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ep50

土曜日の午前中に弁護士が面会に来た。

麻相の要望を聞き入れ口座にはすでに10万円振り込み済みだと伝えてきた。

避難生活が長引くようならば年が明けてからの分は相談してほしいとのことだった。

麻相の父親にも事件の一報は入れたが連絡が返ってこない。

電波が届きにくい地域へ入っている模様なので向こうからの連絡待ちだという。

少年が銃で撃たれた事は噂となって弁護士にも知られていた。

それが自分が担当する麻相家の子息だと知って驚いていた。

もちろん百戦錬磨の弁護士であるから【親身なふり】をしているだけとも受け取れた。

怪我の確認と包帯の交換のために弁護士と一緒に救護室へ出向いた。

先日の外科医が診断書を手に待ち構えていた。

負傷直後ならば縫合によって傷口を塞ぐのだが、初診の段階で傷口は塞がっていた。

それどころか皮膚の再生も始まっていたので縫合しないままでも問題はないとの診断だった。

ただし凹凸の目立ついびつな皮膚が出来上がるので見映えは悪い。

以前の様なつるりとした皮膚を望むならば形成外科を受診して欲しいと助言をもらった。

自然放置のまま2~3日でここまで再生するのはレアケースだと若干の驚きがこもっていた。

弁護士からいくつかの質問が出たが外科医がよどみなく答えてその場は納まった。

そのまま弁護士に付き添われて池口警察署を訪れた。

弁護士が見守る中で被害届に記入した。

加害者欄に【住所不定 高崎弘毅】と書く際には手が震えた。

強がって見せても心の底では恐怖心があると自覚したのだった。

被害届に診断書を添えて提出するとあっさりと受理された。

「被害届が多ければ警察の動くスピードも速くなる。」

弁護士は気休めともとれる事を言った。

高崎の逮捕も時間の問題と言っていたがそれは叶わないと麻相は思った。

麻相との連絡手段がないのは何かと不便だと弁護士は繰り返した。

自宅に置いてあるスマホは紛失したことにして機種の更新を勧められた。

中三の夏に購入して以来だから機種更新しても良い頃合いだとそそのかしてきた。

麻相も無い物を有ると言い続けるのは億劫だった。

何よりも新機種には興味がある。

ペアレンタルコントロール未実施、真っ新なスマホが手に入ると考えただけで胸が躍った。

未成年の麻相一人では新機種購入、入れ替えは敷居が高い。

後見人も兼ねる弁護士が同伴ならば敷居は一気に下がる。

警察署を後にするとそのままスマホショップへ出向いた。

弁護士が事情を説明するといきなり希望機種の選定と手続きになったのは意外だった。

麻相本人が書き込む書類に対し店員が逐一説明してくる。

それが店員の義務とわかっていても煩わしさを覚えた。

住所欄に白根町と書くのも気が引けた。

全ての手続きを終えたのが入店から二時間半後だった。

体育館まで送ってもらい別れ際に警察への対応を尋ねた。

任意の事情聴取だから弁護士の付き添いが必須ではない。

任意を理由にしてあからさまな拒否すると余計な詮索をしてくるので得なことはない。

素直に受け答えをしておけば問題はない。

ましてや被害者なのだから高崎を早く逮捕してくれだけでも十分だと。

ただし弁護士がくるまで黙秘などと生意気な事を言うと警察も意地悪くなる。

古傷を探られあらぬことまで喋らされるから注意して欲しいと言い残し去って行った。

体育館の出入り口には人が行きかい、ステージ上のテレビには人だかりが出来ていた。

小学生の姿はあるが中学生の数人が出歩いているだけで高校生の姿は見当たらない。

体育館の外に出ているのか、それぞれのパーテーション内で好きに過ごしているのかは分からない。

中三、高三は受験目前だからそれぞれの場所で勉強しているはずだった。

スマホショップの紙袋を手に自分のパーテーションへ潜り込んだ。

箱、契約書はスマホショップの袋に入れたまま段ボールベッドの下へ放り込み、

真っ新なスマホの電源を入れて初期設定を進めた。

その最中に虚無感に襲われた。

これで何がしたいのかと自問自答した。

とにもかくにも何のアプリで何をするのか想像ができなくなっていた。

ゲーム?配信動画?それなら自宅で散々遊んだし観てきた。

スマホの小さな画面を覗き込んでまでやるべきことかと疑問がわいてきた。

有害サイト・課金サイトへの接続、使用時間、利用料金超過でフリーズする。

過保護なまでのペアレンタルコントロールに反感を覚えながらも従ってしまっていた。

友人との連絡手段として有意義なツールとの認識もなかった。

メール?ライン?インスタ?

今までも連絡先は弁護士、担任教師、部活顧問、部活キャプテン、父親、母親しか登録していない。

今まででさえ自宅に置きっぱなしで不自由を感じなかった。

帰宅後に着信履歴をチェックするだけで十分だった。

不自由を感じたのは陽子との連絡ができない、あの一回だけだった。

・・・・・・スマホを持ち歩かないことを陽子から責められたことがない。

スマホは持っているが自宅に置きっぱなしだと陽子には話してある。

陽子は平然としてくれていた。

持ち歩こうがそうでなくても特段の問題ではないとでも言うように。

陽子はスマホを持ち歩き使いこなしている。

ならば他者と同じような目で麻相を見ているはずだ。

持ち歩かないことに憐れみや不便さを言われるのが常だった。

陽子の口からそんなことを言われたことがない。

それは麻相の事情を察してくれていたのかもしれない。

途中で止まってしまった指先を動かして初期設定を終えた。

弁護士の連絡先、学校の電話番号を入力し終えると電池の残量を見た。

充電残量は6割程度あるがとりあえず充電しておいた。

明日になったら陽子と電話番号とラインの交換をしよう。

間もなく夕食の配給があるからそれに備えよう。

それまでに一問でも多く解いておこうと麻相は問題集を開いた。


夕食を終えると温泉施設へ向かう準備を始めた。

下着と干したタオルを手提げ袋に入れて陽子を待ち構えていた。

その時だった。

池口市の防災服を着た職員がやってきた。

麻相の氏名と住所を確認すると一枚の紙片を渡してきた。

その紙片は白根町四丁目の住所が記され世帯主宛てになっていた。

つまり麻相の父親に宛てたのものだった。

出席可能なのはその住戸における代表者と他一名の合わせて二名まで。

身分証明書を必ず持参するようにと言い残すと去っていった。

紙片のタイトルに【青田市白根町四丁目における重大事項の説明】とあった。

それを見ただけで説明会の内容は想像できた。

明日午前10時開始、受付は9時30分より。

場所はレイクジムナ(池口市市民体育館)一階第二控室となっていた。

見田小学校からレイクジムナまでは歩いて30分程度。

出席するのは気が進まない。

いっそのこと欠席しようと麻相は考えていた。

そこへ陽子が呼びに来た。

浮かない顔の麻相を見て紙片を覗き込んだ。

事情を察した陽子はしばらく沈黙した。

父親母親を待たせているので留まることも出来ず麻相をパーテーションの外へ引っ張りだした。

「気持ちは分るよ。でも出席しなきゃだめ。事実は事実と受け入れないと。」

パーテーションから体育館出入り口へ向かう途中で陽子は諭してきた。

「罵声、怒号が飛び交おうが麻相君は被害者。加害者じゃないよ、被害者なんだから。」

全てを見てきたかのような陽子の励ましだった。

返事が出来ないままに湧いてきた疑問を陽子に尋ねた。

「森本さん、どこまで知ってるの?しんよ・・う・・・二階に・・・・来る前のことは見てないよね。」

施設名をうっかり口にするところだった為にどもりどもりになった。

「田端さんと牧さん、あの人達が知ってる範囲なら分かってるつもり。」

陽子に力の事を聞くのは気が引けたが聞かずにはいられなかった。

「いつから?」

(テレパシー)が空気を吸うように使えていることが気になった。

「分からない。気が付いたらそうなってた。人の目を見ると考えてる事は大体わかる。」

「隠してた?」

「そんなつもりはないよ。でもずっとOFFにしてたんだと思う。」

ONとOFFの概念は田端や山崎の見解を彷彿させた。

「私は特別な事とは思ってなかった。

昔からそれが当たり前で他の人にも出来ると思ってたから。

田端さんたち三人に会って、ああ、これは特別なんだって。」

それ以前の陽子には全く自覚がなかったのだ。

それは麻相とて同じだった。

力の発現は突然だったが戸惑う暇もなく、それにより身体に異変があったわけでもない。

それが力であり超能力、テレキネシスと気付かされたのは田端と出会ってからだった。

「俺の事も全部、見えてるの?覗かれてる?」

知られたくない事、恥ずかしい事のすべてを陽子が知っているとするならば、

これからは陽子の顔を見て話せなくなる。

「麻相君、一番大事なことはブロックしてるから見せてくれないよね。

中学時代のこと、私、知らないよ。

何があったのか、なんて私は気にならないし、気にしないから。」

その言葉に勇気づけられた気がした。

【知りたくもない】と言われたら凹んだだろう。

それを言わないのは陽子の気遣いなのだと麻相が思った。

過去を知られたら陽子と喋ることがおこがましくなる。

そもそも陽子とこうしていることが分不相応なのだと麻相はわきまえていた。

「スマホ、新しくしたんでしょ?後で見せてよ。電話番号とライン、交換しようよ。」

陽子は無邪気な笑顔で麻相の顔を覗き込んだ。

麻相が新しいアイテムを手にしたことを自分の事のように歓迎していた。

スマホのことは未だ陽子に話していないがそれに気が付いている。

自然体で相手と接することができる、これが陽子の(テレパシー)なんだと麻相は改めて認識した。

・・・・以前から陽子とは以心伝心できているからスマホを使う必要は無いんじゃないか?

そんな思いに捉われつつ陽子の横顔を見ていた。

体育館の外は暗くなっていた。

その中を陽子の父母は車内で待っていた。

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