自宅を損壊させられた住民たちで作る被害者団体の二つが存在する

被害者団体を一本化、合併案がここにきて浮上してきた。

家だけを壊された住民にとっては白根町の出来事にまで関わりたくない。

白根町の住民からすれば火災保険、地震保険の適用を受けられても心の傷は癒されない。

犯行グループの責任をとことん追求し、国にも責任の一分を認めさせると息を荒げていた。

本音と建て前が見え隠れするなかで合併案は否定され二手に分かれて活動していくとの結論に至った。

それぞれは自治体や国に生活再建にむけての運動をしていくことになった。

麻相の心中は複雑だった。

皆の気持ちは理解しつつも麻相の気持ちは白根町四丁目から離れていたからだ。

真の被害者である隣人たちと同じ避難所で生活しているのが心苦しかった。

白根町に住んでいながらご近所さんと直に話をしたことがない。

避難所の中では距離感が縮まり話をしてくる人が当たり前のようになってた。

麻相の身辺の状況は知られているから何かと気を遣ってもらえた。

逆にそれが心苦しかった。

明日、登校した後に陽子と顔を合わせるのが怖かった。

あることを考え始めていたために陽子に脳裏を覗かれたくなかった。

脳裏を覗かれないようにブロックできると山崎も言っていた。

ただ麻相は自らの意思をブロックができていない。

何かのきっかけで出来ているが、そのきっかけが分からずにいた。

自分の意思でブロックできたほうが都合がよいとまで麻相は考えていた。







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