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ep48

制服姿のまま避難した生徒もいれば、帰宅時に着替えてから避難した生徒もいた。

避難は長引かないと推測して最小限の荷物で避難、制服を携行しない家庭もあった。

そのため大半の生徒が私服で臨時ホームルームに出席した。

一人だけが私服だったら浮いてしまうとの麻相の危惧は杞憂に終わった。

見田小学校に避難した青田高生は総勢二十一名だった。

池口市の他所の施設、小中学校には百数十名が避難していると報告された。

出席者と近親者の健康状態に問題がないことが確認されると二学期の残りの授業の話になった。

避難勧告が解除されない状況では校舎の利用ができない。

そのため二学期中の正式な授業の実施は無理と判断された。

見田小学校に避難した生徒は空き教室で自習をすること。

見守りの教師は常駐するので必要な情報伝達は随時行うとした。

終業式は行わずそのまま冬休みに突入する。

冬休みの課題は業者に手配中のため近日中に配る予定とした。

二学期末テストの扱いはいまだ決まっておらず、文科省、県教育委員会の回答待ちとされた。

二学期前期テストまでで評価する可能性がある。

成績不振者は学年末テストも気を抜かないことと釘を刺された。

麻相は数学テストには自信があっただけにこの言質に憤慨した。

学年末テストで及第点を狙うしかないと気持ちを切り替えるしかなかった。

三学期の始業式は予定通りだが各避難施設ごとに行う見込みとなっていた。

ひと通りの連絡と質疑応答、学校からの配布物を受け取るとH.Rは解散となった。

そのまま居残りで自習する者もいれば一旦避難所へ戻ってから出直す者と行動が分かれた。

他の生徒から個別の質問を受けている教師の手が空くまで待ち、麻相が自分の事情を説明した。

麻相と陽子が銃撃を受けたらしいことは生徒を通じて教師たちにも伝わっていた。

そのため右腕の包帯を見せつけつつ制服の破れと汚れが激しいこと。

新学期になってもは着用できない、新たに購入することも在学期間を考えると無駄だと告げた。

さらにスマホと教科書、ノートは自宅に置いたままなのでここに持ってきていない。

学校からの連絡も届かず、自習するにも不便だと伝えた。

これは陽子の思い描いたシナリオ通りに麻相が言質しただけだった。

制服と教科書は他の教師らに相談したところ善後策を考えると言うにとどめた。

学校からのライン連絡については陽子を通して伝達してもらうよう言われた。

ここに集まった生徒の中でリーダー格は陽子になる。

それはそれで構わないと麻相は思った。

後ろの席で自習をしていた陽子に教師を声を掛けそのことを伝えた。

陽子は二つ返事で快諾すると麻相に視線を送った。

麻相と陽子の仲を知る者からは失笑が漏れていた。

自習の為にその場に居合わせただけだから聞き流してほしいと麻相は憤慨した。

陽子はといえば微笑んでいるのか真顔なのかどちらとも取れる表情でいた。

教師への申告が終わると救護室へ出向いた。

担当の医師は池口市民病院あるいは近隣の大学病院から医師が派遣されてくる。

今日の担当医は外科医だったのは麻相にとっては幸運だった。

他の避難民にとってはノーサンキューかもしれない。

情況が状況なだけに内科医と心理カウンセラーの派遣が適切と思われたからだ。

表面的な診察のみで近隣の外科医での受診を促されると思ったがその場で怪我の手当てがしてもらえた。その医師曰く、傷口は塞がってきている、皮膚の再生も進んでいる。

それでも再生途中の脆弱な皮膚だから出血の恐れはあるから安静にと言われた。

薬剤を塗布した上から創傷被覆材を貼り付けて様子を見るとなった。

被覆材が膨れてくるようなら処置方法を変えるので注意するよう言われた。

湯舟に浸かってもよいが怪我を湯につけないよう注意された。

銃創による怪我のため診断書を書くと医師から言われた。

警察、裁判所など提出先は多いはずと気を利かせてくれたのだった。

診察が終わると待ち構えていたのは刑事だった。

池口警察ではなく県警捜査本部から派遣されてきた刑事だった。

事件発生から三日後に避難所に到着した少年がいる。

三日間の足取りが不明瞭との所轄からの報告が上がったために事情聴取に来たのだった。

連れていかれた先は見田小学校の校長室だった。

この部屋の主の校長は不在であるため体裁のよい取り調べ室になった。

始まりは和やかに世間話からだったが徐々に核心を突く質問に変わってきた。

しかも刑事の表情は終始にこやかであり厳しい質問と思わせない話術を持っていた。

麻相はその話術に乗せられかけた。

しかし刑事の顔は笑っていても目が真剣だったた。

違和感を覚えた麻相は気を引き締め、所轄の刑事に話したことをリピートすることを心がけた。

話の整合性が崩れないよう記憶をたどり答えた。

もちろんそんな素振りを刑事が見逃すとも思えない。

「なんだか、肩に力がはいってるよねえ。」

笑いながら語りかけてくる刑事はリラックスモードだった。

「同じことを何度も聞かれるのは、はっきり言って不愉快です。」

麻相はあからさまに機嫌が悪さを顔に出した。

刑事は不思議そうな顔をしたが続けて質問をしようとしていた。

ーー今日の予定が滞る、やることがたくさんあると言ってーー

陽子の声が聞こえてきた。

麻相は気を取り直した。

「いつまで続くんでしょうか?

さっきも話したように血まみれの制服のまま逃げてきたんです。

このスウェットも友達に買ってきてもらった。

他に着るものがないです。

教科書もない、これでも受験生です。

問題集もない、いろいろと買い出しに行く予定だったのに。

あなた方の話に付き合っていたら今日一日が潰れる。

言いたかないけど、これ、任意でしょ?もういいでしょ。」

へそを曲げたとばかりに麻相は語気を強めた。

二人の刑事と麻相一人では分が悪いため逃げ出したかった。

尋問でしかなく、麻相の側に立って擁護してくれる人物がいないのは痛手だった。

こんな時こそ弁護士に責務を全うしてほしいが任意であるために不意を突かれた格好だった。

「じゃあ、これが最後。高崎弘毅と君は関係ないのだね?」

「調べて分かってるはずですよね。中三の時にあいつらとは縁を切った。

それを逆恨みして本気で俺を殺そうとしたんですよ、死ぬかと思った。高崎が下手糞で助かった。」

麻相は刑事たちを睨みつけた。

不思議な力のおかげで助かったとは言えないし気取られてはいけない。

あくまで命拾いをしたのは偶然と麻相は主張した。

「そうですか。どうもありがとう。」

「後になって上の人たちがまた事情聴取に来るなんてことないですよね?警察庁とか公安とか。」

それを言われても刑事たちは顔色一つ変えなかった。

「私たちの立場では何とも言えません。

何かありましたらご協力をお願いすることがあるかもしれませんので。」

そこまでを聞くと麻相は憮然として立ちあがり形式的な挨拶だけをして校長室を出た。

そのまま校外に出て公衆電話を探した。

ケータイに淘汰されて絶滅したかに思えたが公立小学校の直近には生き残っていた。

弁護士に連絡をし事情を報告した。

負傷し身一つで避難したこと、衣類他の生活必需品の購入費用の件、スマホの件、警察との対応の件。

親への連絡を依頼すると快諾してくれた。

事件の概要は弁護士も知っていた。

電話口の向こうでは心配してくれていたが口先だけであることは分かっていた。

口ぶりが空々しい。

事務的に連絡を終えると体育館に戻った。

そのまま買い物に出たかったが池口市は土地勘が乏しい。

体育館に貼られた池口市の地図を眺めた。

商店、コンビニ、大型ショッピングセンター、コインランドリー、入浴施設、銀行、警察署、駅、バス停などが赤マーキングで明示がしてある。

目当ての施設はどこも見田小学校からは遠方にあり荷物を抱えて歩くには無理があった。

せめて自転車があればと思ったが高校に残したままになっていた。

近隣にコンビニとコインランドリーがあるだけでも幸運だと麻相は思った。

ウィークデイでもあり仕事のある人たちは出払っていて体育館内は閑散としていた。

所々で高齢の方々が立ち話をしているくらいで小中高生は空き教室で自習に励んでいる。

麻相とてそれに倣いたいが手元に何もない状況では寝て居るしかない。

今やれることはコンビニATMで当面の金を引き出すことだけだった。


昼食を挟んで三時過ぎるころ、陽子の誘いで大型ショッピングセンターへ買い出しに行った。

運転席の母親は怪我の具合いを心配してくれていた。

麻相は後部座席でかしこまって座っていた。

身体を拭き、着替えたとはいえ体臭は相当にするはずと麻相は気になってた。

このままショッピングセンターに入ってよいものかと躊躇していた。

「見た事ある人ばかりだよね。みんな避難民じゃないの?」

出入りする人たちの衣類や頭髪の乱れ具合いを陽子は指摘していた。

皆が同類なのだから気にするなと麻相を気遣ってくれたのだった。

麻相が購入した衣類は冬物だらけ、下着も含めるとかなりの嵩になった。

筆記具以外の学習教材は陽子の勧めに従い購入した。

陽子が買い足した問題集には【難関大合格・・・】との見出しがあり麻相は気後れした。

スーパーでは常温保存可能な魚肉ソーセージ、エネルギーバー、飲料水を購入した。

避難所では食事が提供されているが必要十分な栄養があるとは言えなかったのでそれへの備えだった。

補助食で補わなければこの難局は乗り越えられないと母親は麻相を諭した。

麻相自身は提供された粗食で済ますつもりでいただけに母親の言葉が胸に刺さった。

母親の言動は体育会系のものだっただけに意外に思えた。

帰路の車中で麻相はそのことを尋ねると母親は高笑いで答えた。

父親と付き合いだして以降は想像の範疇だったが父親の嗜好に嵌ったと。

体育会系は一見して脳筋的な思考なのだが食事学、栄養学的には理論的であり理数系にも理解可能だと。

理数系脳としては何通りかのパターンを想像し、脳筋に合わせて取捨選択していくこと。

それの正当性を見つけ出し理論補強することは経済学に似たところがある。

こともなげに答える母親に麻相は羨望の眼差しを向けた。

夕食を済ませると森本家三人に連れられる格好で麻相も日帰り温泉施設へ行った。

右腕が使えない濡らせない麻相の頭髪を父親が洗ったのは陽子と母親の頼みを聞いたからだった。

湯舟に浸かるとしても右腕を持ち上げつつだった。

首まで浸かることもできない。

右腕の痛みを堪えても動かせる範囲も狭いので体を洗える範囲が狭い。

左腕が届く範囲を最大に広げるしかなく不便さを思い知らされた。

温泉施設から出た後も他人行儀であり父親とは距離が縮まることはない。

父親から麻相に話しかけることも無かった。

陽子は陽子で気を揉んでいた。

麻相との仲を訝しんでいる、無用な詮索をしている父親に気が気でなかった。

ここまで手厚くする必要はないと父親が考えている事は理解していた。

それでも事情を察して欲しかった。

麻相の境遇を知っていても冷淡な態度を取り続けることが不安だった。

自宅喪失との酷い状況が曝された際に力になってほしい。

それだけに父親との仲は早々に良くなって欲しいと陽子は考えていた。

体育館に戻るとステージ上のテレビに人だかりができていた。

今日、午前に機動隊が強行突入し青田市を奪還。

ブルーフラット散開同盟の身柄を確保したと第一報で伝えていた。

映像は相変わらず避難民が撮影したスマホ動画からだけで目新しさはなかった。

警察庁幹部の会見が間もなく開かれる見通しとされた。

番組中のコメンテーターは政府、警察組織の迅速な対応に驚いていた。

今までの事例からも機動隊の投入はあと2~3日後と見做していたからだった。

テレビを食い入るように見ていた人たちは一様に安どしたものの警察組織への不満も漏れ出ていた。

青田警察の治安維持能力の低さにも嘆きの声が出ていた。

それもテレビコメンテーターの次の一言で霧消した。

多数の箇所で同時多発的にテロ行為が行われれば対処のしようがない。

仮に事前に鎮圧できるとするならば事前にテロ組織の情報が洩れてきた場合に限られる。

内定調査から首謀者、構成員を一網打尽に押さえ込む必要があるとしていた。

ブルーフラット散開同盟はこのテロの為に急ごしらえの組織の可能性が高い。

警察も前兆をつかみ切れなかった可能性があると指摘していた。

ともあれ避難勧告解除の目途がついたと避難所の皆がどよめいた。

陽子と両親も同様に笑みを浮かべていた。

麻相だけが浮かない顔をしていた。

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