表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/69

ep53

青田市の執行部を代表して副市長、市議会議員の代表が各避難所を慰問した。

12月28日午前5時に避難解除するとの公式の宣言が出た。

帰宅可能と分かると避難民からは歓声が上がった。

暮れの押し迫った時期だから正月の準備は無理。

それでも新年を自宅で迎えられる。

普段の生活に戻るだけでも十分といった雰囲気になっていた。

インフラ整備も着々と進み、車での往来は支障が無いと報告があった。

鉄道は軌道整備に時間がかかり、開通は年明け、仕事始めに間に合わせる。

ただし坂道市へ繋がる姿山隧道は深刻な損壊があるため復旧の目途がたたない。

坂道市へはバスによる代替輸送になるとのことだった。

市役所、消防署他の公共施設に職員を派遣し復旧が進んでいる。

28日には通常通りに開庁、業務を再開すると付け足した。

警察署は一階ロビーの損壊が激しく本庁舎の復旧までは移動交番にて公務を行う。

小中高校にも教職員、教育委員会が出向いて校舎内の整理清掃を行い授業再開に向かっている。

年明けにはすべてが元通りになると市議会議員が皆を励ましていた。

そんな中で白根町四丁目の住民だけが浮かない顔になっていた。

生活再建は無理と諦めきった意見が頻出した。

しかし、それは白根町四丁目の住人に限った話ではなかった。

市内の数箇所で破壊行為が行われていたことが報告された。

住宅、店舗兼住宅が破壊され今すぐの居住に適するとはいえず、

修繕、修復期間中は仮設住宅住まいを強いられる住民が他にも出てきた。

このまま隣接市の小中学校の体育館を借り続けることもできない。

28日には青田市市民体育館に避難所を設置するので希望者はそちらへ移動するよう促された。

麻相もそうするしかなかった。

麻相の教科書についての問題は解決した。

教室脇の個人ロッカーには麻相のスクールバッグが残されいくつかの教科書も無事だった。

それ以外の教科書は学校備蓄品から提供されることになり無事に新学期を迎えられる。

ただし思わぬ被害が他の生徒に及んでいた。

逃げるので精いっぱいだった生徒の中には教科書、ノート、私物、スマホを残していた。

暴漢たちは残置されたスマホを標的にして射撃ゲームに興じていた。

バラバラに砕けたスマホが廊下に散乱していたと校舎に入った教師から報告があった。

警察の実況見分を終え、スマホ残骸は押収された。

心当りのある生徒は池口警察署へ名乗りでるようにと連絡があった。

二学期期末テストの扱いが決定した。

実施済みの三教科は答案が金庫に保管されており無事である。

採点した後に二学期の成績へ反映する。

未実施の二教科は再テストはしない。

期末テスト前までの成果と到達度合を考慮して成績がつけられることになった。

数学テストの点数が加算される。

陽子のラインを経由してそのことが伝えられると麻相は心の底から安心した。

もちろん数学テストで何点取れたかは採点さなければ分からない。

手ごたえはあっただけにその決定を麻相は歓迎した。

両親が行方不明になったのを機に弁護士は毎日のように連絡してきた。

外務省を通じて安否確認をしているが芳しいものではない。

年明けからは連絡が密になるかもしれないのでそのつもりでいて欲しいと伝えてきた。

両親の存在感が希薄なだけに麻相にとっては霞のようなものだった。

それでも生活費を確実に入れてくれていることは事実だった。

私学であっても大学進学は確約していたと弁護士から聞かされていた。

ここにきてその資金が途絶されたことを麻相は裏切り行為と捉えていた。

新学期早々に進路変更を担任に申し出るのか出ないのか。

就活するにしてももう間に合わない。

高卒者の一次応募選考は既に終わている。

二次応募選考に間に合えばあるいはとも思えたが就活準備を全くやってきていない。

売り手市場とはいえ麻相にとってハードルは高すぎた。

成績優秀者ならいざしらずギリの成績で卒業見込みの者を好んで採用する会社などない。

出来ることはやってみるがそれ以上はないと麻相は諦めにも似た気持ちになっていた。

就職浪人をも視野にいれるがフリーターで食いつなぐのが現実的に思えた。

12月27日は体育館の中は騒々しくなっていた。

明日早朝の避難解除に合わせての荷づくりを皆が行なっていた。

森本家も同様に元の生活に戻る準備に慌ただしかった。

テレビのニュース・ショウでは連日のように青田市の【クーデタ―騒ぎ】を取り上げていた。

政府、警察庁からのは依然として全貌が見えてこないと繰り返すのみだった。

74式戦車が持ち出された経緯も依然として調査中とするだけだった。

ヒトロク式が警察署前で横転していた事実は未だ伝えられていない。

犯行に加わった数名を連行し尋問中だが意味不明な言動を繰り返している。

責任能力の有無を確認するために精神鑑定をする予定、目新しい情報はこの程度だった。

田端や牧がこのやり取りを見ていたら嘲笑しただろうと麻相は思った。

田端と牧はこのクーデタ―騒ぎの全容を掴んでいる。

威力偵察の際に必要な情報を得て大人二人で共有していたはずだ。

麻相と山崎には仔細は語ってくれなかったと感じていた。

伏せるべき事柄があった、大人の事情があったのだろうと解釈していた。

麻相が気になっていたのは【逃げ遅れた市民】が表面化することだった。

病院内から駐車場の顛末を見ている者が居たのは確かだった。

これは病院前の出来事に限らず、警察署前での出来事も同じことが言えた。

警察署が見渡せるマンションの中高層階に住民が居残っていたと仮定するならば

{ヒトロクの横転事故}から{落雷事故}を撮影していた可能性はある。

その事故の際に映り込んでいた【逃げ遅れた市民】に着目される。

周囲に気を配ったとはいえず、場当たり的に行動してしまったと麻相は思った。

やはりあの時は勢いに任せ正義のヒーローを気取っていたのだ。

柄にもないことをやるからこんなことまで気しなければならない悔いていた。

麻相は予定通りに見田小学校体育館の避難所から青田市市民体育館に移った。

白根町四丁目の住人それぞれの自家用車で移動した。

麻相を含めた数人は移動の手段がないために隣人の車に便乗させてもらった。

荷物は市が手配したトラックでの搬送になった。

車窓からは街が平常を取り戻していく様が垣間見えていた。

堰を切ったかのように車やトラックが行き交っていた。

コンビニ、スーパーにトラックが横付けし大量の荷下ろしが行なわれていた。

買い物に向かう人も多く、陽子の母親は多忙を極めるだろうと麻相は想像した。

陽子も自宅にもどり以前と変わらぬ生活をしているはず。

受験勉強にもさらに熱が入る、そうでなくては困ると麻相は思った。

青田市市民体育館には21家族分のパーテーションが準備され29日夕方には満室になっていた。

体育館には温水シャワー設備があり風呂の為に外出しなくてもよい。

食事は給食業者から配達されるが希望者のみで有料になる。

体育館内で火気は使えない、電気以外での自炊は禁止と通達された。

市民体育館は市街地から外れた場所にあることが問題だった。

コンビニは近場にあるがスーパー、飲食店が近くにないのは痛手だった。

それ以外の買い物にも駅前まで出なければならない。

歩いて50分、自転車なら25分では気軽に行ける距離ではなく荷物が嵩めば歩くのも億劫になる。

路線バスは一時間に3本とやや不便だがこれを使う方が現実的だった。

この生活が春以降も続くとなると真夏の炎天下が思いやられた。

隣人たちに頼めば駅まで乗せて行ってもらえるだろう。

ただそれはあまりにあつかましいと麻相は思った。

迷惑をかけた張本人が被害者面をするのは気が引けていた。

陽子からは一日一回はラインが届いていた。

追い込みで猛勉中として科目ごとに経過報告があった。

一日中家に居て運動不足だと陽子らしい愚痴をこぼしていた。

麻相は自分の状況を報告することはなくおおむね問題なしとだけ返事をしていた。

冬休みの宿題と問題集で時間を潰す、気分転換に体育館の回りを散歩する。

それが日課になっていた。

正月3日、避難所の麻相の元へ陽子の父親が尋ねてきた。

いきなりの来訪に面食らった麻相は父親の目的を勘繰った。

いよいよその日が来た、陽子と合うな、付き合うなと宣告するためだと覚悟を決めた。

もとより、それは受け入れるつもりだった。

パーテーション内で正座した麻相、胡坐をかいた父親。

真正面で向き合うのはこれが初めてだった。

父親は険しい顔のままだった。

日帰り温泉施設への往復の時とは雰囲気が違っていた。

「以前聞いた話では弁護士に麻相家の財産管理を任せている、契約をしてるよね。

契約書は自宅で保管してたはずだけど、そうだよね?」

意外な話に麻相は虚をつかれた。

「え・・・・・えっと、あの、あったはずです。家があの様で何も残ってないです。」

「そうだね。俺も映像をみたけど何も残ってないようだ。」

それを聞いて麻相は拳を握った。

「契約書は麻相家と弁護士とで一通ずつ持ってる・・・・」

それを聞き麻相が不思議そうな顔になったのを見ると父親は口調を変えた。

「この仕事をやるにあたって、ここまではやります、これ以上は出来ませんってね。

仕事をやる上での約束ごとをまとめたものが契約書なんだ。

仕事を頼んだ側、頼まれた側とで言い分が食い違うといけなからだよ。

仕事の出来具合、達成度の確認のために契約書と照合する。

やれましたねご苦労さん、と、これやれてない約束と違うんじゃない?ってやり取りがあるわけだ。

同じ文面の書類を二通作って頼んだ側と頼まれた側とで一通づつ保管、持ってるんだ。」

「じゃあ、もう一通は弁護士が持ってるんですか?」

「その通り。契約書とはそういうものだから。

で、今現在、麻相君が契約書を持ってないのは良くない。

弁護士が持っている契約書をコピーしてもらい、麻相君が持っておいて欲しい。

事情は弁護士も分かっているはずだから嫌とはいわないはずだよ。」

それが必要であるとの理由が麻相には分からなかった。

正月早々に持ち出す話ではないように思えた。

「契約書のコピーをもらったらよく読んで欲しい。

その弁護士が麻相君をどこまで守ることになっているのか。

麻相家の資産管理にどこまで手を出せるのかの約束事が書いてある。

すぐにでも確認してほしい。覚えろとまでは言わないよ。」

守るとの言質に麻相はおぼろげながら事情が分かってきた。

しかし契約書の中身を解読するのは麻相には荷が重かった。

「契約書の文書でわからないことがあれば俺に聞いて欲しい。スマホは?」

父親はスマホを取り出すとラインの登録画面を表示した。

麻相もスマホを取り出しラインの登録をした。

ラインを閉じる際に友達リストの【よーこ】の名が表示されてしまった。

慌てて消したが父親に見られたようだった。

視線を感じただけで父親は無反応だったのには助けられた。

それでも麻相の頭から血の気が引き、顔が真っ赤になっていた。

「これでも契約書を読むのは得意だから。

すぐに返事が出来ないかもしれない。でも12時間以内には返事をするから。」

手助けするとの父親からの申し出だった。

大人が扱う正式な文書、お金が絡んでくる書類となれば読む気が失そうだと麻相は思った。

国語が得意でも中高生が授業で習うレベルまでで、ビジネス文書になると麻相では歯がたたなかった。「脅すようでアレなんだけど、麻相君は社会人として、成人としての心構え持ってほしい

大学生になってあと4年間は子供で居るつもりだったかもしれないけど、もう違うから。」

父親の言わんとすることは分かっているつもりだった。

「契約書の内容にもよるけど、これからの麻相君の生活に関係することばかりだから。

おろそかにはできないよ。覚悟を持とうよ。」

今までは親と弁護士が話し合いで決めてきた事だったはず。

自立するよう促し励ましていると麻相は感じていた。

「あの、どうして、こんなことを?アドバイスしてもらう義理はないはずです。」

素朴な疑問だった。

他人に起きた事など見ざる言わざるで通せば何の問題も無い。

それをわざわざアドバイスしに来る父親の思考が理解出来ずにいた。

「悪い癖、仕事柄のね。

新人には契約書の読み方、書き方を教えてるから。

テンプレをコピペしてオシマイでは後になって損害を被るから一文一文に気合を込めるんだ。

一つの出来事にはそれに絡んで余計な事件が発生する。

その余計な事件を予測して事前に手を打っておく。

商取引をやっていくには必要なこと、リスクヘッジともいうんだ。

サッカーでもそうじゃないか?相手が何処へボールを蹴るか予測して動くだろ?」

「まあ、そ、そうですね。」

そう言われても麻相には身に覚えのないものだった。

「麻相君を取り巻く状況はだいたい分かってるつもりだ。

そこで、あれはどうしたのかな?あの書類を準備しとかないと後々大変だぞって考えてしまった。

銭湯で同じ時間を過ごした仲。気になった、それだけのことだ。」

その言葉に別の意味が含まれているのか居ないのか疑心暗鬼になっていた。

陽子との仲に言及しないことが逆に不気味だった。

「弁護士に言う時は自分の意思で請求した、自分の考えだと伝えること。

誰かに言われたなんてガキみたいなことを言うと相手に軽く見られる。

正々堂々、自信をもってはっきりと相手に自分の意思を伝えないとダメだ。」

父親は語気を強めた。

「財産管理の契約書が届いたとして・・・・・まあ、その時に考えよう。色々あるから。

ずる賢い大人はたくさんいるからそいつらのトラップに嵌らないようにね。」

ずる賢い大人の存在は麻相なりに知っているつもりだった。

この父親にしてここまで言及するからにはさらなる魑魅魍魎が跋扈するのだろうと麻相は思った。

「んじゃ。契約書の請求は早くにね。」

父親はパーテーションを出るとようやく顔を崩した。

「ちなみに、その弁護士さんの名前と所属事務所を教えてくれないかな?」

麻相は一瞬躊躇したが隠す事でもないと思いなおした。

「月星法律事務所の秋山高持(たかもち)さんです。」

「月星の秋山さんね。ふ~~~~ん。」

心当りでもあるのか思案顔で名前を暗唱した。

「あ、これは陽子にはナイショだ。

俺がここに来たこともね。受験勉強中に余計な事を考えさせたくないから。」

父親は柔らかな顔付になっていた。

「あ、あ、ありがとう、ございました。」

麻相は軽く頭を下げただけで目線は父親を見ていなかった。

「んっ。」

父親はスリッパを引きづることなく軽快な足取りで体育館から出て行った。

スウェット姿ながらも醸し出す雰囲気は独特、麻相には新鮮に映っていた。

最後まであの言葉が出なかったことに麻相は虚をつかれた。

あの言葉が出たならばどうなっていただろうかとその時に自分を予想することが出来なかった。

それとはそれとしてやるべきことが出てきた。

弁護士の仕事始めの日付を確認した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ